第207話 兄夫婦

 

 昨日は、エルネスト兄上と出会い、お爺様とお婆様たちに挨拶して、親龍祭の打ち合わせや来賓の名前を覚えたりしていたらあっという間に一日が終わってしまった。

 今日も今日とて親龍祭に向けて、いろいろすることがある。

 侍女や執事たちが慌ただしく動いて準備するのをぼけーっと眺める。俺が動くとかえって邪魔になってしまう。彼らはプロフェッショナルだから、俺は隅っこで大人しくしておく。

 今から行うのは衣装合わせ。親龍祭には城で数多くのパーティが開かれる。前夜祭もある。前夜祭と初日のパーティには、王族が全員参加しなければならない。その時の衣装だ。

 面倒くさいけど仕方がない。これが仕事だ。

 何度か合わせたが、今日が最終確認の日だ。これで不具合が見つかったら、超特急で補正が行われる。

 男性陣の補正は滅多にない。問題は女性陣。体形維持が大変だそうだ。


「ふふふ。楽しみねぇ」

「……いや、なんでいるんですか、ディセントラ母上」


 実母のディセントラ母上が、俺の隣でニコニコ微笑んでいる。

 美しい手で俺の髪をクシャクシャに撫でまわす。


「息子の成長を見せなさい。それが母親の楽しみなの」

「えぇー」

「不満そうにしても無駄よ。諦めなさい」


 ポンポンと楽しそうに頭を叩かれた。

 へいへい。俺は母上に逆らえません。お好きにしてください。

 母上はこういう時には必ず現れる。超ご機嫌に眺めるから恥ずかしい。でも、アドバイスが的確だから追い払うことも出来ない。


「シラン殿下、ジャスミン様とリリアーネ様が登城されました」


 侍女の一人が報告してくれた。そっか、実家に帰っていた二人が城についたのか。まあ、王都にある公爵家の屋敷は、城からすぐのところにあるけど。


「シラン、こっちはまだ準備に時間がかかりそうだから、迎えに行ってあげなさい。二人にもシランの衣装を見てもらいましょう」

「えぇー恥ずかしいんですけど」

「どうせ後で見てもらうでしょ? ほらほら、さっさと行く!」

「はーい。行ってきまーす」


 母上に背中をパシッと叩かれて、俺は侍女の案内の下、二人を迎えに城の中を歩く。

 二人は《神龍の紫水晶アメジスト》と《神龍の蒼玉サファイア》の称号を与えられるほど美しい。最近は、ビュティが作った美容液のおかげで、美しさに磨きがかかっている。面倒な貴族に目を付けられていないと良いけど。


「深海のような深い青! 何と美しい蒼玉サファイアの瞳! 蒼玉サファイアの君、ぜひ俺の妻になってください」


 大声が廊下に響き渡った。誰かが跪いてプロポーズしている。プロポーズをされている女性は、俺が良く知っている人だ。


「あ、あの……も、申し訳ございません……」

「何故ですかっ!? 俺のどこがダメなんですか!?」

「その……あっ!」


 蒼玉サファイアの瞳が俺を捉えた。リリアーネはすぐに駆け寄って、俺の背後に隠れる。

 ムッとした男性は、俺に気づいてばつが悪そうにに顔をしかめた。


「シランか。久しぶり。となると、その女性が《神龍の蒼玉サファイア》か」

「アルバート兄上、お久しぶりです。彼女が《神龍の蒼玉サファイア》リリアーネ・ヴェリタス。俺の婚約者です」


 リリアーネに結婚を申し出ていたのは、俺の異母兄のアルバート兄上だ。アンドレア母上の第二子であり、ドラゴニア王国の第二王子。

 治めている領地から到着したばかりなのだろう。


「すまない。あまりの美しさについプロポーズをしてしまった」

「いえ、リリアーネは社交界にほとんど出ていないので、兄上が顔を知らないのは当然ですよ。リリアーネ、彼はアルバート兄上だ」


 ようやく状況を理解して、リリアーネが優雅に一礼する。たったそれだけの動作で、彼女の美しさが広がり、周囲の空間が華やかになった気がする。


「初めまして。リリアーネ・ヴェリタスと申します」

「俺はアルバート・ドラゴニア。シランの兄で第二王子だ。先ほどの非礼はお詫びしよう、リリアーネ嬢」


 そこに、ジャスミンが女性を連れてやって来た。笑顔で談笑する二人の顔が、俺たちの間に流れる気まずい雰囲気を機敏に察知して、訝しそうに眉をひそめた。


「ど、どうしたの?」

「まあ、ちょっといろいろとな」


 俺は苦笑いを浮かべるしかない。言いふらさないほうがいいだろう。兄上のためにも。

 ジャスミンと一緒に居た女性は状況を把握したようだ。頭を抱えて深いため息をついた。


「はぁ……アルバート様、またですか。よりにもよってシラン様の婚約者に」

「……知っていたら言わなかったさ」

「シラン様、馬鹿な夫に代わって謝罪いたします。申し訳ございませんでした」


 アルバート兄上の妻センダ義姉上あねうえが深く深く頭を下げた。


「頭を上げてください! 気にしてませんので! リリアーネも気にしてないよな?」

「そうです! 元はと言えば、私が社交界に出ていないのが原因なので!」


 何とか説得に成功して、義姉上は頭を上げた。諦めの光が宿った瞳で夫を睨んでいる。アルバート兄上は目を逸らした。


「夫には後で言い聞かせますので」

「シラン、リリアーネ嬢、そしてジャスミンも迷惑をかけた。センダ、行くぞ」

「はい」


 よそよそしいというか、ギスギスした雰囲気の二人は、王族のプライベートエリアのほうへ歩き去った。

 俺たちもそっちへ向かうのだが、少し時間を空けたほうがいいだろう。

 リリアーネが、二人が消えた方向の廊下を見つめて、ボソッと呟いた。


「もしかして、お二人の仲は……」

「まあ、そう思うわよね」

「そうだな」


 いろいろ知っている俺とジャスミンは苦笑いを浮かべる。

 本当にあの二人は似た者同士なんだから。でも、夫婦間には踏み込みにくい。


「もっと素直になればいいのにね」

「……」


 思わずジャスミンを凝視してしまった。俺の視線に気づいたジャスミンは、たじろいで後退る。


「な、何よ」

「そのセリフをジャスミンが言うのかと思って」

「最近の私は素直でしょうがー!」


 最近の、と言うあたり、昔の不器用な自分に心当たりがあるのだろう。まあ、確かに最近のジャスミンはとても素直だ。よく甘えてくる。

 俺はリリアーネと顔を見合わせて同時に吹き出し、真っ赤な顔をして恥ずかしがるジャスミンにポコポコと叩かれた。

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