第174話 花束
霊薬? 何のことかなー? (棒読み二回目)
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屋敷の中を歩く。屋敷で働く使い魔とすれ違いながら、ある部屋へと向かった。ドアをノックするが、中から返事がない。寝ているのだろうか?
「開けますよー。失礼しまーす」
声をかけながらドアを開けると、部屋の中には誰もいなかった。ベッドの傍に花が飾られている。どこに行ったのだろう。
屋敷の中を探し回っていると、庭のほうから楽しげな笑い声が聞こえてきた。庭に行くと、俺に気付いた小柄な女の子がタタタッと駆け寄ってきて、ジャンプして抱きついてくる。
「にぃにぃ!」
「うおっ!? 飛び掛かったら危ないだろ?」
「きゃー!」
勢いを殺すためにクルクル回ったら、猫の獣人の幼女セレネちゃんが楽しげな声をあげた。腕の中でキャッキャッとはしゃいでいる。
「こら、セレネ。危ないでしょ」
「ごめんなさーい」
まだ痩せているが、元気そうな猫の獣人の女性が近づいてきて、セレネちゃんを優しく叱った。セレネちゃんの母親のテイアさんだ。肌の血色は良い。
「テイアさん。もう出歩いていいのか?」
「ええ、おかげさまで。少しだけなら」
赤みがかった金色の瞳で優しげに微笑むテイアさん。元気になってよかった。
テイアさんを助け出して数日が経っている。あの夜、死んだように気を失ったテイアさんを屋敷に運び、ビュティやインピュアやケレナや緋彩など、出来る限りの手を尽くして治療をしたのだ。
どうやら、テイアさんは栄養失調で風邪を拗らせていたらしい。それも重篤に。
使い魔たちのおかげで危険は去ったけど、失った体力はすぐには戻らない。少しの間は安静だ。
監視役として、珍しく真面目なケレナが傍にいる。
「これからどうするか決めたか?」
「……まだ悩んでいます」
テイアさんは、俺が抱っこしているセレネちゃんの頭を優しく撫でる。セレネちゃんは気持ちよさそう。目を閉じて、猫耳をぴょこぴょこさせている。
借金は俺が全額支払った。でも、テイアさんはその分をちゃんと払うと言って聞かなかった。彼女は予想以上に頑固で、結局俺が折れたのだが、二つの提案をした。一つ目は、今まで通りに暮らして、働いて返すこと。二つ目は、俺の屋敷で住み込みで働くこと。もちろん、セレネちゃんもちゃんと面倒を見る。
「住み込みで働くって言っても、好きにしていいんだぞ。今まで通り露店で商売するのもいい。他のことをしてもいい。ちょっと掃除とか手伝ってもらうけど」
「……条件が良すぎて裏を疑ってしまいます。何が目的ですか? 身体ですか?」
「いやいや! そんなことはしないから。疑う気持ちはわかるけど。まあでも、給料は高いから、住み込みのほうが早く返せるんじゃないか? 食事も出るし、暖かい部屋もある。セレネちゃんも責任取る。ウチの女性陣がメロメロでね」
ここ数日で、セレネちゃんは女性陣の娘もしくは妹のように可愛がられている。俺は、テイアさんを説得するようにと、女性陣に圧力をかけられている。笑顔が怖くて胃が痛くなりそう。
「ママ!」
「なに、セレネ?」
「お花!」
「あぁお花ね」
テイアさんが片手に持っていた小さな花束をセレネちゃんに渡す。どうやら監視役のケレナに許可を取って、花壇に咲き誇る花を少しだけ摘んだらしい。
花束を受け取ったセレネちゃんが、ニパァッと笑顔で俺に差し出してくる。
「にぃにぃにあげりゅ! ママと一緒に摘んだの!」
「俺に? ありがと」
うわぁ! 滅茶苦茶嬉しい。枯れないように魔法をかけて部屋に飾ろう。
あまりに嬉しかったから、セレネちゃんを抱きかかえたままクルクルと回る。きゃー、と楽しそうに幼女も笑う。
「テイアさんもありがとう」
「いえ。助けてくださったお礼には全然足りませんので」
もうこれで十分なんだけどな。俺が助けたかったから助けたし。
セレネちゃんが青みがかった銀色の
「にぃにぃは王子様だったんだね!」
「そうだぞ。俺は王子様だぞ」
「あっいえ、セレネが言いたいのは、絵本に出てくる王子様かと。絵本が好きなので」
なるほど。絵本の王子様とかが好きな年齢だよな。俺は本当の王子様だけど。
5歳児のセレネちゃんは、小さな両手で俺の頬をむぎゅっと挟んだ。
「にぃにぃ! ママを助けてくれてありがとー!」
「どういたしまして、お姫様」
「セレネがお礼すりゅの!」
「お礼?」
「うん! セレネがお嫁さんになってあげるー! チュ~♡」
…………今感じる唇のぶちゅーっとした柔らかさは一体何だろう? セレネちゃんがキスしてる幻覚が見えるんだけど。とうとう俺の頭がおかしくなったか。
ちゅぱっと離れたニコニコ笑顔のセレネちゃんを呆然と見つめていたら、少し遅れて息を飲む声が三人分聞こえてきた。一人は目の前にいるテイアさん。残り二人は背後からだった。
嫌な予感がする。振り向きたくはないけど、ギギギッと錆びついた人形のように振り向くと、そこには
「シラン……あんたねぇ! 幼女に手を出すなんて!」
「ま、まさかセレネちゃんだとは……! テイアさんではないかとジャスミンさんと予想していたのですが、まさかそっちですか!?」
「ちょっと待て! こ、これは違うんだ! 避けることが出来なくて!」
「このロリコン! 最低よ!」
「流石に私も……」
怒りと驚愕を浮かべる婚約者の二人に弁解しようとしていると、コホンと咳払いが聞こえた。咳払いをしたのはセレネちゃんの母親のテイアさん。美しいほど輝くニッコリ笑顔だ。でも、
冷や汗が噴き出す。ドバドバと流れて行く。
「私、決めました。娘共々お世話になります」
「えっ?」
「娘のこと、責任取ってくださるんですよね?」
「そ、それは……」
「私の可愛い娘の唇を奪ったんですよ? 責任、取ってくれますよね?」
俺の身体がガタガタと震える。何故だ。猛烈な恐怖を感じる。一言一言に威圧を感じる。
こ、これが母親の強さか!? 母親が強すぎる!
「シラン!」
「シラン様!」
「責任取ってくれますよね?」
強い女性三人に囲まれて震える俺。
誰か! 誰か助けてくれ~!
俺の心の叫びは誰にも届かない。届いたとしても無視される。
抱きかかえたセレネちゃんの優しいナデナデと、小さな花束の甘い香りだけが俺を癒してくれた。
《第五章 月華と日華の花束 編 完》
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こんにちは! 作者のクローン人間です。
第五章が無事に完結しました。
ロリコン……という読者様の声が聞こえてきそうです。
第五章は、ヒロインよりも、シランが弱るのがメインの章でした。
どうしても必要な章だったのです。
いつかわかるかと。
ここでちょっと裏設定を。
名前 セレネ
設定
・モデルはギリシャ神話の月の女神
・ユニーク種
・もともとの設定は狼の獣人で、ハティの眷属の予定だった
・狼は被りまくってる……なら、猫にしよう! その結果、猫になった。
名前 テイア
設定
・名前はギリシャ神話の女神セレネの母テイアから
・モデルはエジプト神話のバステト (多産のシンボルとみなされ、豊穣や性愛を司り、家庭を守るらしい。 詳しくはウィキペディアを)
・子持ちヒロインを加えたいと思った結果、こうなった
・ユニーク種
・娘が月なら母親は太陽だよね! ということで、太陽になった。
・もともとの設定は狼の獣人で、スコルの眷属の予定だった
第五章はギリギリまで『月の子猫の恩返し』というタイトルの予定でした。
その前は『月の子犬の恩返し』でしたけど。
さて、長くなりましたね。
次回から『第六章 呪われた赤い魔女 編』が始まります。
この作品のサブタイトルも消しましたし、シランを無理に暗躍させなくていいですよね!(笑)
ヒロインは……あの人です。
お楽しみに!
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