第209話 秘密会議
蝋燭の僅かな明かりしかない薄暗い部屋の中に、五人の男たちが集まっていた。
誰もが緊張感を漂わせている。空気が張り詰めていて居心地が悪い。
静寂が男たちを包み、ちょっとした物音で反応してしまう。それくらい周囲を警戒していた。
時刻は真夜中。誰もが寝静まり、隠れて話し合うにはちょうどいい時間だ。
「全員集まってくれたことに感謝する」
真面目で重々しい威厳に満ち溢れた初老の男性の声がした。
蝋燭のちらついた光に浮かび上がったのは、白髪で顔に加齢による深い皺が刻まれた男性。カエサル・ドラゴニア。ドラゴニア王国の先代国王である。
大の女性好きとして密かに有名で、よく鼻を伸ばしているセクハラエロ爺が、今はいつになく真面目で、瞳に力強い輝きが宿っている。
かつての国王時代以上に洗練された覇気を身に纏っており、圧倒されてしまう。
「これから喋ることは他言無用。誰かにバラしたら即極刑じゃ。わかっておるな?」
その場に居た全員が重苦しく首肯した。
「では、第17649回王家男子による秘密会議を開催する」
「早速だけど、部屋に戻って良いですか? 婚約者たちとイチャイチャしたいんですが」
「却下じゃ」
俺の要求はお爺様によって即座に却下された。
ちっ! 暑苦しい男たちと集まって秘密会議をするよりも、ジャスミンやリリアーネ、そして使い魔たちとイチャイチャしたほうが有意義なのに。
この場に集まっているのは、先代国王のお爺様、現国王の父上、第一王子のエルネスト兄上、第二王子のアルバート兄上、そして第三王子の俺である。
第四王子のアーサーは、まだこの会議に出席は認められていない。
というか、第17649回ってどういうことだよ! 数がおかしいって毎回思ってたけどさ!
「男同士でしか語れないこともあるじゃろう? ドラゴニア王国が建国してから813年。初代国王陛下が発起し、代々行われてきた神聖な会議。女人禁制の秘密の場。今宵、自分の想いを存分にぶちまけようぞ!」
年に20回以上行われないと、第17649回にはならない。確かに、結構な頻度で行われているけどさ、流石に20回は行われていないぞ。ご先祖様たちはどんなペースで開催していたのだろう?
今回の主催者であるお爺様が、堂々と先陣を切る。
「儂は女性の巨乳とお尻が大好きじゃー! どうじゃ? 前回から我が同志となった者はおらぬか!?」
キラキラとした瞳で、お爺様が俺たちを見渡す。
そう。この秘密会議というのは、王家の男性による性癖暴露大会であり、女性の良さを言い合う下ネタ会議なのだ。
初代国王陛下! 何やってんの! なに考えてんの! 男らしいけどさ!
「ふっ。父上もまだまだですね。巨乳? お尻? 馬鹿馬鹿しい。下着で隠されているからこそ、その良さは発揮されるのです! 女性の下着姿。それこそがエロの至高!」
「下着なんぞ、ただの布切れじゃろうて」
「なんですとぉー! 父上だろうが容赦しません!」
「ほれ、かかってこいバカ息子!」
一歩も譲らず、熱い談義を繰り広げるお爺様と父上。
国民の皆さん、これが先代国王と現国王の本当の姿なんですよ。
大丈夫なのだろうか? よく国が回っているな。
「孫たちはどう思う。エルネスト!」
「あっ、はい。私は女性の首筋や鎖骨に惹かれることが多々あります。」
エルネスト兄上ぇぇええええ! 真面目過ぎぃぃいいいい! 答えなくていいからぁあああ! 気持ちはわかるけどぉぉおおお!
「仕事をしている女性が髪を耳にかけて、首元が露わになる瞬間が一番グッときます」
「ほうほう。最近はマリア嬢と仲が良いと聞いたが?」
「ち、父上!?」
ニヤニヤとした父上とお爺様が、生真面目なエルネスト兄上を質問攻めにする。エロだけじゃなく、恋バナも大好物のようだ。
恋愛の話題には弱い兄上が、顔を真っ赤にしながら追い詰められていく。
「マリア嬢にはいつ告白するつもりだ? プライベートエリアに連れ込んでいる辺り、もう告白したも同然だがな!」
「その娘はどんな子じゃ? 巨乳か? エルネストは我が同志じゃよな!?」
「エルネストは、女性なら下着姿だと思うよな?」
「巨乳と尻じゃろ?」
「私はどちらでも……」
「「 ちっ! 」」
お爺様、父上! 舌打ちをしない! 好みは人それぞれでしょ。
エロ爺とエロ親父は、次にアルバート兄上に狙いを定める。
「アルバート、自分の想いを述べよ!」
「先日、アーノルド公に縁談を持ちかけられました」
「ちっ! あの老害が!」
舌打ちをして、吐き捨てるように言ったのはお爺様だった。憎々しげに顔が歪んでいる。そんな顔をするお爺様は初めて見た。兄上二人も驚いている。
「あの老害のことは無視せよ。言うことを聞いてはいかん! アヤツのおかげでどれだけ儂らが苦労したことか。忌々しい。自分では決して手を汚さないジジイじゃ」
まあ、お爺様たちが何をしたのかということは、父上も兄上たちも俺たちも知っている。王子としての勉強で学んだからだ。お爺様がここまで毛嫌いしているとは思わなかったが。
「気をつけよ。あの老害は貴族派を裏で操るジジイじゃ。潰したほうが国のためになるのじゃが……」
「証拠がないですね。それに、大貴族なので」
はぁ、と先代国王と現国王がため息をつく。政治って大変そうだなぁ。
気まずい雰囲気を払拭するため、エルネスト兄上が話題を変えた。
「そう言えば聞いたぞ、アルバート。シランの婚約者のリリアーネ嬢にプロポーズしたとか」
「あれは知らなかっただけだ」
アルバート兄上が顔を逸らした。気持ちはわかる、とお爺様と父上が頷いている。猛烈にイラッとしたのは言うまでもない。
生真面目なエルネスト兄上が顔をしかめた。
「いい加減、手当たり次第に女性を口説くのを止めろ! 前はそんなんじゃなかっただろ」
「それはセンダが……」
「言い訳するな。ただの当てつけだろう? お互いに意地の張り合いはよくない。話し合えば……」
「俺たちのことは放っておいてくれ。俺とセンダの問題だ」
仏頂面で兄上が拒絶した。夫婦の問題だと言われたら、口出ししにくい。
アルバート兄上もセンダ義姉上も意固地にならなければいいのに。お互いに頑固だから、俺たちがどうにかしようとしても逆効果だ。
この話は終わり、とアルバート兄上が俺に話題を振る。
「今度はシランの番だ」
「俺ですか? 特に性癖とかないですけど」
「一つや二つ、誰にでもあるだろぉー!」
「そうじゃそうじゃ!」
父上、お爺様……もういいや。この二人のことは。
そうだなぁ。パッと思いつくことは何だろうなぁ。胸もお尻も下着姿も一人一人違うからこそ良いものなのに……。
「そうですね、恥骨筋とか? 足を広げた時に浮かび上がる鼠径部の筋肉です」
「「「「 マニアック! だがよくわかる! 」」」」
お爺様と父上だけじゃなく、兄上たちまで賛同しているぞ。
あれはエロいよな、と深く頷いている。
王家の男たちが集まった夜が更けていく。
秘密会議という名の第17649回エロ談義はこの後も続き、男たちは熱い議論を交わし合うのだった。
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