第211話 前夜祭の開幕

 

 各国の来賓が到着したその日は親龍祭の前日だった。

 日が昇っている間は準備や休息を行ってもらい、夜には前夜祭という名のドラゴニア王国国王主催のパーティが開かれる。

 パーティは祭りの期間中に何度か開催され、大商人とか有力な平民も招かれる。

 取り敢えず、前夜祭は各国の王侯貴族だけだ。

 いくら城が大きいといっても、全ての貴族は泊まることが出来ない。王国の貴族は王都にある屋敷からやって来るし、他国の貴族も王都の高級ホテルに滞在している。

 城に泊まれるのは公爵以上の重要な高位貴族くらいだ。護衛やお付きの人も多いから、城はいっぱいいっぱい。

 他国の人間が機密区画に立ち入ったら面倒なことになるから気を付けなければならない。良くて捕縛。悪くて即処刑。絶対に問題になる。

 親龍祭の期間中は何も起きないでくれよ、と心の底から願っていると、父上が壇上に上がった。

 煌びやかな広間。豪華な装飾。美味しそうな料理や飲み物。美しく着飾った貴族たち。

 俺も含め、全員が立ち上がって主催である父上に注目する。

 各国の挨拶はもう終わっている。あとは父上が前夜祭の開幕を宣言するだけだ。

 父上は少し喋り、最後に国王らしく声を轟かせ、グラスを掲げる。


「乾杯!」


 貴族たちが、乾杯、と声をそろえ、各々手に持った飲み物を一口飲んだ。一気に会場が騒がしくなる。

 俺はもちろんジュース。王国では未成年だから。それにアルコールの匂いは嫌いだ。成人しても飲みたくない。

 王子だから設けられた席に座って、貴族たちの様子を観察する。

 こういう機会に人脈を広げ、伝手を作ろうと、貴族たちが喋り始める。

 これも貴族の仕事だ。腹の探り合いだったり、嫌みの応酬だったりもするが、それくらい腹黒くなければ貴族なんかやっていけない。

 世界各国からこれだけ多くの貴族が集まるのはドラゴニア王国の親龍祭くらいだ。

 どこの国もここまで大規模な祭りを開催していないし、特に立地が悪い。ほぼ中央に位置しているドラゴニア王国だから出来ることだ。


「シラン殿下」


 穏やかな声で名前を呼ばれた。振り返ると、爽やかハンサムな男性が美女を連れて立っていた。

 俺は慌てて立ち上がる。


「オベイロン皇王陛下。ティターニア皇王妃殿下。お久しぶりです」


 フェアリア皇国の皇王陛下と皇王妃殿下が何故か拗ねたように唇を尖らせる。どこか子供っぽい表情だ。


「お義父とうさんと呼んでくれないのですか?」

「私たちの息子なのに、他人行儀なのは止めてください。お義母かあさんですよ」

「えーっと……」


 ただ揶揄っただけなのだろう。俺の反応と困り顔を見て、クスクスと上品に笑い声を漏らしている。

 本当に揶揄っただけだよね? そうだと思いたい。


「挨拶はよろしいのですか? 貴族が並んでおりますが」


 王に覚えてもらおうと、貴族たちは挨拶に来る。もちろん、皇王陛下に挨拶したがっている貴族も多い。

 その貴族たちから睨まれる俺。皇王陛下自ら動いたことにより、奇異の視線も多い。


「気にしなくていいですよ。私たちが一番最初に挨拶しなければならないのはシラン殿下ですから」


 一国の王が最初に自ら動くって前代未聞のことなんだけど……。皇国では違うのか?

 二人の視線が、左右に侍るジャスミンとリリアーネに向く。

 社交界の経験が少ないリリアーネは仕方がないとして、場慣れしているジャスミンまで口数がほとんどなかった。と言っても、親龍祭の前夜祭は初めてか。

 この場には貴族の当主とその護衛、あとは王族や皇族しかいない。子息令嬢は参加不可だ。王子の婚約者として例外的にジャスミンとリリアーネは参加を許可されている。

 ジャスミンもリリアーネはとても緊張しているらしい。


「お美しいお嬢さんたちですね。彼女たちが……」

「はい。私の婚約者であるジャスミン・グロリアとリリアーネ・ヴェリタスです」

「お初にお目にかかります、皇王陛下、皇王妃殿下。ドラゴニア王国のグロリア公爵家長女ジャスミンと申します」

「私はヴェリタス公爵家長女リリアーネと申します、皇王陛下、皇王妃殿下」

「これはご丁寧に。僕はオベイロン・フェアリアです」

「妻のティターニアです」


 いきなりの皇王陛下と皇王妃殿下との対面に二人の緊張がMaxになる。

 そして、二人に更なる追い打ちが。


「娘と姪の縁談をお二人にお伝えせず、勝手に進めてしまったことをお詫び申し上げます」

「申し訳ございませんでした」

「あ、頭をお上げください!」

「謝罪される必要はありませんから!」


 ジャスミンとリリアーネは悲鳴のような声をあげる。

 ただでさえ注目が集まっているのに、皇王夫妻の謝罪。

 確かに、勝手に縁談を進めるのは無礼に当たるかもしれない。でも、王が頭を下げるほどのことではない。

 いや、だからこそ謝罪したのかもしれない。ヒースとエリカは何も悪くない。責任は自分たちにあるということを主張するために謝罪したのだ。

 こう言われたら、ジャスミンとリリアーネはヒースとエリカに何も言えなくなる。

 二人はそういう女性ではないのは皇王夫妻もわかっているはずだ。でも、伝え聞くだけではわからないことも多い。僅かな可能性を潰すためにこうやって謝罪したのだろう。

 一国の王としてはどうかと思う。でも、父と母としてはこの上なく素晴らしい人たちだ。


「ヒースとエリカは今どこに?」


 俺は謝罪から話題を逸らして二人を助ける。

 少し気になっていたことでもある。ヒースとエリカの姿が見えないのだ。


「現在別室にて休んでいますよ。ヒースの具合が少し悪くなったようなので」


 大勢の人に当てられたか。これだけ多いと心の声が凄まじいことになるからな。例え魔道具で力を抑えたとしても、引きこもりだったヒースは人酔いをしてしまいそうだ。


「パーティが始まった直後に抜け出すわけにはいかないでしょう? 少ししたら様子を見に行ってあげてください。あの子たちも喜びますので」

「わかりました」

「では、私たちは失礼します」


 皇王夫妻は華麗に一礼して、貴族たちの下へ向かった。

 彼らの姿が遠く離れた瞬間、疲れきった深いため息が二人分聞こえた。ジャスミンとリリアーネが胃の辺りを押さえている。


「うぐぅ……緊張したぁ……」

「まず最初にフェアリア皇国の皇王陛下と皇王妃殿下とお会いするとは思いませんでした」

「胃が痛い……穴が開きそう」

「私は寿命が削れました」

「二人ともお疲れ様」


 なんか恨みがましく睨まれた。皇王夫妻がやって来たのは俺のせいじゃないんだけど。


「折角オシャレして綺麗なのに睨んだら台無しだぞ」


 今の二人は物凄く美しい。化粧をして、俺が贈ったシンプルなアクセサリーをつけている。そのシンプルさが二人の美しさを際立たせている。

 身体のラインを強調させた銀色のドレスには、二人の瞳の色である紫と蒼がそれぞれさりげなく取り入れられている。

 美の女神と見間違えるほど美しい。


「始まったばかりだけど少し休むか?」

「……そうする」

「……喉が渇きました」


 ぐったりと椅子に座り込んだ二人を見て苦笑しつつ、俺は飲み物を持って来るように近くの侍女に合図をするのだった。

 前夜祭はまだ始まったばかりだ。

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