第208話 衣装合わせ

 

「いらっしゃ~い」


 ディセントラ母上が超嬉しそうにジャスミンとリリアーネを迎え入れる。

 熱烈な歓迎。実の息子以上に可愛がっている節がある。二人も本当の母親のようにディセントラ母上を慕っている。嫁姑問題は全然なさそうで安心だ。


「元気してた? また綺麗になってない?」

「えっ? そうですか?」

「自分では何とも……」

「確かに、リリアーネは綺麗になったかも」

「それを言うならジャスミンさんだって」

「二人とも綺麗になったわよ。シランはちゃんと愛してくれてる?」

「「 それはもうたっぷりと! 」」


 ジャスミンとリリアーネは迷うことなく即座に口をそろえて言った。

 恥ずかしいんですけど! 頬をピンクに染めて、チラチラと視線を向けてくるのが何とも可愛い……。

 って、ディセントラ母上! クスクスと楽しそうに笑わないでくださいよ!

 衣装合わせの準備は整ったようだ。俺は逃げるかのように衝立ついたてに隠れて着替え始める。

 母上の言葉が衝立を飛び越えて飛んでくる。


「シラン、良かったわね」

「……新しい美容液とか贈るんで、この手の話題は勘弁してください!」

「あら、折角これからが良いところなのに」


 拗ねたような口調で言ってもダメです!

 母上に揶揄われるのは一番辛い。恥ずかしすぎて、悶え苦しんでのたうち回りたい衝動に駆られる。

 母上には絶対に頭が上がらない。


「いいじゃない、シラン。ディセントラ様のお気持ちを考えてあげなさい!」

「そういうジャスミンは、昨日のことを思い出せ!」

「……お願いだから思い出させないで」


 即座に白旗をあげるジャスミン。やはりか。この疲労感漂う声からして、余程母親のアヤメ・グロリア公爵に揶揄われたらしい。娘を揶揄うのが趣味の人だからな、あの人は。

 ジャスミンが昨日感じた気持ちを、俺は現在味わっているところだ。


「リリアーネはどうだったんだ?」

「私ですか? 普通でしたよ」

「お父上のヴェリタス公爵も?」

「私の身体の心配をしたり、孫を楽しみにしてたり、テンションがおかしかったところはありましたね」


 さすが親バカで有名な公爵だなぁ。久しぶりに愛娘のリリアーネが帰ってきたことがとても嬉しかったに違いない。

 でも、口調に若干棘があるのは何故だ?


「シラン様に酷いことをされていないか、もっと頻繁に連絡をして家に帰ってこい、とあの人は言ってました」

「あ、あの人?」

「シラン様のことを悪く言う感じだったので、無視してあげました。もう知りません!」


 衝立によって見えないけれど、リリアーネは絶対に頬を膨らませてムスッとしているはずだ。

 くそう! 可愛らしくプンスカ怒っているリリアーネを見たい! 珍しいのに!

 ヴェリタス公爵は大丈夫だろうか? 愛娘に無視されて、この様子だと視線も合わせてくれなかったはずだ。それにリリアーネの『あの人』呼び。

 死んでないよね? 俺に八つ当たりしてこないよね?

 パーティの時はヴェリタス公爵に近寄らないでおこう。


「リリアーネの反抗期……」


 ぼそりとジャスミンが呟く声が聞こえた。確かにリリアーネの反抗期だな。


「ヴェリタス公は死んでないわよね?」

「さあ? でも、膝から崩れ落ちて、四つん這いになって血の涙を流してましたね」

「膝を屈したことが無いとか、背中を地面につけたことが無いと言われている超武闘派のヴェリタス公が?」

「頻繁に膝から崩れ落ちますし、背中からバッタリと倒れますよ? 今日も朝から寝込んでましたし」


 ヴェリタス公……どんまい。


「そうです、皆さん聞いてください! 家の者たちが何故か私を見て涙を流すのです!」

「なんで?」

「『恋する乙女の姫様……尊い』とか『小さかった姫様が大人の女性に……尊い』とか『ついに反抗期の姫様……尊い』って、何故かハンカチで目元を拭うのです! 尊いってどういうことですかっ!?」

「いや、私に言われても」


 リリアーネに詰め寄られているであろうジャスミンが戸惑った声を出した。ディセントラ様は楽しそうにクスクス笑っている。

 そう言えば、リリアーネは家で姫様って呼ばれてるんだっけ?

 おっと。着替え終わった。母上や婚約者二人に見せびらかしましょう。


「じゃじゃーん! どうだ?」


 俺が来ているのは正礼装。白系統のスーツだ。重要な式典では、ドラゴニア王国の王族は白や銀の服を着る。左胸には王族の証である白銀の龍のブローチをつける。

 真っ先に反応したのはジャスミンだった。


「……馬子にも衣装」


 んっ? それって褒めてる? 『誰でも身なりを整えればそれなりに見える』とか『着ているものが良いからこそ立派に見える』みたいな意味じゃなかったっけ?

 謙遜しながら身内を褒める場合に使われるらしいけど……。

 まあ、頬を赤らめて顔を逸らしているくらいだから、大丈夫なのだろう。


「似合っていますよ、シラン様。格好良いです」

「ありがと、リリアーネ。ジャスミンは別の感想を述べよ」

「……格好良いわよ。惚れ直すくらいに」

「お、おう」


 ま、まさかジャスミンにそこまで言われるとは思わなかった。俺を直視しないように恥ずかしがっているのがジャスミンらしい。

 そんな俺たちの様子を気にせず、ディセントラ母上は俺の周りをグルグル回って、細かいところまでじーっと観察している。


「ふむふむ。二人とも、見惚れてる暇はないわよ。要望を伝えなきゃ!」

「要望?」

「そう。早い者勝ちね」

「えーっと、どういう意味でしょうか?」

「例えば、二人の瞳の色をアクセサリーとかでつけてもらうとか、そんな感じ。シランは自分たちにモノですって、こっそりさりげなくアピールするの。妻の特権よ!」


 なるほど、とジャスミンとリリアーネが納得した。真剣に悩み始める。

 そんなこと初めて聞いたんだけど。でも、任せるか。俺よりも明らかに女性陣のほうがセンスが良いから。素人は黙っておきます。


「あっ……ネクタイを紫色に、とか?」


 ぼそりと呟いたジャスミンの言葉。ディセントラ母上が侍女に即座に指示して、紫色のネクタイをいくつか持ってきてもらう。

 悩んだ結果、濃ゆい紫色のネクタイに決定したらしい。

 言い出しっぺのジャスミンが、母上に唆されて、手際よくネクタイを結んでくれる。

 至近距離で恥ずかしそうなジャスミンと見つめ合った。甘い香りが漂ってくる。

 そう言えば、昔からジャスミンはネクタイを結んでくれたっけ。


「どうでしょう?」

「うん、オーケーよ」


 母上のオーケーが出た。ネクタイは紫色に決定だ。

 今度は出遅れたリリアーネの番だ。


「わ、私は、当日のハンカチを青色にしていただけたら嬉しいです」

「もうちょっと欲を出してもいいのよ」

「いえ、シラン様がハンカチを使うたびに私を思い出してくれそうなので」


 な、なるほど。他人にアピールするのではなくて、俺にアピールするつもりか。そう言われたら、使うたびに、このもじもじとした可愛いリリアーネを思い出してしまうだろう。

 戦略的にミスしたジャスミンがちょっと悔しそうにしている。


「あとは、フェアリア皇国の婚約者の二人ね。私の娘になるのはどんな子かしら? 楽しみね!」

「母上、金緑石アレキサンドライトのイヤリングってありますか?」

「シランがイヤリングとか珍しいわ。金緑石アレキサンドライト……なるほどねぇ。確かあったと思うわ。シランにはシンプルなものが似合うわね。これなんかどうかしら?」

「それでお願いします」


 あと一つ。こっそりさりげなくアピールするなら……。


「ネクタイピンは蛋白石オパールで」

蛋白石オパールね。ふふっ了解。ネクタイピンなら少し大きめで良さそう」


 ご機嫌な母上が選んでくれた。親龍祭の衣装はこれで決定。

 だけど、これでは終わらず、母上のノウハウを嫁となる二人に全て教えるという名目の下、少しの間着せ替え人形と化すのであった。

 ジャスミンとリリアーネは、とても真剣な表情で母上の言葉を一言一句逃すことなく聞いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る