第186話 亡霊の迷宮

 

 迷宮都市ラビュリントスから一キロほど離れた場所にある岩山。高さは十メートルくらいだろう。自然に出来たもののようにも、人工的に造られたもののようにも見える。遠くから見ると霊廟の形をしている気がする。

 その岩山にぽっかりと開いた黒い穴。そこがダンジョン『亡霊の迷宮』の入り口だ。

 まるで死の世界の入り口みたい。わかりやすく言うなら、コールタールの鏡だ。光は一切反射していないけど。反射していないのに黒い輝きを放っている。外からは中を伺うことが出来ない。

 生暖かい空気が吹き出している。でも、背筋が凍る冷たさもある。

 いろいろな矛盾を孕んだ存在。人知が及ばぬ場所。それがダンジョンだ。

 神が創り出したと言われても納得できる。

 入り口付近には建物が建っていた。ギルドの監視員が滞在する場所だ。人がいる。近づく俺とアルスに気づいて警戒をしている。

 そりゃそうか。俺は白装束で、顔は仮面で隠しているから。


「冒険者です。ギルドの許可を得て、ダンジョンに潜りに来ました」


 冒険者カードとギルドから受け取った許可証を監視員に渡す。アルスはBランクなので訝しみ、俺のランクを確認して、Sランクだと、と目を見開いて驚いている。


「確認が取れました。冒険者カードを返却いたします。ご予定をお聞きしたいのですが」

「そうですね。一週間ほどと予定しています」

「わかりました。お気をつけて」


 俺たちは、監視員に見送られてダンジョンの入り口の前に立つ。近づけば近づくほど寒気がする。来るものを拒むかのよう。でも、何故だか惹きつけられる。

 ダンジョンは本当にわからない場所だ。


「何故パーティメンバーを置いてきたの?」


 緊張で顔を強張らせたアルスが問いかけてきた。

 今は俺とアルスの二人きり。使い魔たちは街に置いてきたことになっている。実際は顕現を解除して俺の中にいるけど。


「シャルさんの話を聞いていなかったのですか? このダンジョンには入場制限があります。最大二名まで。それ以上になると別々の場所に飛ばされます。合流も出来ません」


 ダンジョンには入場制限がかかっていることがある。滅多にないけど。

 この『亡霊の迷宮』には一人、もしくは二人までしか一緒に入れない。それは使い魔も含まれる。だから、アルスと一緒に入ったら、俺は使い魔を顕現させることが出来ない。また、使い魔だけでダンジョンに入ることも出来ない。必ず主が必要だ。

 普通のパーティは五、六人で連携を取る。それが一人や二人になると、一気に弱体化する。だから、冒険者ギルドも基本的にランクA以上の冒険者しか立ち入りを認めていないのだ。ランクAくらいになれば、生きて帰る可能性が高いから。まあ、攻略が出来るとは言っていない。


「それに、二人で入る場合には、何故か必ず男女でなければなりません」

「……ごめんなさい。聞いてなかった」


 こういうダンジョンは滅多にないから仕方がない。でも、どんなことでも情報は大事だ。シャルの説明の中にあった。聞いていなかったアルスが悪い。このままだとすぐに死ぬぞ。


「気を付けてください。ダンジョンでは何が起こるかわかりません」

「わかってる……」

「全然わかっていませんね。まずはその焦りをどうにかしてください」


 俺はアルスの頭にチョップを落とすと同時に、軽く心を落ち着かせる魔法を発動させる。死んでしまっては困るのだ。

 アルスは、自分の焦りに気づいていなかったようだ。唇を噛みしめていることも、杖を力強く握っていることも、身体が強張っていることも、何一つアルスは自分で気づいていなかった。

 何度か深呼吸をして、心を落ち着かせるアルス。風は生暖かい。

 すぐに、アルスは平静を取り戻した。


「覚悟はいいですか?」


 アルスは目の前の黒い穴を燃える紅榴石ガーネットの瞳で睨み、力強く頷いた。

 俺たちは、同時にダンジョンに足を踏み入れた。

 膜を通り抜ける違和感が一瞬だけ襲い、目の前には洞窟が広がっていた。上下左右は六メートルくらいの空間。ごつごつとした岩が剥き出しの洞窟。でも、壁には一定の間隔で青緑色の炎の松明が飾られている。洞窟内が青緑色に染まり、とても不気味だ。

 背後を振り返ると、黒い鏡面があった。ここを通り抜ければ外に出ることが出来る。

 隣にはちゃんとアルスもいた。


「ここが亡霊の迷宮」


 奥からカタカタという骨がぶつかる音や、ズルズルと這うようなおぞましい音、呻き声が反響して聞こえる。腐敗臭も漂ってきている。

 気配を探りながら進むと、すぐに分かれ道にぶつかった。地図通りだとこのまま真っ直ぐだ。ダンジョン内の道が変わっていないといいけど。

 真っ直ぐ進むと、青緑色の光に照らされたゾンビが数体現れた。腐りきった体を引きずり、黒い体液をまき散らせながら、異様な素早さで襲い掛かってくる。


「ここはあたしが」


 アルスが杖をゾンビの群れに向ける。魔力が迸り、熱風が吹き荒れた。


「邪魔! 退いて!」


 熱風がゾンビの身体を一瞬で消し飛ばした。光をあげながらゾンビが消える。あとは何も残らない。

 残念。ドロップアイテムは落ちなかったらしい。

 ダンジョンのモンスターは倒されると死体を残さず消滅する。そして、ドロップアイテムを落とすことがある。何故なのか誰もわからない。

 わかっていることがあるとすれば、ダンジョンのモンスターが外に出た時は、同様に死体は残らず、ドロップアイテムは絶対に落ちないこと、外のモンスターがダンジョン内に侵入して死んだときは死体は残り、ドロップアイテムはない、ということだ。

 意味が分からない謎空間。ダンジョンは不思議だ。

 その後何度かモンスターと遭遇したが、一発で消滅させながら突き進んだ。地図通りに進むと、そこには第二階層に続く階段が存在していた。どうやら変化していないらしい。


「この調子で進みましょう」

「ええ」


 俺とアルスは第二階層に進んだ。

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