第167話 曇りのち雨
注意! 感情移入される方は気を付けてください!
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今日は朝からどんよりと曇っている。今にも雨が降りそうだ。湿気があってジメジメする。曇りや雨は嫌いではないが、気分が沈んでいるせいか、少し不快に感じる。
一夜明けて、村は悲しみの静寂が包んでいる。本当なら早朝から働きに出ているのだろうが、今日は誰も外に出ない。当然のことだろう。僅かに聞こえるのはすすり泣く声。
俺は一晩中起きていて、村の護衛をしながら、自分自身に問いかけていた。
彼らを救うためにはどうすればよかった? 何故救えなかった? いつになったらこの光景を見なくて済むようになる? 俺は何度この光景を見ればいい?
「あまり思い詰めたらダメですよ」
無意識に固く握りしめていた拳を、そっと優しくソラが握った。心配する感情が伝わってくる。ソラだけじゃない。ピュアもインピュアも
「優しいのはご主人様の長所ですが、短所でもあります。ご自分を責めないでください」
「そうじゃ、
「……そうだな」
何度彼女たちに助けられただろうか? 支えられ、励まされ、導かれ、そして、どうしようもないときは優しく抱きしめてくれる、俺の愛しい使い魔たち。
ウジウジしている場合じゃないよな。
「……ありがとう」
なんか照れくさくて、彼女たちに背を向けて小さく呟いたけど、ちゃんと聞こえていたみたいだった。クスっと笑う気配がした。
恥ずかしい! あぁ~顔が熱い! 仮面で顔を隠しているけど、絶対に赤くなっていることがバレている気がする!
よ、よぉ~し。今から出来ることをしようかなぁ~。
俺たちは炊き出しの準備をしたり、見回りをしたり、出来る限りのことをし始めた。しかし、村人たちは無気力で泣き崩れるだけ。炊き出しを受け取りに来たのは、僅かに生き残った数人の老人たちととても小さな子供たちだけだった。
そして数時間後、俺たちは捕らえた盗賊たちを連れて村を去ることになった。俺たちは出来る限りのサポートはした。何から何まで支えることはできない。あとは彼ら次第だ。
見送りに来たのは老人たちと、泣きすぎて目が真っ赤な大人が数人。
「この度はありがとうございました」
経験豊富な老人たちが頭を下げてお礼を言ってくれる。
全員を救えなくて申し訳ない、という気持ちが沸々と湧き上がってくる。
気を失っている盗賊たちを荷車に乗せ、村から立ち去ろうとした時、ヨロヨロと俺たちの前に立ち塞がる女性がいた。
「……ちょっと待って」
女は虚ろな表情で涙を流しながら俺たち睨んでいた。
「なんでもっと早く来てくれなかったの?」
「………」
「なんで? なんで!? もっと早く来てくれたら、私は、娘も……襲われることもなかったのに!」
女性の慟哭が俺の心に突き刺さる。彼女は悲しみや怒りや恐怖や絶望などの感情で心がぐちゃぐちゃな状態なのだ。理不尽な怒りを向けられることは予想していたが、やはりちょっときついな。
虚ろな瞳は微かな狂気を孕んでいる。
「あはは……夫は死んだ……私の娘は目の前で犯されて昨夜舌を噛みきって自殺した……私も盗賊たちに散々甚振られた……どうして? どうして私たちをもっと早く助けてくれなかったの? ねえ? どうしてよ!」
「………」
「私の気持ちがわかる? 必死で守ろうとしてくれた愛しい夫が、目の前で殺される悲しみが! 愛する娘が泣き叫びながら男たちに犯されているのに、何もできない無力感と悔しさと怒りが! そして、自分が襲われているときの恐怖と絶望が! アンタたちにわかる!? わからないでしょうね!」
「………」
「どうして……どうしてもっと早く来てくれなかったの……」
悲痛な叫びが心を抉る。深く深く抉られる。
何も答えられない俺の頭の中に、使い魔たちの声が響き渡った。
『何という言い草。ムカつく。私たちは神でも何でもないのよ! シラン、こんな奴の言うことは無視しなさい』
『殺していい? 八つ裂きにしていい?』
『私も噛み殺したい気分です』
『呪い殺すー!』
『主様よ。耳を貸すでないぞ。主様が気にする必要はない』
『ご主人様。大丈夫ですか?』
彼女たちの怒りや心配の声で、俺は冷静になった。
俺は大丈夫。こういうことは何度もあった。予想もしていた。大丈夫だ。
極限状態の人は、自分の心を守るために、別の場所に感情の矛先を向ける。人の心の防衛機能だ。
これで彼女が救われるのなら、どんな言葉も甘んじて受けよう。
女性は、何も言わない俺たちに向かって、虚ろな笑みを浮かべた。
「……お前たちも苦しめ」
それが女性の最期の言葉だった。自分たちの苦しみを俺たちにわからせるため、彼女が取った行動は、目の前で自らの死を選ぶことだった。
気付いた時にはもう遅かった。止める間もなく、女性は隠し持っていた包丁を自分の喉元に向けて地面に倒れ込んだ。包丁が喉に突き刺さり、痙攣した女性は、それっきり二度と動かなくなった。地面に血が広がっていく。
あぁ……助けられなかった……。
彼女が取った行動は、俺の心に一生消えない苦しみを植え付けていった。
憎悪と絶望の最期の言葉が耳から離れない。忘れられない。
それから、女性の遺体を村人に引き渡し、俺たちは村を離れたのだと思う。俺の記憶はぼんやりとおぼろげだ。あまり覚えていない。
気付いたら、どんよりと曇っていた空を見上げていた。
「……やっぱり、ちょっときついな」
ポツポツと降り出した雨が、俺の身体を濡らし始めた。
▼▼▼
本格的に雨が降り始めた。
俺たちは村から少し離れた森の中で立ち止まっていた。
無言で見守る使い魔たちの視線を感じながら、俺は乱暴に気絶した盗賊たちを地面に放り投げていく。そして、意識を目覚めさせた。
盗賊たちが目を擦りながら体を起こし始めた。キョロキョロと辺りを見渡し、俺たちに気づく。
「なんだぁ? ここはどこだぁ?」
「村じゃねぇなぁ。森の中か。俺たちを解放してくれんのか?」
「げへへ! 優しいじゃねぇかよぉ」
「黙れ」
俺は虚空から取り出した剣で、一番近くにいた男の腕を斬り飛ばした。痛みの絶叫が響き渡るが、結界を張っているため、もし近くに誰かが居ても聞こえないだろう。
お前たちを解放する? まさか。
剣を振って血を飛ばす。男たちは顔を青くして一目散に逃げ出そうとするが、魔力で身体を拘束する。
「殺人、強姦、略奪……どうせお前たちは死刑だ」
「ぼ、僕は何もしてない!」
「何を言っている? お前も仲間だろうが」
村人だった若い男。でも、盗賊を手引きし、村の女性を陵辱していた。脅された場合は情状酌量の余地があるが、お前は嬉々として女性を襲っていた。盗賊の仲間だ。
「僕は村長の息子だぞ! 次期村長なんだ!」
「お前はただの盗賊だ」
殺気を込めながら睨み、剣を喉元に突き付けると、若い男は黙り込んだ。恐怖でガタガタと震えている。
盗賊の一人が片手をあげた。
「ま、待て! 俺と取引しようぜ!」
「拒否する」
取引きを持ちかけた男の片手を切り捨てる。血を流してのたうち回るが、興味はない。無感情に眺める。
「お、俺たちを捕らえた後に殺すと、お前も罪に問われるだろ!?」
「そうだそうだ! お前も犯罪者だ」
「それがどうした?」
冷たい声で告げながら、俺は仮面を取った。
犯罪者? 今更だな。俺はもう既に血で汚れている。俺が選んだ道だ。
俺の素顔を見た盗賊たちは愕然とする。震えながら、一人が俺を指さす。
「その顔は……シラン・ドラゴニアだと! 夜遊び王子が、第三王子がどうして……!?」
「俺の顔を知っていたか。なら、話は早いな。王子である俺がお前たちを断罪する」
絶望する男たちに向かって、剣を振り上げながら、ずっと堪えていた感情を表に出す。感情を込めた膨大な魔力が男たちに降りかかった。
「俺はお前たちを許さない。苦しんで死ぬがいい」
俺は剣を振り下ろした。男たちの絶叫が響き渡る。
強い雨が血を洗い流していく。
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この章の暗いシーンはこれで最後です。
この作品を書き始めた当初は、こんなシーンがよくあるダークファンタジーを目指していました。
でも、無理でした。書くのも辛いです…。
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