第187話 探索一日目の終了
赤い炎が燃え上がり、
骨は錬金術の触媒として使用され、短剣は錆を落として使われる。魔剣の可能性もゼロではない。
魔法を放ったアルスは、息を荒げながら、手に持っている杖に寄りかかり、体重を支えている。
「はぁ……はぁ……まだまだ!」
「ダメです。今日はここで一泊します」
「あたしはまだいける!」
言葉だけは威勢がいい。まだいけるだって? 一日で一気に25階層まで降りて、魔力切れでフラフラして、足腰にも力が入らない人がよく言う。
「進まないと……早く進まないといけないの! もう二日も無駄にしたから」
「休むことも大切です。このままだと貴女の身が持ちません。それに、外はもう夜です。休みましょう」
俺はもう既に、野営の準備を整え始めている。テントや結界の魔道具の設置を行う。ここはダンジョンの中だ。いつ襲われてもおかしくない。
アルスは、気持ちでは先に進みたいと思っているようだが、身体は限界を迎えていることに気づいているらしい。膝から崩れ落ち、しゃがみ込んでいたが、しばらくすると自分のテントを設置し始めた。俺があげたテント型の魔道具だ。使ってくれているらしい。
準備が終わったら、虚空から食事を取り出して食べる。今日はシチューだ。マギーやカラムが作ってくれた絶品シチュー。美味しそうだ。
ダンジョンの中では空間系の魔法にも制限がかかる。長距離転移は出来ないし、他の階層に移動することも出来ない。外に転移するのも無理だ。
でも、視認できる範囲の短距離転移は出来るし、今みたいに異空間収納も使用することができる。
ダンジョンは相変わらずの謎空間である。
少しすると、テントの中からアルスが出てきた。疲れきっている。先ほどまでの威勢はどこにも見られない。
良い香りが漂ったのか、クンクンと空気を嗅ぎ、
「食べますか?」
俺はアルスの分のシチューを取り出す。出来立てほやほやで湯気が立ち昇っている。異空間収納って便利。
「い、いらない。干し肉とか固いパンとかドライフルーツとか、いろいろ持ってるから」
「……手を伸ばしていますが?」
「はっ!? 手が勝手に!」
言葉と行動が逆だ。こういうところは素のアルスだ。美味しいものが好きらしいから。この前デートしたときは俺のアイスも食べてた。
食事を受け取ったアルスは、もごもごとお礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえいえ。お気になさらず。まだまだ先は長いですからね。沢山食べて、身体を回復させてください」
再びグルグルとお腹が鳴り、恥ずかしそうに頷いたアルスがシチューを一口食べた。
「……美味しい」
そのままパクパクと勢いよく食べ始める。良い食べっぷり。よほどお腹が空いていたのだろう。
あっという間に食べ終わったアルスは、まだ物足りなさそう。俺の手元に残っているシチューをじーっと見つめている。
俺は虚空からもう一皿取り出した。
「おかわりはいりますか?」
「……ください」
「どうぞ」
おかわりを受け取ったアルスは、ゴソゴソと保存食の固いパンや干し肉を取り出すと、ナイフで一口サイズに切り、シチューに沈め始めた。
なるほど。普通なら固くて食べにくいけど、シチューに入れたら柔らかくなるか。
「んぅ~美味しい。やっぱりドラゴニア王国最高!」
ヴァルヴォッセ帝国はそんなに嫌なのだろうか。アルスは以前、帝国の食事に関して文句を言っていたけど。
「見張りはどうしますか?」
美味しそうに食べるアルスに見惚れてて、咄嗟に答えることが出来なかった。
手を動かしてパクパク食べながら、質問してきたアルスがじーっと俺を見つめている。
「私が担当しますよ。アルストリアさんは寝てください」
結界は施してあるが、絶対とは言えない。ここはダンジョンの中。もしかしたら、結界を破壊するモンスターもいるかもしれないし、ダンジョンによって結界が途中で無効化されるかもしれない。油断はできない。
俺は数日寝ないで平気だから100%善意で言ったんだけど、何故かアルスは猛烈に警戒している。
「まさか……眠っているあたしに乱暴を!? だから男の貴方が一緒に」
「そんなことは絶対にしません」
実際、冒険者の間ではそういうことも多い。血の気が多い冒険者たちは、常に危険や死と隣り合わせだ。危険が迫ると、本能が性欲を刺激する。だから、パーティ間でそういう事件も起きているという。
まあ、女性のほうから襲うことも少なくないらしいが。
今回このダンジョンにアルスと入れたのは俺だけである。他の皆は使い魔だから入れない。ダンジョンの謎仕様のせいだ。
キッパリと断ったというのに、アルスは若干不満げだ。
「そんなにはっきり即座に断言されると女としての
八つ当たり気味にシチューにスプーンを突き刺し、掬って口に運ぶ。
「貴方は顔を仮面で隠してるし、声も姿も偽っているみたいだから、男じゃなくて女かもしれないけど、なんかムカつく」
そう言われても困るんですけど。聞かなかったことにしよう。
アルスが俺にビシッとスプーンを突き付けてきた。キッと睨んでもいる。
「言っておくけど、あたしを襲ったら呪ってやるから!」
「だから襲いませんって」
手を出したらジャスミンたちになんて言われるか。恐ろしい……。
今度は、スプーンではなくて、お皿を突き付けてきた。いつの間にか空っぽである。
「……おかわり」
数秒前まで睨んでいたアルスはどこに行ったのだろう? 恥ずかしそうにしつつも、媚びるようにシチューのおかわりをおねだりしている。
あまりの可愛さに心の中で、ぐふっ、と吐血しながら、俺は無言でシチューを取り出した。
アルスは嬉しそうに受け取り、あっという間に平らげ、その後にドライフルーツを齧っていた。
どうやら、アルスは大食いらしい。その細い体のどこに入っているのだろう。
ダンジョン以上に謎だった。
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