第212話 求婚 前編
パーティは盛り上がっている。
会場に流れるのは美しい音色の楽器と澄んだ歌声。手先が器用なエルフたちが楽器を弾き、声が美しい人魚たちが歌を歌う。それに合わせて着飾った貴族たちが舞い踊る。
美しい音楽。美味しい食事。煌びやかなドレス。
御伽噺のような煌びやかな世界。これが王侯貴族たちの世界だ。
国民たちは羨み、時には批判する人もいるが、豪華なパーティは結構重要だったりする。
情報収集や共有。取引。味方作り。派閥争い。
そして、豪華なパーティを開くことでお金を使い、経済を回す。これが一番重要なのだ。
お金は使わなきゃ経済は回らない。溜め込みすぎてもダメなのだ。だから、貴族たちは大胆にお金を使う。
まあ、自分の見栄のためにパーティを開いたり、豪華な服や宝石を身につけたりするが、それはそれで経済は回るので良いのだろう。
強い者が偉い、という弱肉強食の考え方のヴァルヴォッセ帝国の関係者ですらダンスを行っている。帝国でもこのようなパーティが開かれるらしい。
「ちょっと! 踊るのに集中しなさいよ」
いろいろ考えていたら顔に出てしまったようだ。不満そうなジャスミンに足を踏まれ、耳元で囁かれた。
そうだよな。今は目の前の美しい婚約者と踊ることに集中しなくては。疎かにするのはあまりにも勿体ない。
ステップを踏んで、ジャスミンの身体をクルリと一回転。軽く弾んだ息が触れ合うくらいの至近距離で見つめ合う。
「誰かナンパでもするつもりなの?」
「いや、しないから」
「本当に?」
じーっと
ナンパって言われても、ここには結婚している人がほとんどだ。未婚の貴族の当主は少ないし、婚約者を連れているのは王族や皇族だけだ。ナンパする馬鹿はいない……と思いたい。
「信じてくれよ」
「信じられると思う、夜遊び王子さん? ご自分の行動を振り返ってみてはいかが?」
「……ごめんなさい」
「わかればいいのよ。まあ、シランの女癖にはもう諦めてるんだけど」
あと性欲も、と甘く悪戯っぽく囁かれた。
ジャスミンさんや、耳まで真っ赤になっておりますぞ。
「お願い。今だけは私だけを見て」
ウルウルと潤んだ瞳で懇願するような上目遣い。俺には効果抜群だ。
そんな可愛らしいお願いをされたら今すぐ襲い掛かりたくなるでしょ! 女の武器を使って誘惑するの禁止! 俺の薄っぺらい理性がぶっ壊れるから!
返事の代わりに踊りながらキスをして、ただジャスミンだけを見つめて踊る。
それから数曲連続で踊り続けた。
「あぁー! 踊った踊ったぁー!」
綺麗な肌を紅潮させ、男を誘う甘い香りや魅了をムンムンと放ち、満足げな笑顔を浮かべたジャスミン。クラクラするほど美しい。周囲の男たちの視線が彼女に釘づけだ。
俺たちは手を繋いでその場から離れる。ジャスミンは一旦休憩で、次はリリアーネと踊る予定なのだ。
ドラゴニア王国の王族席の境界ギリギリのところにリリアーネが立っていた。俺たちを出迎えるつもりだったのだろう。でも、何故か困惑した表情を浮かべている。
すぐにその理由がわかった。
「なんと強くて美しい女性なのだ……ぜひオレの妻になっていただきたい」
「何度もお断りしたはずです。私には婚約者がいます」
「リリアーネ?」
「シラン様!」
リリアーネは美しい笑顔で俺の腕に隠れるように抱きつく。床に跪いてリリアーネに求婚していた赤髪の男が俺を睨みながら立ち上がる。筋骨隆々な大男だ。ヴァルヴォッセ帝国の軍服を着ている。
「君が彼女の婚約者か? こんな王国のモヤシ男のどこが良いのだ」
俺の腕に抱きつく婚約者二人から殺気が迸るが、男は獰猛に微笑んだだけだ。抵抗するのを喜んでいる感じがする。
「実に良い女だ。これほどの殺気。オレに反抗的な力強い目。余計に欲しくなったぞ」
「フェイク将軍! ここにいたか。捜したぞ」
ジャスミンにも狙いを定めた男を、突然、誰かが呼んだ。また邪魔をされて嫌そうに振り返る男。
「なんだ? フレックルス将軍に……タンジア元帥閣下!?」
フェイク将軍と呼ばれた男がすぐさま敬礼する。
背後に立っていたのは帝国の軍服を着た二人の男性。フレックルス将軍と呼ばれた白髪の40代ほどの渋い男性とくすんだ赤髪の若い男性、タンジア・ヴァルヴォッセ元帥だった。
「将軍、ここで何をしていた?」
ギロリと将軍を睨んだタンジア元帥が、重くて低い威厳漂う声で言った。
「はっ! 素晴らしい女性を見つけたので口説いておりました!」
「ほう? 確かに良い女だ」
元帥の瞳がジャスミンとリリアーネを上から下まで眺める。
俺は二人を背後の隠して睨みつけた。愛しい婚約者の身体をじっくりと眺められて良い気持ちがするわけがない。滅茶苦茶イラついている。
タンジア元帥と視線が合ったが、まるで道に転がっている石に向けるような無関心の眼差しだった。俺には全く興味ないらしい。
「将軍。口説くならまず自分の力を見せつけることだ。強い男に女は惚れる。男の悪口を言っても意味はないぞ」
「はっ!」
「だが、また別の機会にしろ。陛下の護衛の交代の時間だ」
「了解しました!」
「私の部下が失礼した。行くぞ」
元帥は将軍二人と引き連れて、ヴァルヴォッセ帝国の皇帝陛下の下へ消え去った。
リリアーネを口説いていた将軍は最後に自分の名前はロベリア・フェイクだと名乗ることを忘れなかった。
「なんなのよ、あいつら。婚約者がいるのに普通口説く?」
「ジャスミン落ち着いて。国が違えば考え方も違うから。リリアーネは大丈夫だったか?」
「はい。まさか口説かれるとは思っていなかったので驚きましたけど」
「そうか? 周囲を見て見ろよ。二人に近づこうと機会を伺っている貴族は多いぞ」
ひぅ、とリリアーネは小さく悲鳴を上げた。ますます腕を抱きしめてくる。
美姫二人に抱きつかている俺を男たちの嫉妬と殺意の視線が襲う。
一夜でもベッドを共にしたいと考える貴族も多い。危険な夜の遊びにはまっている貴族の女性たちもいるのだ。
今は遠巻きに様子を伺っているだけだが、もう少し時間が経てば酔っぱらった勢いで言葉巧みに誘ってくるかもしれない。
王族席の境界ギリギリでこれだ。俺がいない時には、席から離れないように二人に言っておかないと。
俺はジャスミンを席まで送り届け、今度はリリアーネと手を繋いでダンスに向かった。
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