第213話 求婚 後編

 

「本当にあり得ません! なんですか、あの男は!」


 優雅に踊りながら、リリアーネがプンスカと怒っている。膨らんだ頬を指で突いて潰したい衝動に駆られるが、残念ながら俺の両手はダンス中のため塞がっている。

 リリアーネが怒っている理由は、先ほどヴァルヴォッセ帝国の将軍がナンパしてきたからだ。

 王国と帝国は情報の行き交いが少ない。リリアーネが王子である俺の婚約者だという情報が行き渡ってなかった可能性も高い。

 それに帝国では、結婚している相手を奪うのはタブーらしいが、婚約者を奪う、いや違うな、別の相手に乗り換えることはよくあるらしい。『あっさりと乗り換えるくらいの愛情だった。恋人をちゃんと惹きつけておけなかった奴が悪い』という考え方の国らしい。

 一度結婚してウェディングネームを教え合うと、一生添い遂げるくらい情熱的な民族らしいが。

 これは全て恋人となったアルスから聞いた。


「リリアーネ、仕方がないだろう? そういう考え方の国なんだから。価値観を押し付け合うのはよくないぞ」


 よく思い出せば、王国でも俺たちの婚約にケチつけてきた貴族派の貴族たちやその子供たちがいたな。そっちのほうが無礼だ。

 クルッと一回転したリリアーネは、蒼玉サファイアの瞳に怒りの炎を宿している。


「違います! ナンパされたことを怒っているのではありません。口説かれる可能性があるとジャスミンさんとも話していました。あそこまで堂々とされるとは思っていませんでしたけど」

「じゃあ、何に怒っているんだ?」

「あの男はシラン様を……シラン様をモヤシ男と!」


 あぁー。怒ってるのはそっちか。


「俺は慣れてるぞ。夜遊び王子とか国の恥とか」

「私やジャスミンさんは怒るのです! シラン様は私たちがブスとかアバズレとか言われたらどう思いますか?」

「なにっ!? そんなことを言った奴はどこのどいつだ!? 後悔させてやる!」


 リリアーネやジャスミンがブスだって? アバズレだって? 言った奴は目も性格も腐ってる!

 心の奥底から湧き上がるどす黒い怒り。徹底的に苦しめてやる。


「例えばの話ですよ。でも、私の気持ちはわかっていただけましたよね?」

「物凄く分かった。リリアーネ、怒ってくれてありがとう。愛されてるなぁ、俺」

「はい、愛してますよ。ふふふ。私もシラン様にとっても愛されてるみたいです」

「愛してるさ、とっても。あとでジャスミンにもお礼を言っておこう。でもその前に、リリアーネとのダンスを楽しまないとな。怒った顔も可愛いけど、とびっきりの笑顔でいてくれないか?」

「はい!」


 美しく輝く笑顔を浮かべるリリアーネ。それだけで蕩けてしまいそうだ。

 少し前まで怒っていたのは嘘だったみたいに、今は超ご機嫌でニコニコと微笑んでいる。

 曲に合わせてステップを踏み、クルッと回転し、至近距離のリリアーネと見つめ合う。時々こそっとキスをして、数曲連続で踊り続けた。

 肌を火照らせ、軽く息を弾ませたリリアーネを今すぐ押し倒したい気持ちを我慢して、王族席までエスコートする。


「シラン様、あれを!」


 突然、リリアーネが声をあげた。指差した先に視線を向けると、王族席に座っていたジャスミンがどこかの貴族に絡まれていた。


「私はですね、錬金術に精通していまして、貴女の美しさを永遠のものに出来るのですよ。どうでしょう? 私と一緒に来ませんか?」

「お断りします! 興味ありません!」


 また変なナンパか。父上に挨拶から戻る道中にジャスミンを発見したようだ。

 俺は即座に割り込んで、ジャスミンを背中に隠す。


「彼女は俺の婚約者だ。立ち去れ」


 ひょろっとした優男風の男はムッと俺を睨む。胸の紋章はデザティーヌ公国を表している。公国の貴族か。

 男が口を開く前に、新たな男がやって来る。赤黒い髪の大柄な獣人の男。


「これはこれはリアトリス殿下」

「イナム・アンタラ伯爵か……んっ?」


 貴族の男を一瞥したリアトリス・デザティーヌ公子殿下は、俺の背中に隠れるジャスミンを捉えた。そして、横柄に命じる。


「そこの女。喜べ。オレの妻にしてやる」

「「 はぁ? 」」


 俺とジャスミンは思わず間抜けな声を出してしまった。

 コイツは何を言ってるんだ? 頭大丈夫か?

 リアトリス殿下は自信満々で、断られることを全く考えていない様子。


「彼女は俺の婚約者なのですが」

「貴様は……この国の第三王子か。それがどうした? 次期公王のオレの妻になれるのだ。そのほうが嬉しかろう?」


 背後からジャスミンが背中を突き、耳元で囁いてくる。


「ねえ、アイツをぶっ殺していい? いいわよね? 殺すわ!」

「待て待て待て! 相手は公国の公子だぞ! 戦争になるから堪えて!」


 俺だってぶっ殺したいのを我慢しているんだ。お願いだから落ち着いてくれ。

 目の前の馬鹿は更に火に油を注ぐ。


「黒獅子の一族であり《龍殺しゲオルギウス》の血も引くオレの妻には、お前のような美しい女が相応しい! 実に気に入ったぞ! 横のお前も一緒に側室に迎え入れてやる」


 リリアーネにも狙いを定めたか。殺していい?


「首を刎ねます」

「リリアーネ!? お願いだから我慢してくれ!」


 ちょっと誰か! 助けてくれ! 俺は婚約者二人を押さえるので精一杯です! 同時に自分の怒りと殺意を我慢するのも限界なんです!

 そこに、救世主が現れる。


「口を挟んでもよろしいでしょうか、公子殿下」

「……クローバー子爵か。許可する」


 クローバー子爵。公国の貴族らしい。研究者みたいな落ち着いた雰囲気の男性貴族だ。


「公子殿下、ここはドラゴニア王国でございます。公子殿下の御威光もこの地では発揮されません。王国には王国の正式な手順と言うものがございまして……」

「この女たちは次期公王であるオレを選んだ。これで全て解決だろ。お前たち、行くぞ」


 身を翻して堂々と歩き去る公子殿下。ついていくのは最初にジャスミンをナンパしていたイナム・アンタラ伯爵という男だけ。

 自分の中では付き従っていると確信しているようだが、ジャスミンやリリアーネは一歩も動いていない。

 騎士とか女性を従えていたら様になって格好良かったのかもしれないが、残念だったな。とても間抜けだ。


「申し訳ございません。公子殿下には後で私が説得しておきますので」

「いえ、助かりました」


 クローバー子爵は何度も頭を下げて、公子殿下の後を追って、人混みの中に消えていった。

 どの国にも馬鹿はいるんだなぁ。その尻拭いする人は大変だなぁ。

 まだ怒りが収まらない婚約者二人。俺もイラッとしてる。


「なあ? もう奥に引っ込まないか?」

「……賛成」

「……そうですね」


 たぶん、このままここにいたら何度もナンパされて嫌な思いをするだろう。まだ早いが、ダンスも数曲踊ったし抜け出そう。

 踊りたければ別室で俺たちだけで踊ればいい。食べ物や飲み物も届けてくれる。

 それに、そろそろヒースとエリカにも会いに行かないと。二人がイライラしたまま対面するのは不安だが。

 無言の二人を連れて歩いていたら、誰かが女性に跪いているのが目に入った。


「熱く燃える紅玉ルビーの君よ! 結婚してください!」


 あぁー。今度は王国貴族が誰かにプロポーズしてるよ。誰だろう……って、アルバート兄上!?

 センダ義姉上あねうえは兄上の背後で顔を凍り付かせている。

 兄上がプロポーズした相手は……高身長の帝国の軍服を着た紅の女性。

 よりにもよってブーゲンビリア・ヴァルヴォッセ元帥かよ。帝国の皇女殿下じゃないか!


「すまんな。ワタシは自分よりも強い男にしか興味はない。他を当たれ」


 格好良く兄上を振ったブーゲンビリア元帥は、何名かの騎士を連れて歩き去った。

 全然嫌味な言い方ではなかった。すごく格好良かった。

 ランタナが男女問わず慕われる厳しくも優しい姉御なら、ブーゲンビリア元帥は男勝りで女性が憧れて慕うような姉御っていう感じだった。

 ブーゲンビリア元帥に一言だけ言いたい。

 ウチの兄上が申し訳ございませんでしたぁ~!

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