第156話 ユニークな親子

 

 オフの冒険者風の姿になったリリアーネと王都の街を歩いている。

 認識を阻害しているのに、抑えられないリリアーネの美しさがまき散らされている。

 老若男女がボーっと固まる美しさから、男たちが二度見するくらいの美しさにダウンしていると言えばわかりやすいか。

 楽しそうな笑顔のリリアーネと腕を組み、手を繋いでお店を回る。

 最上位貴族である公爵家のご令嬢が、お店の数百イェンの小物に歓声を上げる。見ていて楽しい。


「はぁ…可愛いです。あぁ…あれもいい。これも可愛いです」


 残念ながら、沢山は買えません。本当に必要なものだけ選んでください。じゃないと浪費癖がついてしまうから。

 ちゃんとわかっているリリアーネは、うぅ~んと悩みに悩んで、一つの小物入れを選んだ。

 お金を払って、また歩き出す。リリアーネはホクホク笑顔だ。


「平民の皆さんが羨ましいです。貴族よりもオシャレです!」

「平民は逆のことを思ってるだろうな」

「でも、貴族は豪華で気品で高価な物が多いじゃないですか。それに対して、平民の皆さんの物は可愛いものが多いです。デザインが全然違います」


 それはわかる。自由な発想の物が多いから面白い。

 最近は、リリアーネやジャスミンも、家の中の服装は貴族令嬢に相応しくないラフな格好が多いし、つけているアクセサリーも平民用の安いものが多い。貴族用は肩が凝るらしい。

 どっぷりと染まってしまいましたなぁ。


「今度はあそこに行きましょう!」


 リリアーネが指さした先は、猫の獣人が営む露店だった。店主に似た小さな子猫の獣人もいる。

 あれっ? 場所は違うけど、アルスと一緒に来た親子のお店じゃないか。今日はアクセサリーや小物じゃなくて絵を売っている。綺麗な花の絵だ。


「あっ! にぃにぃ!」


 一番最初に気づいたのはセレネちゃんだった。月のような瞳の幼女がむぎゅっと足に抱きついてきた。頭を撫でると喉を鳴らして顔をスリスリと擦り付けてくる。


「いらっしゃいませ。こら、セレネ!」


 太陽のような瞳で母親が叱りつける。前回見た時も痩せていたが、もっと痩せてないか? 顔色も悪いし。

 叱られたセレネちゃんは渋々離れて、シュンと小さくなった。


「申し訳ございません…あら? 貴方は…」


 前回来た俺に母親も気づいたようだ。チラッとリリアーネを見て、前回と違う女性だったのに気づいただろうが、何も言わずニコッと微笑んだ。


日長石サンストーン月長石ムーンストーン…」

「リリアーネ? どうした?」

「い、いえ。何でもありません。絵を売っているんですね。とても綺麗です」


 何やら呟いていた気がしたけど、リリアーネは我に返って並べられている絵を眺めはじめた。

 鉛筆や色鉛筆で描かれた絵だが、とてもよく描けている。それなりの道具を使えばもっと綺麗になるだろう。部屋に飾るにはちょうどいいかもしれない。


「これは貴女が?」

「色だけは。この子が鉛筆で描いたものに手を加えただけです」

「えっ? セレネちゃんが?」


 母親に頭を撫でられて、気持ちよさそうに猫耳をピコピコ動かしている幼女が絵を描いたというのか!? なんという才能…。


「普段作るアクセサリーや小物のデザインも全てこの子が描いてくれるんです。今日は製作が間に合いませんでしたけど」


 ということは、アルスに買ってあげた百合水仙のネックレスのデザインもセレネちゃんが…。天才だな。

 そして、デザインを基に手作りするこの女性もすごいな。手先が器用なのか。


「にぃにぃ! だっこして!」


 両手を広げてニパァと微笑まれたら断れない。孤児院で培った抱っこテクニックを披露するときが来たようだ。叱ろうとする母親を制止して、セレネちゃんを抱っこする。

 セレネちゃんは気持ちよさそうに首筋にスリスリしてくる。まるで子猫だ。ピコピコ動く猫耳が少しくすぐったい。


「本当に申し訳ございません。ウチの娘が…」

「いえいえ。大丈夫ですよ」

「にゃぅ~」

「シラン様が羨ましいです」


 気持ちよさそうに喉を鳴らすセレネちゃん。羨ましそうに、うぅ~、と唸り声を上げて見つめているリリアーネ。どちらも可愛い。

 リリアーネは数枚気に入った絵があったようだ。手に取って、無言のおねだりをしてくる。認識阻害メガネの奥の蒼玉サファイアの瞳が潤んでいる。

 くっ! 俺はその瞳に弱いんだ。


「………買います」

「ありがとうございます! この四枚をお願いします!」

「こちらの四枚で2000イェンになります」


 2000イェンか。随分と安いな。一枚当たり500イェン。そこら辺の下手な絵描きに似顔絵を描いてもらうだけで1500イェンはするのに。

 お金を支払うと、リリアーネは嬉しそうに微笑んだ。そして両手を伸ばす。

 えっ? 何その両手は? リリアーネも抱っこしてほしいのか?


「私にもセレネちゃんを抱っこさせてください」


 あぁ…そういうことですか。抱っこしたかったのね。

 リリアーネお姉さんのほうに行っておいで~。

 少しぎこちないけど、セレネちゃんを抱っこするリリアーネは穏やかに微笑んでいる。将来は良い母親になりそうだ。


「セレネちゃんは何歳なんですか?」

「んぅ~。5しゃい!」

「あぁ~可愛いですぅ~」


 リリアーネお姉さんはノックアウトされてしまったようだ。頬ずりしている。セレネちゃんも嬉しそうにはしゃいでいる。

 満足したリリアーネはセレネちゃんを母親に返した。


「絶対にまた来ますね! セレネちゃんバイバイ」

「バイバイねぇねぇ! にぃにぃも!」

「またな!」

「本日はありがとうございました」


 頭を下げる女性と、笑顔で手を振るセレネちゃんに挨拶をして、名残惜しいが俺たちはデートに戻る。リリアーネは何度も振り返った。


「あぁ…可愛かったです。猫耳がピコピコと…尻尾もユラユラと…」


 思い出してリリアーネがうっとりとしている。確かに可愛すぎた。

 突如、俺の頭と左肩が重くなった。使い魔の誰かが顕現したらしい。目だけで視線を向けると、金色の体毛が見えた。


「肩は日蝕狼スコルで頭の上は月蝕狼ハティか? どうした?」


 仔狼姿の日蝕狼スコルは行儀よく肩にお座りし、月蝕狼ハティは頭の上でぐて~っと寝そべっている。


『あの親子、やはりユニーク種です』

『ですぅ………ぐぅ…』

「はぁっ!? ユニーク種!? って、おい月蝕狼ハティ。寝るなら戻れ。頭が重い」

『嫌ぁ…ねむねむ…』

「シラン様? ユニーク種とは?」


 どうやらリリアーネにも言葉を伝えていたらしい。不思議そうに首をかしげている。


「例えば、狼・犬系の魔物の最上位種はフェンリルで、獅子・猫系は黒獅子ライオネルと言われているよな?」

「はい」

「それよりも高位の存在がいるんだ。例えばこの二人と神楽とか。この世に一体しか存在しない魔物だ。それをユニーク個体とかユニーク種って呼んでいる。フェンリルや黒獅子ライオネルよりも更に進化した強い存在だと思えばいい」

「なるほど」

「限界を超えて進化することでユニーク種になる。獣人もだ。でも、極々稀に生まれながらのユニーク種がいる」

「そのユニーク種の獣人があの親子だと?」

「この二人が言うにはな」


 私たちを疑うのか、と日蝕狼スコル月蝕狼ハティが小さなぷにぷにの肉球で頬や額をペチペチと叩いてくる。尻尾でもパタパタと叩かれる。


『彼女たちのことを少し気にかけてあげてください。二人は力に気づいていないようです。弱すぎます。彼女たちを失うのはあまりに勿体ない。いざとなれば…』

『ご主人様が守って食べちゃえばいいよ……パクっと…性的に…。獣人は強い人に従うからね……ねむねむ』

「おいコラ!」


 捕まえようとしたが、それを察知した二人はすぐさま顕現を解除した。

 ちっ! 逃げ足の速い奴らめ。俺を性欲魔人のように言わないで欲しい。性欲は強いですけど。

 あとで絶対にお仕置きするからな!

 何やら真剣な表情で悩んでいるリリアーネの横で、俺は固く決心するのだった。










「はぁ…ジャスミンさんに相談ですね」


 何かを察したリリアーネは、諦めのため息をつき、シランに聞こえないように小さく呟いた。

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