第210話 来賓の到着
とうとう各国から来賓が集まる日になった。
来賓たちは馬車に乗って、王都の大通りをパレードのように進む予定だ。
王国民や親龍祭のためにやって来た観光客たちは、城にまで歓声が聞こえるくらい熱気に包まれている。余程楽しみらしい。
王国も騎士たちを総動員して厳戒態勢を敷いている。他国の隊列を狙おうとする馬鹿はゼロではない。もし狙われたら民衆はパニックになるだろう。それは絶対に防がねばならない。
警戒する騎士の視線が肌をチクチクと突き刺す。
城の玄関ホールで待っているのは、国王と王妃、王子と王女だけだ。
まあ、周囲にお爺様やお婆様たち、王国の貴族たちもいるけれど。
父上や母上が中心に出迎えて、俺は端っこで笑顔を浮かべて挨拶して握手をするだけの仕事だ。
到着の順番や時間は各国と話し合いが済んでいる。
そろそろ最初の国がやってくる時間のはず。
民衆の歓声がひと際大きくなった。どうやら最初の国がやって来たらしい。
青系統の衣装を着た一団だ。ヒラヒラとした踊り子のような服。布地はとても薄く、一番下に着ている下着、いや、水着が透けて見えている。
国旗は海龍。ドラゴニア王国の南方の海底の国、サブマリン海国の使節団だ。種族はおそらく人魚。
美形が多いため、男女問わず、民衆たちが興奮する。
「ドラゴニア王国へようこそ」
父上が使節の代表と握手をする。大きな拍手と歓声が轟いた。
海国は使者のみの参加だ。俺も端っこで何人かの人と握手をした。
彼らは案内されて城の中に入っていく。
少し時間を空けて次の国がやって来た。
これまた美形の種族。羽織や着物を着た優雅な一団。扇を広げて舞を踊っているかのよう。護衛たちの腰には刀。国旗は果実を実らせた世界樹。
ドラゴニア王国の北方に位置するエルフの国。ユグシール樹国だ。
樹国も今年は使者のみの参加だ。
その次は浅黒い肌の獣人族の一団だった。強い日差しから身を守り、防寒対策も施された服。寒暖差が激しい砂漠の国ならではのデザインだ。
国旗は獅子。ドラゴニア王国の北東に位置しているデザティーヌ公国。
「ドラゴニア王国へようこそ、ユウゼン公王」
「うむ。久しぶりだ、ユリウス国王」
公王はユウゼン・デザティーヌ陛下。猫・獅子系最上位種の黒獅子の獣人らしい。
父上と公王陛下が握手している。国同士は仲良いとは言えないが、こんな場所でギスギスするのは愚か者がすることだ。心では『この野郎』と思っていても、表面上でニコニコしているのが政治だ。
「これが息子のリアトリスだ」
「初めまして」
今度は初対面の公子殿下と父上が握手をする。
公国の公子殿下リアトリス・デザティーヌ。がっちりとした体格の大柄な獣人だ。筋骨隆々。髪は赤黒い。鋭い瞳で値踏みするように観察している気配がある。
観察するのも無理はない。公子殿下は初めて王国に来たのだから。
挨拶を終え、デザティーヌ公国の一団が城へと入っていく。
四カ国目の一団がやって来た。ピンク色のラインが入った白い法衣に身を包んだ聖職者たちだ。祈りを捧げるように静かに歩く。
ドラゴニア王国の北西に位置するラブリエ教国。国旗はピンク色のハートを角で射抜く一角獣。
教国からやって来たのは、ラブリエ聖教のプラムス・アルメニアカ教皇猊下だ。
「フォフォフォ。お世話になりますぞ」
穏やかで優しい笑みを浮かべて父上と握手をする教皇猊下。
見た目はどこにでもいそうな白髪の老人。どことなく雰囲気がお爺様に似ている。それもそのはず。二人は大の親友だから。
教皇猊下の背後に控えているのは、小太りの聖職者。確かサースィス・ハナズオウ枢機卿だ。他にもラブリエ聖教の幹部級の聖職者が並んでいる。
教国の一団を案内はお爺様の役目だ。教皇と笑い合い、仲良く喋りながら城の中へと消えていく。
不意に、空気が変化した。騎士たちや貴族たちの雰囲気が変わる。父上も母上たちも誰もが緊張と警戒を高める。
とうとうあの国がやって来る番だ。
赤い軍隊が行進してくる。統率された一糸乱れぬ動き。少しのずれもない隊列。
空にはグリフォンに乗った部隊もいるが、彼らも寸分の歪みもない。
何という練度。圧倒される。王国の近衛騎士団に匹敵する戦力だろう。
深紅の布地にグリフォンの絵柄の国旗。ドラゴニア王国の東に位置する長年の敵国。ヴァルヴォッセ帝国の皇帝陛下がドラゴニア王国に初めて来国した。
皇帝ゲオルギア・ヴァルヴォッセ陛下が現れた。くすんだ赤い髪の高身長な男性。年齢は50代半ばと聞いていたが、分厚い筋肉で覆われた身体は加齢を感じさせない。
厳格で偉そうな雰囲気を纏い、無言で父上に近づいていく。
誰もが緊張で黙り込んでいる。
父上よりも先に、皇帝陛下が握手のために片手を差し出した。周囲がどよめく。
まさか皇帝陛下から握手を求めるなんて……。
父上も僅かに目を見開き、でも一瞬で笑顔を浮かべると、皇帝陛下と握手をした。
世紀の一瞬。爆発的な歓声が轟いた。数百年にもわたり敵対していた国同士の王が握手をしている。今後の歴史書に記されるであろう歴史的な出来事だ。
「しばらく世話になる」
「ぜひ、ゆっくり祭りを楽しんでくだされ」
「そうしよう。タンジア元帥! ブーゲンビリア元帥!」
「「 はっ! 」」
軍服に鎧を身につけた長身の二人が皇帝陛下の呼び声を合図に前に進み出た。もちろん武器は持っていない。頭にかぶっていた兜を脱ぐ。
一人はくすんだ赤い髪の男性だった。身長は190センチを超えている巨躯。筋骨隆々な男だ。地上の軍隊を率いていた元帥だ。思っていたよりも若い。二十代じゃないだろうか?
もう一人は紅の長い髪の女性。180センチを超える高身長。しなやかな身体。胸はそこそこだが抜群のプロポーション。瞳は
「紹介しよう。息子のタンジアと娘のブーゲンビリアだ。若いが元帥の地位にいる」
「「 お初にお目にかかります、ドラゴニア王国国王陛下 」」
キレのある帝国式の敬礼をする元帥二人。そして、順に父上と握手を交わした。
一言二言会話をすると、皇帝陛下と元帥は案内されて城の中に入っていった。ギスギスした雰囲気もなかった。宣戦布告もなかった。暗殺もなかった。
全員がホッと安堵したことだろう。俺もホッとした。
彼らは武器を持っていなかったが、素手での戦闘力も高いはず。並の騎士では止められないくらい強かった。
良かった。今日一番の難関は終わった。
でも、まだ気を抜くことはできない。あと一国だけ来ていないのだ。最後はあの国だ。
これまた美形の一団。国旗は妖精。ドラゴニア王国の西に位置する一番の友好国。フェアリア皇国だ。
皇王オベイロン・フェアリア陛下や皇王妃ティターニア殿下、エフリ皇女殿下、ジン皇子殿下、そして、俺の婚約者のヒース。ヒースの左手首には俺が贈った
「お招きいただきありがとうございます」
「ようこそ、ドラゴニア王国へ」
ハンサムな皇王陛下と父上が笑顔で握手をする。一番安心する光景だ。
「シラン様!」
「うおっ!」
ヒースが飛びついてきた。周囲の視線が一瞬で俺たちに集まった。
「お会いしたかったです」
光の具合や見る角度によって色が変わる
俺とヒースの婚約はまだ公にしていない。知っているのは極わずか。大半の貴族たちも知らないのだ。
一体どんな関係だ、と探るような視線がブスブスと突き刺さる。
「ヒース、取り敢えず離れてくれ。あとでゆっくりと話す時間が……」
「ないよね? 夜まで話す時間はないよね? 嘘をついてもわかるよ、シラン様」
ありゃりゃ。夢魔の力を結構使えるようになったらしい。あっさりとバレてしまった。まあ、これは夢魔の力ではなく女の勘かもしれないが。
これから俺もいろいろすることがあるし、ヒースたちも準備がある。今夜はパーティが開催されるから、それまで喋る機会はないだろう。
「仕方ないか。夜まで待ってあげます! 私は大人の女なので!」
大人の女って自分で言っている時点で大人の女じゃない気もする。でもヒースらしい。
名残惜しそうにヒースが離れると、スッと別の女性が目の前にやって来た。
美しく着飾ったクールな女性。白みがかった黄色の髪はボブカット。俺と目があった瞬間、青緑色の瞳が赤紫色に変色した。
俺のもう一人の婚約者エリカ・ウィスプ。左手には俺がプレゼントしたブレスレットが光り輝く。
「旦那様……」
彼女はウィスプ大公家としてやって来ているらしい。ほぼ皇族なので国賓待遇だ。
メイド服を着ていないエリカはちょっと新鮮だ。
ヒースのように抱きついて来るかな、と軽く腕を広げると、エリカも胸の中に飛び込んできた。そして、極々自然な動作でキスをする。
「お会いしとうございました」
「俺も逢いたかった。結構頻繁に逢ってたけどね」
「それはそれ、これはこれです。旦那様、では夜に」
「ああ。夜に」
もう一度キスをしてから俺たちは離れる。周囲の視線をものともせず、エリカはヒースと一緒に城の中に消えていった。
残された俺に全員の視線が集まる。うわぁー凄い殺気と嫉妬。呪いにも匹敵しそうだ。視線だけで殺せないかと頑張っている人もいる。
どこかの貴族に捕まる前に即座に逃げなければ!
とにかく、これでサブマリン海国、ユグシール樹国、デザティーヌ公国、ラブリエ教国、ヴァルヴォッセ帝国、フェアリア皇国の来賓が揃った。
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