第214話 婚約者たちの対面
城で行われている親龍祭の前夜祭&来賓の歓迎パーティから抜け出した俺とジャスミンとリリアーネは、とある部屋に向かっていた。とある部屋と言うのはもちろん、ヒースとエリカが休んでいる部屋だ。
今から婚約者四人が対面する。不安だ。とても不安だ。
99%の確率で仲良くなると思っている。しかし、残りの1%で修羅場になると予想している。いや、女性陣は仲良くなるのだが、全員で俺をお説教してくる予感が……。
うぅ……寒気がする。って、ジャスミンから薄っすらと魔力が放出されているじゃないか! 威圧するつもりか!? リリアーネはニッコリ笑顔なのに背筋が凍りそうなのは何故だ!?
「ど、どうしたんだ二人とも?」
「ん? 何が? 今から
「緊張してしまいますね。うふふ」
緊張か? 本当に緊張なのか!?
あぁ……部屋に着いてしまった。もうどうしようもない。あとは運命にお任せしよう。
扉をノックすると、メイドがドアを開けてくれた。赤紫色の瞳のクールなメイドだ。
いや、なんでメイドをしてるの、エリカ? ヒースの専属メイドだけどさ。
部屋の中に入った瞬間、華奢な少女が抱きついてきた。光の具合や見る角度によって色が変わる
「シラン様! やっと来てくれた。折角シラン様がいるドラゴニア王国に来たのに全然会えないんだもん。シラン様が忙しいのはわかるけど、寂しかったよぉ! エリカに話しかけても口数少なくて、ずっとソワソワしてたの。シラン様にも見せてあげたかったなぁ」
相変わらず口数が多い。明るくて元気なヒースらしい。彼女の良いところだ。
体調は大丈夫そうだ。この部屋はパーティ会場から離れているから、人の心で押しつぶされそうにならないはず。
それと、エリカがソワソワしてたって? 見たかった。超見たかった。くそう! 今はクールに平然としているエリカがねぇ……あっ、僅かに視線を逸らした。どうやら自覚していたらしい。
「はっ!? 今がキスのチャンスじゃない!? 頑張れ私! むぅ~~~~~!」
抱きついていたヒースが背伸びをして、子供のキスのように唇をぶちゅっと突き出して、猛然と迫ってくる。
なんか、キスされたら思いっきり吸われそうだ。
俺がブチューッとキスされる前に、ヒースの後頭部を容赦なくぶっ叩く人物がいた。もちろんエリカである。
「くぉぉぉおおおおおお!?
「はぁ……いい加減にしてください、姫様」
「ちょっと! 何するの!」
後頭部を押さえ蹲ったヒースが、恨みがましく涙目でエリカを睨む。エリカは顔色一つ変えず、すまし顔で嘘を言う。
「申し訳ございません。……蚊がいたので叩きました」
「それはありがと……って、嘘だよね! 私にはわかるんだけど! 蚊じゃないよね! ちょっといい淀んでたよ! 『か』の前に『ば』を心の中で言ったよね!?」
「はて? 何のことやら」
「とぼけるなぁ~!」
飛び掛かるヒース。軽やかに避けるエリカ。もう何が何だか……。
仲の良い二人の動きを止めたのは、こらえきれず吹き出した二人分の笑い声だった。その声は徐々に大きくなる。
「くくく! 緊張して損しちゃった」
「ふふふ。そうですよね、シラン様の婚約者ですから、身構える必要はありませんよね!」
しまった、忘れてた、とバツが悪そうなヒースにジャスミンとリリアーネが優しく微笑みかける。
「初めまして。私はジャスミン・グロリア。この男の幼馴染兼婚約者よ」
「私はリリアーネ・ヴェリタスと申します。よろしくお願いしますね」
ヒースが慌てて身なりを整えて取り繕い、いつも完璧なメイドのエリカと合わせて一礼する。
「は、初めまして。ヒース・フェアリアです。よ、よろしくお願いします」
「姫様の専属メイドであり、ウィスプ大公家長女、かつ、旦那様に身も心も全て捧げておりますエリカと申します。ご挨拶が遅れたことお詫び申し上げます」
「あれっ? エリカの忠誠心だけはヒースにって言ってなかったか?」
「……そうですよ?」
「ちょっとエリカ! 一瞬間があった! 疑問形だったし! 心の中で『あっ、そうだった。忘れてた』って言った! うわ~んシラン様ぁ~! へぶっ!?」
泣いたフリをして抱きつこうとしたヒースを、エリカが首根っこを掴んで引き戻し、ペイっとソファに投げ捨てる。有能メイドにより完璧に調整されて投げられたヒースは、衝撃もなくソファに座り、キョトンと目を瞬かせた。何が起こったのかわからなかったらしい。
取り敢えず、俺たちもソファに座ることにする。その前に、エリカがサッと近寄ってきて、乱れたネクタイなどを綺麗に整えてくれる。
エリカの赤紫色に輝く
気付いたか。フェアリア皇国では左手首にブレスレットをつけると結婚や婚約の証となるらしい。だから、小さな
耳には衣装合わせの時に決めた
「
「エリカ……」
俺たちは状況を忘れて見つめ合った。
「旦那様、申し訳ございません。ハンカチを返しに来たのですが、旦那様と出会えたことが嬉しくて涙を流してしまい、使用してしまいました」
「仕方がないなぁ。今度返してくれよ」
「はい。洗っておきます」
薄々わかっている。エリカはハンカチを返すつもりがないことに。
別にそれでもいい。俺たちだけの思い出だ。こういうやり取りも楽しい。
俺とエリカの親密な空気に割り込む人物がいた。
「はいそこー! イチャイチャしなーい! ずるいよ! 私もイチャイチャしたいのに!」
「子供の姫様にはまだ早いかと思われます」
「エリカの馬鹿! アホ! むっつりスケベ! あっ、お姉ちゃんごめん! 本当にごめん!」
「お口が悪い姫様にはお仕置きが必要ですね」
「ぎゃー! 痛い痛い痛い痛い! ごめんなさ~い!」
エリカの頬を引っ張るの刑。でも、そこまで力を入れていない。ぷにぷにして遊んでいる気がする。ヒースも楽しそうに笑っているし、ただのいつものじゃれ合いなのだろう。
「とても楽しい方々ですね」
じゃれ合う二人を眺めながら、リリアーネがおっとりと微笑んで感想を言った。この部屋に来るまでの恐怖を感じる笑顔ではない。実に優しくて温かい笑顔だった。
「そうだろ?」
「シラン。私たちはこれからお喋りするから出て行って」
「はっ? ジャスミン?」
「女性同士の話があるの。シランは邪魔だからさっさと出て行く!」
俺はジャスミンに背中を押されて部屋から追い出され、背後で虚しくドアが閉まる音が聞こえた。
えぇー。嘘。追い出された? なんで? 急に? どうして?
しばらくの間、現実が理解できず、ただ呆然とドアの前で立ち尽くしていた。
その間に婚約者たちが何を喋っていたのか俺は知らない。
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