第173話 暗黒の世界

 

霊薬? 何のことですかー?(棒読み)  by作者


===================================


 暗闇。光が一切ない暗黒の世界。そこに一人の男が囚われていた。ヒョロッとした獣人の男だ。恐怖と苦痛で絶叫している。痛みから解放されることはない。


「他に知っていることを話せ」

「俺は何も知らない! 全部話した。他には知らないんだよぉ~!」


 涙や鼻水や汗などをダラダラと流して、俺の問いかけに男が答える。

 今は運び屋の男から情報を聞き出している真っ最中だ。今までに依頼された品は吐いたが、依頼人に関しては知らないの一点張り。

 更に痛みを倍増させる。


「依頼人は?」

「知らねぇ! 俺は何も知らねぇ!」


 男が悲鳴を上げる。

 あまり痛みを与えすぎても答えられないので、一旦休憩だ。はぁはぁ、と男が息を荒げている。

 俺は男の周囲をグルグルと回る。わざと大きな足音を立てながら。


「教えないとまた痛くなるぞ?」

「し、知らねぇんだよぉ~!」

「何故依頼人を知らない?」

「お、俺は金さえ貰えば依頼人なんかどうでもいい! 興味はねぇ!」

「猫の獣人を欲しがっている奴も覚えてないのか?」

「わかんねぇんだよぉ~! 黒いフードを被ってて顔を隠していたからぁ~!」


 そりゃそうか。こんな男に依頼するときは用心するか。この男みたいに金さえ払えば余計な詮索はしないって奴のほうが扱いやすい。その分、裏切られやすいが。でも、情報を一切教えていないから、依頼人にはたどり着けない。


「接触するときは?」

「全部向こうからだ! こっちから連絡することはできねぇ! 引き渡しの時も向こうから来る!」


 徹底的だな。これなら囮も無理か。余程用心深いな。


「ヴァルヴォッセ帝国なのは確実なんだな?」

「そ、そうだ。連絡が来るのは帝国内だ。で、でも、俺以外にも運び屋がいるらしい」

「なら、依頼人がお前を助ける可能性はゼロだな。お前はもう用済みだ」


 やっとその可能性に男が気づいたようだ。僅かな望みをかけていたらしいが、切り捨てられると悟った男は、必死で命乞いをしてくる。


「た、助けてくれぇ~! 命だけは! 命だけはぁ~!」

「どうするかな。テイアさんを脅したりしてたからなぁ」


 俺は男を冷たく睨む。ビクッと震えた男は、強張らせながらもヘラヘラと媚を売るように笑う。


「お、俺はぁ~何でもするぞぉ~! 金さえ払ってくれれば、どんなものでも手に入れて運んでくる」

「必要ない」

「じゃ、じゃあ! 依頼人の女が言ってたことなんだが」

「女?」

「そう! 女だ! 声を変えてるかもしれないが、人形みたいに感情がない声の女だ!」

「ふむ。詳しく教えろ」


 俺が興味を持ったからか、男が少し安堵して、ペラペラとその女のことを話し始める。


「詳しくは知らねぇが、その女も頼まれたらしいぜ。依頼人は別にいる」

「そうだろうな」

「お、俺が今まで頼まれたのは人だけじゃねぇ。材料も多い。錬金術師かなんかだと思うぜぇ」

「それで他には?」

「え、えーと、他には……ちょっと待ってくれよ! 思い出すから! そ、そうだ! メイカだ! 一度、女はメイカ様って言ってたぞぉ~!」

「ほぉ! それは良い情報だ」


 錬金術師メイカねぇ。魔道具師かもしれない。本名かどうかわからないが、有益な情報だ。ただ、俺は聞いたことが無いな。帝国で活動してるのか? まあ、王国だと人身売買とか奴隷とかは犯罪だからな。合法の国が動きやすいだろう。


「俺は情報を言ったぞ。今度はアンタが約束を守る番だ」

「約束? 俺は約束した覚えはないぞ」


 情報を対価に命を助けてもらうっていう約束をしたと思い込んでいたのか? 俺は一切約束してないし、男も申し出ていない。何を言っているのだろう?

 男の顔から余裕が失われ、恐怖で顔を真っ青にする。何とかしたいが、何も思いつかないのだろう。口をパクパクさせるだけだ。


「まあいい。楽にしてやろう」

「ほ、本当かぁ~! 優しいなぁ、アンタは!」


 楽にするとは言ったが、命を助けて解放するとは言っていない。男の身体を闇が蝕んでいく。


「な、なんで!? 止めろ! 俺は全部話したぞ!」

「だからだよ」

「ま、待て! 待ってくれ! 大事な情報が! まだ言ってないことがあるからぁ~!」


 嘘だ。明らかに嘘を言っている。生き延びるために咄嗟に出まかせを言ったのだ。

 俺は闇を止めない。男の身体が侵食され、闇に溶けて消えていく。ゆっくりと消滅していくのは途轍もない恐怖だろう。

 男は泣きながら訴える。


「なんでだよ! 助けてくれよぉ~! 命だけはぁ~!」

「…………」

「あの女か! 猫のねぇちゃんが死んだからか!? だから腹いせに俺を殺すんだなぁ~!?」

「…………」

「嫌だぁ~! 死にたくねぇ! 死にたくねぇよぉ~!」


 必死に命乞いをして、絶叫した男が闇に呑みこまれて消滅した。あとには何も残らない。光さえ呑みこむ闇が蠢いているだけだ。男がいた痕跡など一切ない。

 俺はしばらくの間、男がいた場所を眺め続けた。


「さてと。情報は聞き出した。あとはファナたちと共有しておくか」


 人身売買。奴隷。ドラゴニア王国では違法だが、他国では合法だから動きにくい。父上にも報告しないとな。

 俺は、闇の世界から消え去り、光の世界へと舞い戻った。

 蠢く闇だけが残される。





===================================

本当は、今回で終わる予定でしたが、思ったよりも長くなったので、今日はここまでです。

次回、第五章の最終回『第174話 花束』です。

お楽しみに!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る