第188話 60階層のボス

 

 一日目で25階層に降りた俺とアルスは、二日目に40階層まで、三日目に51階層まで降りていた。今日は四日目で、現在は59階層にいる。

 モンスターが強くなり、少しの油断も出来ない。それに、この59階層はモンスターが多い。もう見るのも嫌になるくらい不死者アンデッドがいる。

 カタカタ、ベチャベチャ、グチョグチョとうるさく、臭くてキモイ。気味が悪い。このダンジョンに入ってから、食欲が失せた。一刻も早くここから出たい。


「退いてください!」


 腕に力を溜め、進行方向のモンスターに向かって浄化の光線を放つ。巻き込まれたモンスターは、一瞬で消滅した。あとにはドロップアイテムが残る。

 モンスターが強ければ強いほど、ダンジョンが深くなればなるほど、ドロップアイテムは良いものになる。

 アルスとの契約により、道中のドロップアイテムは俺のものになる。ウハウハだ。まあ、大量すぎて困るから、アルスにもあげるつもりだが。


「お疲れ様」


 ここ数日で、アルスとは少し打ち解けた気がする。気軽に声をかけてくれるようになった。ドロップアイテムを拾うのを手伝ってくれる。


「なんか申し訳ないかな……」

「何故ですか?」


 アルスは落ち込んでいるように見える。


「貴方ばかり戦ってるから申し訳ないなって。いや、あたしが足手まといなのはわかってるんだけど」

「急ぐ理由があるのでしょう? 申し訳ないと思うよりも、先に進むことを優先しましょう」

「……そうね。あたしが自分で取りに行かなきゃ」


 目指すは最下層のドロップアイテム。俺たちに任せてくれればもっと早かっただろうけど、自分で行かなきゃ意味がないらしい。

 実家からの試練ということになっている。自分の力を証明する試練は、貴族の家では偶にある。ついて行くだけでもいい。人を見抜き、仲間を集め、お互いに信頼して、統率する、という力を測ることが出来るから。

 大抵の貴族は統率者だ。戦士ではない。

 ドロップアイテムの最後の一つ、と思って手を伸ばした瞬間、気配探知にモンスターが引っかかった。唐突に出現した。ダンジョンモンスターの再配置。

 出現場所は、アルスの真後ろ。


「アルスッ!」


 振り向いたときにはもう、モンスターがアルスに向けて剣を振り下ろしていた。

 動く鎧。リビングアーマー。

 恐怖で紅榴石ガーネットの目を見開くアルス。咄嗟に腕で防御する。

 俺の攻撃は間に合わない。


 ガキンッ!


 血飛沫を予想した俺の耳に、異様な音が聞こえた。固いもの同士がぶつかり合う鈍い音。そして、キィーンと何かが砕け散った甲高い音。

 俺は目が信じられなかった。

 アルスの腕にぶつかったリビングアーマーの剣が、見事に砕け散っていた。アルスの肌には一切傷はない。


「《龍殺しゲオルギウス》の末裔の防御力を嘗めないでっ!」


 グッと力強く拳を握ったアルスは、リビングアーマーの隙だらけでがら空きの胴体を殴りつける。


「馬鹿力でもあるんだからっ!」


 華麗なアッパーで、リビングアーマーの身体が上空に打ち上げられた。胴体にはアルスの拳がめり込んだ跡がある。

 リビングアーマーの鎧って、金属だからとても重くて硬いんだけど……。

 杖をコンッと地面に打ち鳴らすと、魔法が発動する。リビングアーマーに炎が着弾し、燃え上がる。火力が凄い。魔法抵抗が高いリビングアーマーを焼いて溶かしている。

 地面に落ちてくるころには、ドロップアイテムになっていた。それをアルスがキャッチして、笑顔で俺に渡してくる。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。大丈夫ですか?」


 何とか平静を保って、普通の声で喋れた。少し引いてるのは気付かれなかったはず。


「これくらい何ともないよ。大丈夫!」


 傷一つない綺麗な素肌。赤くもなっていない。《龍殺しゲオルギウス》の末裔は頑丈って聞いてたけど、ここまでとは。

 絶対に怒らせないようにしよう、と俺は固く心に誓った。

 59階層を無事に抜け、60階層に降りた。真っ直ぐ続く一本道。ここにモンスターは出ない。その代わり、少し先に見える巨大な扉の奥にボスモンスターがいる。

 階層主とか門番とか言われる強力なモンスターだ。10階層ごとに存在している。

 倒さなければ次の階層にたどり着けない。強いが、その分ドロップアイテムも豪華だ。


「準備はいいですか?」

「ええ」


 ボス部屋の扉に触れる。一度触れれば勝手に開いてくれる。俺たちは中に足を踏み入れた。

 目の前には巨大な空間が広がっていた。闘技場コロシアムを連想させる円形の空間。奥行きは100メートルくらいありそうだ。青緑色の炎が不気味に部屋の中を照らしている。

 中央に黒いローブ姿のモンスターが出現した。杖を持った骨の化け物。眼窩に赤い炎が燃えている。


「あれはリッチですね」

「嘘でしょ……もう見たくなかったのに!」


 その瞬間、アルスの身体から強烈な熱波が吹き出した。赤い灼熱のオーラを身に纏い、温度が上昇していく。

 怒りに燃える紅榴石ガーネットの瞳が縦長になる。まるで爬虫類の蛇。いや、これは龍眼か?

 アルスがリッチに右手を向けた。魔法使いのローブから覗いた彼女の素肌には、赤い鱗が浮かんでいる。


「この気配は……」


 息を飲む俺の隣で、アルスが力を溜め始める。更に温度が上昇し、陽炎が空間を揺らす。

 右手が赤く輝き、変化し始める。鋭く尖った爪を持つ龍の手に。

 アルスが咆哮した。


「《屠龍の光焔ドラゴン・レイ》!」


 放たれた極太の赤い閃光が、床を削り取りながら突き進み、リッチを飲み込んだ。一瞬にして消え去るボスモンスター。

 爆風と熱波が空気を掻き乱す。息をするのが辛い。喉や肺が焼け爛れそうだ。

 彼女の手から出る灼熱の光線が、徐々に細くなって消えた時には、リッチの姿など跡形もなかった。存在した痕跡も一切ない。完全に消滅していた。

 討伐ボーナスとして、光をあげながらドロップアイテムが出現する。どうやら、今の一撃で倒してしまったらしい。


「もう二度とあの骸骨を見たくない……」


 ボソッと呟いたアルスの身体がふらりと揺れた。力が抜けて倒れそうになる彼女の身体を抱き留める。

 熱い。アルスの身体は燃えるような熱を放っていた。シューシューと湯気も立ち昇っている。普通の人が触ったら火傷をしていただろう。

 俺の腕の中で脱力し、今にも消えそうな儚げな笑みを浮かべるアルス。


「大丈夫ですか!?」


 ゆっくりと目を閉じるアルスが、何とか言葉を紡いだ。とてもとても小さな声だ。


「…………おなか減った」


 その直後、俺の耳にクルクルと可愛らしいお腹の音が聞こえた。

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