第163話 苛む

 

 沢山の人から心配され、ジャスミンとリリアーネに癒されること数日。やっと問題なしと判断された。

 二人に癒された時点でほぼ回復していたんだが、数日間は様子見ということになった。心配性な二人だ。いや、婚約者が心身ともに疲弊していたら心配するのも当然か。

 今日は少し不安そうなリリアーネに見送られて、俺はSランク冒険者パーティ《パンドラ》として行動することにする。偶には冒険者ギルドに顔を出さなければならないのだ。街を歩くだけで犯罪の抑止力にもなるし。

 メンバーのソラ、ピュア、インピュア、日蝕狼スコル月蝕狼ハティ神楽カグラの六人と《パンドラ》の衣装である白服と仮面をつけてギルドに向かう。

 普段夜遊び王子として行動しているときとは全く逆の視線、尊敬や羨望の的になる。夜遊び王子の視線になれているからちょっと居心地が悪い。

 王都の西門支部の冒険ギルドに向かう途中、日蝕狼スコル月蝕狼ハティが足を止めた。狼耳をピクピクさせている。何か聞こえたらしい。


「こっちです」

「来て」


 訳が分からないけど、取り敢えず二人の後に従うことにする。

 魔法で聴覚を強化した。彼女たちには敵わないが、ある程度は聞き取れるだろう。

 何やら男たちと聞き覚えのある女性の声が遠くから聞こえてきた。言い争いになっているらしい。


『おうおう! 猫の獣人のねぇちゃんよぉ~。借金あるんじゃね? そんなガリガリで貧しかったらよぉ~』

『オデたち、力になる。お金持ち、お前に、金払う』

『必要ありません! 自分で何とかしますから!』

『猫の獣人が欲しいって依頼人がいるんだよぉ~。そいつのところに行くだけで、大金が貰えるぞぉ~。相手は金持ちらしいからな。もっと楽な暮らしができるかもなぁ~』

『働くことに、なるでども』

『絶対に行きません!』

『別にアンタじゃなくてもいいんだ。例えば、猫の獣人の幼女、だったりなぁ』

『確か、オマエ、娘いる』

『娘には手を出さないでください!』


 どうやら男たちは女性を脅しているらしい。彼らはこの先の人通りが少ない路地にいる。急がなくては!


『あなたたちはあの金融から頼まれた人たちなのですか!?』

『金融? 違う違う。俺たちは『運び屋』。依頼人に商品を運ぶのが俺たちの仕事』

『オデたち、借金取りにも、頼まれること、あるでども』

『アンタはやせ細っても綺麗だからな。健康体だったらどれほどだろうか? 依頼人は喜ぶぞ。娘も将来綺麗になりそうだったな』

『ぐぅっ!?』


 見つけた! ヒョロッとした獣人の男が女性の顎の下から持ち上げるように握り、壁に押し付けている。傍にはダボダボした服を着た獣人の巨漢もいる。

 んっ? あの女性はテイアさんじゃないか!


「その女性から手を離しなさい」


 俺は《パンドラ》として敬語口調で男たちに警告した。日蝕狼スコル月蝕狼ハティも殺気を漂わせている。

 男たちは大人しくテイアさんから手を離し、距離を取った。テイアさんはズルズルと地面に座り込む。


「まさか《パンドラ》かぁ~? 俺たちはただ借金返済の相談をしていただけだ」

「オデたち、悪いこと、してない」

「脅しているように聞こえましたが?」

「何のことだ? じゃあ、俺たちは消えるんで。猫の獣人の美人なねぇちゃん。俺たちの話に興味があったら、リタボック金融に来るんだな」

「オデたち、そこにいる」

「何故そこに…やっぱり…!」

「じゃあな! 娘との僅かな時間を楽しめよぉ~」

「娘には近づかないでください!」


 テイアさんの叫び声が路地に反響する。男たちは俺たちに背を向けて、じゃあな、と片手を何度か振って歩き去った。

 残されたのは俺たち《パンドラ》と、軽く咳き込むテイアさんだけ。

 微かに混じるのは血の匂い。テイアさんは怪我でもしたか?


「大丈夫ですか?」

「……ええ。大丈夫です。ありがとうございました」

「何か私たちに出来ることは…」

「お気持ちだけで十分です。すみません、私は娘のところに戻らなければならないので失礼します」


 テイアさんはヨロヨロと歩き出す。

 弱々しい後姿に声をかけようと思わず手を伸ばすが、途中で止めて手を下ろす。

 何か困っているのなら助けたい。でも、テイアさんはきっとそれを拒むだろう。見ず知らずの人に施しを受けるような性格ではない。


「追いかけないのですか?」

日蝕狼スコル。今の俺に何ができる? 何かをしようとしても、テイアさんは全部拒絶するぞ」

「それは…」

「でも、多少強引なことはしたほうがいいと思うよ~。彼女、ご主人様に似てるし」

「どこが似てるんだ、月蝕狼ハティ?」

「んぅ~と、自分一人で抱え込んで、大切な人を守るためなら自己犠牲をいとわないところ?」

「なるほどのぉ~。しかし、少し違うぞ、月蝕狼ハティよ。『自己犠牲を厭わない』ではなく『自己犠牲しかしない』ではないかの? 主様あるじさまは特に」

「「「「「 確かに! 」」」」」


 確かにって。神楽の言葉に他の女性陣が皆、うんうん、と頷いているんですけど。自己犠牲しかしないってどういうことなんだ? 俺ってそこまで酷い? 結構我儘し放題なんだけどなぁ。


「テイアさんのことはファナかハイドに探ってもらうことにして、俺たちは……えーコホン! 私たちは冒険者ギルドに向かいますよ」


 俺は口調と一人称を《パンドラ》のものに戻し、ギルドに向かって歩き出す。女性陣も後ろをついて来る。

 全ての人を助けることはできない。それはずっと昔に悟ったことだ。

 でも、ギルドに向かう俺は、これで本当にいいのか、何か方法があるんじゃないか、どうにかして助けられないのか、とずっと悩んで、何もせず、何もできず、若干諦めている自分の心に嫌気と怒りが湧き上がるのだった。

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