第164話 依頼

 

「あぁー! 《パンドラ》の皆さん! 良いところに来てくれました! ささっ! 奥へどうぞ!」


 冒険者ギルドの人気受付嬢、フェンリルの獣人のシャルが、俺たちがギルドに入るなり、即座に奥へと案内する。Sランクだといろいろと優遇措置があるのだ。喧嘩っ早い冒険者たちがSランクに喧嘩を売らないための防御措置でもあるが。

 奥の部屋に入るなり、日蝕狼スコル月蝕狼ハティがシャルの両サイドに座る。


「ひぃ~! やっぱり私の隣なんですねぇ……」


 くぅ~ん、と体を小さくさせ耳と尻尾を垂れさせているシャルを、日蝕狼スコル月蝕狼ハティが優しく撫でる。シャルはビクビクしている。

 二人はシャルがお気に入りなのだ。


「いい子いい子…」

「可愛いですね」

「うぅ…本能がぁ~」


 獣人の獣としての本能が、日蝕狼スコル月蝕狼ハティ、それから鉄扇で優雅に扇いでいる神楽カグラを恐れているらしい。三人とも力の限界を超えたユニーク種に到達しているからな。獣人じゃなくて獣そのものだし。


「私、フェンリルの獣人なのにぃ~」

「こここ。つようなれ、犬っころの女子おなごよ。まだまだ鍛錬が足りぬよ」

「はいですぅ~。頑張りますぅ~」


 日蝕狼スコル月蝕狼ハティがナデナデし、シャルは更に身体を小さくする。

 なんか見ていて不憫だ。そして、親近感が湧く。

 そろそろ助けてあげますか。本題に入ろう。


「緊急の依頼でもあるのですか?」


 《パンドラ》としての口調で問いかけると、ハッと我に返って狼耳と尻尾をピーンと立て、受付嬢の顔になったシャルが説明してくれる。


「そうなんですよ! よくぞ聞いてくれました! 本部のほうから高ランク冒険者への依頼が来たところだったのです!」

「厄介なモンスターですか?」

「いえいえ。調査依頼です。ちょっと地図を持ってきますね」


 日蝕狼スコル月蝕狼ハティから解放されたシャルは、一旦地図を取りに行き、すぐに戻ってきた。簡易な地図だ。テーブルに広げる。


「今回の調査依頼なのですが、ライアの街の更に遠くの小さな村からです。場所はこの辺り。行方不明者が多数いるそうです」

「モンスターかどうかわからないと?」

「はい」


 こういう調査依頼の場合は、高ランク冒険者に依頼されることが多い。高ランク冒険者のほうが経験があって詳しく調べられるし、低ランク冒険者なら死んでしまうことが多いからだ。

 モンスターが大量発生していたり、強い魔物が発生している場合もある。大抵は弱い魔物や盗賊だったりするが。


「ライアの街から派遣したほうが早くないですか?」

「そうなんですけどね。ライアの街はその……アレですから」


 シャルが言いにくそうに言葉を濁して視線を逸らす。

 ライアの街。別名賭博の街。嘘と酒と金と色欲にまみれた欲望の街だ。

 冒険者たちは遊ぶためにライアの街に行く。依頼なんかしないだろう。酒などに酔っぱらって、そもそも依頼が出来ないのかもしれない。


「依頼内容は、行方不明の原因を探ること、でいいのですか?」

「はい。報酬は100万イェン。情報次第で報酬が追加されます。原因を究明し、解決したら更に追加されます」


 Sランク冒険者に依頼するなら妥当な額か。この金額は村からは出せない。ほぼギルドからか。


「期限は?」

「なるべく早くお願いします。もしモンスターの仕業だったら、もっと被害が大きくなってしまうので」


 そうだろうな。急いだほうがいいよな。

 普段なら馬車で何日もかかる距離だが、俺たちなら数時間で行ける。今日明日は急ぐ予定もない。この依頼を受けても問題ないだろう。


「私は受けてもいいと思うのですが、皆さんはどう思われますか?」


 パーティメンバーを見渡すと、全員が了承するように頷いた。ソラが代表して口を開く。


ご主人様リーダーにお任せします」

「そうですか。では、シャルさん。この依頼を受けたいと思います」

「ありがとうございます! では、手続きをしてきますね~」


 狼耳をピコピコさせ、尻尾をフリフリしながら、シャルは一旦部屋の外に出て行った。

 獣人族は機嫌がわかりやすい。無意識に耳や尻尾に出てしまうらしい。

 手続きが終わって戻ってきたシャルにお見送りされて、俺たちはギルドを後にする。


「お気を付けて~」


 いつでも緊急依頼を受けられるように準備はしてある。だから、そのまま依頼元の村に向かうことにする。王都の外に出て、方角を確認する。ふむふむ。あっちか。


「どうやって移動する? お願いされたら乗せてあげなくもないけど」


 インピュアがチラッチラッと期待の眼差しを向けながら言った。流石インピュアさん。今日もツンデレ全開だ! とても可愛い。

 そこから始まる勧誘合戦。珍しいことに神楽やソラまで名乗りを上げている。そんなに俺を乗せて移動したいのか。


「ちょっと待ってください! 今日は皆で行きましょう! 今度二人きりで散歩しますから」


 ヒートアップしていた女性陣の言い争いがピタッと止まった。全員口元が緩んでいる。二人きりの散歩デートがとても楽しみらしい。

 やけにあっさりと静かになったけど、もしかして皆こうなることを予想して、結託していたりは……流石にないよね!

 今回の目的地は、ライアの街のその先の村だ。転移を使わずみんなで走るなら数時間はかかるだろう。着く頃は夕方か。今日は泊まりかなぁ。


「皆さん。出発しますよ」


 女性陣が頷く。そして、俺たちは、一斉にその場から掻き消え、超高速で移動を開始した。

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