第165話 盗賊

 

<注意!>

タイトルからも何となくお分かりになると思いますが、今回は残虐、暴力、陵辱描写が含まれます。

なるべく表現は抑えましたが。


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 夕暮れ。景色がビュンビュンと過ぎ去っていく。

 そろそろ目的地の村につきそうだ。飛ぶように、あるいは滑るように走っていた俺たちは、少し速度を落とす。

 遠くに村が見えてきた。煙が立ち昇っている。夕食の支度……いや、何かがおかしい。夕食の支度ならこんなに濃い煙にはならない。


「ご主人様。燃える匂いです」

「これは建物と生き物……人が焼ける匂い」

「急ぐぞ!」


 俺たちはスピードをあげた。村はモンスターに襲われないように木で作られた簡単な外壁に覆われていた。当然、出入りのための門がある。そこから村の様子が僅かに見えたが、焼け落ちた建物や倒れ伏す人の姿がある。

 門の両サイドには門番の男が二人立っていた。髪はボサボサ、髭ぼうぼう。服は汚れて、片手には酒瓶、反対の手には幅が広い刃物が握られていた。

 男たちが俺たちに気づく。


「おうおう! 部外者は立ち去りな!」

「死にたくなかったらな。おぉ? もしかして、そいつらは女か? 女なら入っていいぜ。たっぷりもてなしてやるからよぉ~」


 ケヒャヒャ、と厭らしい笑いをあげる男たち。明らかに村人には見えない。よく見れば、男たちの服にどす黒いシミがある。そして、隠しきれない血の匂い。


「盗賊ですか」

「あぁん? 俺たちが盗賊ぅ~? 馬鹿を言うんじゃねぇ。オレたちはこの村の者だぜ」

「そうそう。この村はもうオレたちのものだ! 女を引き渡してさっさと帰れ! 死にたくなかったらな。どうする? 格好つけた冒険者さんよぉ。オレたちは強いぜぇ~」

「盗賊なら遠慮はいりませんね。退け」


 腕を振るって風圧だけで男二人を吹き飛ばす。男たちは半分燃えて倒壊した家屋に衝突して見えなくなった。崩れて土煙が上がる。上から瓦礫が降ってきて押しつぶされただろう。

 村の中に入ると、惨状が目に入った。至る所に死体が横たわっている。ほとんどが男性だ。そして、老人。あまり見たくないが、拷問の跡がある。燃やされた跡もある。

 今の衝撃と音で気づかれたようだ。村の一番大きい建物や、周囲の建物から数人の男たちが出てきた。全員村人には見えない。手には血の付いた武器を持っている。


「邪魔」


 俺たちは男たちを吹き飛ばした。生死はどうでもいい。どうせ盗賊は死刑だ。それよりも、村人の安否が重要だ。

 男たちが一番多く出てきた村の集会場のような大きな建物に突入した。

 そこには、悲惨な光景が広がっていた。

 血を流して亡くなっている人、陵辱されている人、拷問されている人、縛られて涙を流すしかない人。

 響き渡るのは、すすり泣く声、絶望の呻き声、恐怖と痛みの悲鳴、そして、それを楽しむ歓喜の声。

 視界が真っ赤に染まった。血が沸騰する。怒りに支配される。考えるよりも身体が先に動いた。


「止めろぉぉおおおおおおおおお!」


 女性に覆いかぶさっていた男たちに一瞬で近づき、投げ飛ばし、殴り飛ばし、蹴り飛ばす。男たちは建物の壁を突き破って飛んで行った。

 他の男たちもソラ達が吹き飛ばしたらしい。建物内にいた盗賊たちは全て倒された。

 虚空からシーツやタオルなどを取り出し、女性たちに投げ渡していく。男の俺が安易に近づかないほうがいいだろう。


『インピュア』

『なによ』


 インピュアに念話を繋げると、冷静で静かな声が返ってきた。でも、逆にそれが彼女の怒りを表している。この状況を許せないのだろう。


『ここは任せる。回復や避妊を頼む。俺は盗賊たちを倒して、他の怪我人を連れてくる』

『わかったわ。任せなさい』


 頼もしいな。俺は、この場をインピュアに任せて、残りのメンバーと共に建物を出た。素早く気配を察知して、他の盗賊たちを倒し、怪我人を救出する。

 盗賊たちは略奪していたり、酒を飲んだり、寝ていたり、女性を陵辱していたりしていた。

 村を襲ったのは全員で30人ほどみたいだった。何人かは死んだようだが、ほとんどは生きて捕らえた。

 怪我人や捕らえた盗賊の見張りは女性陣に任せ、俺は遺体を集めることにする。

 抵抗しただろう男性や老人。小さな子供までいる。虚空から取り出した棺桶に一人一人丁寧に横たえていく。

 心が痛い。辛い。助けられなくてごめん……。


主様リーダーよ。終わったかの?」


 全て終えた俺は盗賊たちの元へ向かい、見張っていた神楽が声をかけてきた。俺は声には出さず、頷くだけで答える。

 意識を失っている男たちを、堪えきれない怒りと殺意を込めて睨む。


「周囲には強い魔物はおらぬ。巣も出来ておらぬ。行方不明者の原因はおそらくコヤツらじゃろう」

「……もう少し早く着くことが出来れば」

「無駄じゃよ。村が襲われたのは昨夜のことらしい。わらわたちにはどうすることも出来んかった」


 全ての人を助けることはできない。それはわかってる。理解はしている。でも、受け入れることはできない。

 もし昨日冒険者ギルドに行けば……もし盗賊たちの襲撃が一日遅ければ……と、IFを考えてしまう。でも、俺にはどうすることもできない。もう起きてしまったことは変えられない。時間移動はできないのだ。

 俺は脚を上げた。


「どうするつもりじゃ?」

「こいつらのアジトを聞き出す」


 男の一人を蹴りつけた。痛みで意識が覚醒する。呻きながら目を開けた。


「いってぇ……ぐぅっ!?」

「アジトはどこだ? 俺は機嫌が悪い。さっさと言った方が身のためだ」


 男の鳩尾をグリグリと踏み、強烈な殺気と魔力をぶつける。あまり使わない剣を取り出して、男の喉元に突き付ける。すこし加減を間違えて僅かに突き刺してまった。

 恐怖で男は顔を真っ青にした。


「ぼ、僕は知らない! 僕は何も知らない!」

「あ゛ぁ?」

「んっ? コヤツ、この村の者か?」


 よく見ると、裸の男は清潔そうだった。農家特有の働き者の手。若い男は神楽の言葉に、ブルブルと震えながら首を縦に振った。

 俺は男を踏みつけたまま、剣を喉から鼻先に突き付ける。


「お前、盗賊に寝返ったか」

「ち、違う! ぼ、僕はあいつらに脅されたんだ!」

「それにしては楽しそうに女性を陵辱していたな?」

「っ!?」

「こここ。正直に述べよ」


 ぶわっと甘い香りが充満する。神楽の魅了だ。とろ~ん、と男の瞳が虚ろになる。感情が抜け落ちた声で、男が淡々と述べた。


「アジトは知らない。村を差し出せば、ユンをくれるって約束してくれた。盗賊たちは約束を守って僕にユンを……」

「もういい。それ以上聞きたくない」


 俺は盗賊に組した男の意識を奪った。盗賊に寝返るやつは少なからずいる。寝返った時点で盗賊の仲間だ。この男にも相応の罰を与えてやる。

 別の男を起こし、アジトの場所を聞き出す。軽く威圧すればあっさりと場所を吐いてくれた。用済みになった男はまた気絶させる。


主様あるじさまよ。一人で行くつもりか?」

「そのほうが早い」

「無理はするでないぞ」

「わかっている」


 盗賊たちの見張りは神楽に任せ、俺は一人、アジトに向かった。

 そして、壊滅させた。




▼▼▼



 夕暮れ。丁度日が沈んだところだ。徐々に空が暗くなっていく。

 小さな猫の獣人の女の子が、母親に抱きついた。


「ママ!」

「こらこらセレネ。危ないでしょ」

「うきゃー!」


 母親のテイアに飛びついた罰としてくすぐられたセレネは、楽しそうな声を上げて身をよじる。そのまま二人は手を繋いだ。


「ママ!」

「なぁに?」

「ママのお友達があそこにいりゅよ! お菓子くれりゅって言ってた! もらってもいい?」

「ママのお友達?」


 セレネが走ってきた方向を向くと、男が二人、ニヤニヤと笑顔を浮かべて立っていた。ヒョロッとした獣人と巨漢の獣人がテイアの視線に気づき、片手をあげる。


「あ、あなたたちは……」


 テイアの日長石サンストーンの目が見開かれた。彼らは『運び屋』と名乗った男たちだ。


「よう、ねぇちゃん! また逢ったな。そいつが娘か。可愛いな」

「食べちゃいたい、くらい、可愛い。お菓子、いる?」

「帰ってください!」

「いいぜ。帰るさ。家もわかったしな」

「オデたち、帰る。セレネちゃん、バイバイ」


 やけにあっさりと、男たちはテイアの言葉に従う。テイアが僅かにホッとした束の間、次の男の言葉によって絶望の淵に叩き落とされる。


「じゃあな、猫のねぇちゃん。明日も娘と一緒に居られたらいいな」


 まるで、明日には一緒にいられないかのような言い方だ。男たちはニヤニヤした笑みを浮かべて、どこかに歩き去る。

 その背中を、テイアは顔を真っ青にして見送っていた。目は見開き、恐怖している。自分の言い聞かせるように、無意識にブツブツと呟く。


「ま、まさか…!? セレネだけは……セレネだけは……どうにかしないと!」

「ママ? 大丈夫?」

「だ、大丈夫よ、セレネ。貴女だけは守ってみせる」


 娘を優しく抱きしめるテイアの顔には、何かを覚悟した決意の表情が浮かんでいる。


「大丈夫よ。ママが何とかするから…!」





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お読みいただきありがとうございました。

ちょっと気分が沈んだ方は、他作品のほのぼのラブコメでもお読みください。


『葉桜琴乃には彼氏がいる。』 現時点で2話です。(2020/5/3)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054896219312


『汚隣の後輩ちゃん』 現時点で312話です。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890289117

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