第六章 呪われた赤い魔女 編

第175話 過去の策略

『第六章 呪われた赤い魔女 編』

 スタートです! 

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 これは半年以上前のこと。


 薄暗い地下室で、男が作業をしていた。気品さが感じられる白衣を着た男だ。真剣な顔で、目の前の細かな作業に集中する。あまりに集中しすぎて、周りのことが一切頭に入ってこない。

 不気味な緑色に染まった部屋だ。壁際に立てられたカプセル容器に入った透き通った液体の色。コポコポと音がする。液体に浮かんでいるのは、継ぎ接ぎだらけの形容し難い姿の化け物。臓器にも似た物体。そして、人。

 壁や床や天井に描かれた魔法陣が、一定の間隔で薄い輝きを放つ。

 男は、呼吸すら止めて、自分の手に集中し、繊細な作業を行う。ミリ単位の動きだ。

 手術台の上に乗っているのは、黄緑色の液体に半分沈んだ人型の肉塊だった。露出した臓器や骨、筋肉に血管、神経の一つ一つまでも、男は糸や魔法を使って繋ぎ合わせていく。

 ふぅ、と息を吐いて手を止めたのは、数十時間も経った後だった。手に持ったハサミや糸をトレーに置いて、白衣を着た男は大きく伸びをする。


「……完成です。何と美しい!」


 疲れを感じるが、感激と感動で声が震えている。

 作業台の上に横たわっているのは、肉塊ではなかった。完全なる人だった。髪は青色。顔立ちは大人っぽい。閉じている眼は若干つり上がっている。肌は一切の傷はなく、少し褐色だ。胸もお尻も大きい。腰はくびれている。

 まるで眠っているかのよう。しかし、呼吸はしていない。

 裸の美しい女性。今にも目を開けて動き出してもおかしくない。だが、どこかが不自然だ。妙な違和感を感じる。そんな女性だった。

 男が長い時間をかけて作り上げた作品。芸術品。そして、商品だ。


「これで依頼人も満足するでしょう」


 台の上の女性の頬を一撫でして、男は満足そうに頷いた。

 これは男の趣味の一つであり、仕事の一つだった。人間そっくりな人形を作る。その人形は、一部の蒐集家コレクターには絶大な人気を誇っていた。オークションに出品すると、瞬く間に莫大な金で競り落とされるくらいに。


「おや?」


 男は何かに気づいた。視線の先には、女性が立っていた。金髪の美しい女性だが、やはり違和感を感じる女性だ。女性は感情が抜け落ちた無表情をしているからなのか。それとも、人間ではあり得ない完全に左右対称の身体だからか。


「どうしましたか、私の可愛い女性レイディー?」

「お客様です」


 感情を感じさせない抑揚のない声で、女性が瞬きもせずに答えた。

 客、と男が首をかしげる。予定には一切なかった。突然の来客らしい。


「そうですか。では、すぐに向かいます」

「ご案内致します」


 女性が一礼して、案内を始める。その動作もどこか機械的だ。

 向かった先は、地下にある客間。秘密の客をもてなす部屋だった。

 センスの良い調度品に囲まれた部屋には、客である男がソファに腰掛けていた。赤い髪の男だ


「客とは貴方でしたか」

「ずいぶん待ったぞ。オレを待たせるとは良い度胸だな」

「連絡をせずに来たのは貴方でしょう?」


 白衣の男が客の対面に座った。無表情の女性に差し出されたお茶を一口飲み、単刀直入に問いかけた。


「何の用ですか?」

「進捗状況の確認だ」

「貴方がですか?」

「あの御方に命令されたんだ。それに、定期的に確認しないとオレも不安だ。お前が人形遊びにのめり込みすぎて、目的を忘れていないか、とな」

「私の目的は究極の女性を作ることなんですけどね」

「……裏切るのか、製造者?」


 客の雰囲気が変わった。猛烈な殺気を纏っている。空気が陽炎のように揺れる。

 傍に控える無感情な女性が腰を落として構えた。それを制止しながら、製造者と呼ばれた白衣の男が呑気にティーカップを傾ける。


「裏切りませんよ。貴方がたは私にとって最も重要なスポンサーなので」


 殺気を受け流されて意味がないと悟ったのか、客は舌打ちをしながら殺気を引っ込めた。


「オレには人形のどこがいいのかわからん。人間だからいいんだろう?」


 人間なんか嫌いです、と白衣の男が小さく呟き、無感情な女性を隣に座らせ、彼女の肩に腕を回す。女は何も反応しない。


「私はドラゴニア王国を滅ぼしたいという気持ちがわかりませんけどね。まあ、依頼ですからやりますけど」


 白衣の男は、女性の金髪を撫でながら、客の男に報告を始める。


「計画は順調ですよ。王国は何も気づいていません。若い貴族たちは着実に選民思想に染まっています」

「……魔法を使わない洗脳か」

「ええ。ご要望通りに。他にもいろいろと策を考えていますよ。少しずつ王国を削ってダメにする策をね」

「例えば?」

「今は……一番順調なのは何ですかね?」


 隣にいた女性に問いかけると、無感情な声で即座に答えが返ってくる。


「出来損ないによる蟲毒の応用です」

「あぁ! あれですか。観ますか?」

「観よう」


 横柄に頷いた客を連れて、別の部屋へと移動する。

 そこは、大きな空間だった。闘技場のよう。床には沢山の骨や腐った肉片が落ちており、異臭が充満していた。客の男の顔が不快に歪む。

 中央では誰かが戦っていた。一人は少女だ。ナイフを両手に持ち、敵と戦っている。透明な髪が動くたびに揺れる。

 相手は、靄を纏った黒い骨だった。不死者アンデッドモンスターである。


「何をしているんだ?」

「稽古ですよ。不死者アンデッドモンスターを喰らわせ合い、生き残ったモンスターに稽古をつけて、さらに強い不死者アンデッドモンスターと戦わせる。負の感情が蓄積されて、一体の強大なモンスターになります。蟲毒の応用です」


 ほう、と感心した声をあげる客の男。興味津々で戦いを見つめる。

 激しい戦闘が巻き起こっていた。少女は素早く動き回って黒い骨を斬りつける。骨は反応できない。しかし、着実に憎悪の感情が蓄積されている。


「ここでの成長は限界がありますからね。ある程度成長したら、王国のダンジョンにでも放り込もうと考えています。成長したら、勝手にダンジョンから出て暴れまわるでしょう」

「暴れる前に倒されてしまったらどうする?」

「それは仕方がありません。これは遊びのようなものですから。本命は別ですよ。その前に少しでも王国に打撃を与えられたらいいかなぁという程度です」


 客の男はわかっていたのだろう。問い詰めることをせず、じっと戦いを観察している。そして、戦っている少女を顎でしゃくる。


「あれはお前の人形か?」

「いえいえ。命がない人形ドールではありませんよ。ちゃんとした少女ガールです。出来損ないですけどね」


 ふむ、と頷いた客の男は、おもむろに歩いて、戦闘に割り込んだ。少女を殴って吹き飛ばし、黒い骨に好戦的な笑みを浮かべる。腕をまくり、かかってこい、と手で煽る。


「オレが稽古をつけてやろう。ありがたく思え」


 黒い骨が男に襲い掛かり、あっさりと吹き飛ばされる。男は、大声で怒鳴りながら、モンスターを死なない程度に痛めつけて蹂躙する。

 モンスターの憎悪が更に溜まっていく。赤髪の男を睨みつける。


「これは良い結果になるかもしれません」


 興味津々で戦闘を観察する白衣の男。彼の周囲には、いつの間にか大勢の人が集まっていた。全員が少女や女性。彼が作り上げた最高傑作たちだ。


「彼らの理想、そして、私の理想を叶えましょう!」

「「「 はい、創造主メイカー様 」」」


 ”少女たちガールズ”と”女性たちレイディーズ”が、抑揚のない無感情な声で、無表情のまま、機械的に一礼した。

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