第157話 国境警備

 

 ジャスミンやリリアーネとのデートから数日、その間にもいろいろあった。手作り料理を振るまってくれたりだとか、エプロン姿とか、エプロン姿とか。

 ノリノリで見せびらかすリリアーネ。頬を朱に染めて恥ずかしがるジャスミン。

 とても可愛くて美味しかったです。ごちそうさまでした。また食べたいです。

 も、もちろん美味しく食べたのは料理だぞ。他意はない。


「でも、性的にも食べたのでしょう?」

「そりゃもちろん…ってファナ!? 何故考えていることがわかったんだ!?」


 深紅のドレスを着た金髪美女が、はぁ、と呆れたため息をつきながら、ビシッと俺の顔を指さす。血のように赤いマニキュアを塗られた爪が突き刺さりそうだ。


「心に伝わってくるし、鼻を伸ばしていたあなたの顔を見てたらわかるわよ」


 ここは娼館のいつもの部屋。甘ったるい香りが漂っている。

 椅子に優雅に座っている吸血鬼のファナは、僅かに口を尖らせている気がする。


「嫉妬か?」

「私が嫉妬ですって? 何を言っているのかしら?」


 そう言いつつも、ファナは立ち上がり、俺の膝の上に座ってきた。お尻の柔らかさが気持ちいい。

 甘い香りが強くなる。男を誘う魅了を放ちながら、蠱惑的に微笑んでそっと唇にキスをしてきた。やっぱり少し嫉妬していたらしい。

 もっと楽しみたいところだったけど、あっさりとファナが離れた。そして、小さく囁く。


「残念だけれどお預けよ。お仕事をしてくださいな」

「へーい。我慢しまーす。今日は国境警備だっけ? 親龍祭も近いから、馬鹿なことをする国はいないと思うけど」

「って、誰もが考えるから、警戒が必要なのよ」

「ですよねー。国って面倒だな。あぁ…のんびり暮らしたい…」


 俺はのんびり暮らすことはできるのだろうか? 出来ない気がするなぁ。

 国や責任を放棄して、誰も知らない辺境に隠れ住むこともできるけど…。


「優しいあなたは出来ないわね」

「また顔に出てたか? まあいいや。お仕事行ってきまーす」

「はい、行ってらっしゃい」


 ファナに行ってらっしゃいのキスをされて、暗部の服装に着替えた俺は国境に転移した。

 ドラゴニア王国は五つの国と隣接している。

 西は友好国であるフェアリア皇国。一番仲がいい国だ。

 北はエルフたちが多く住むユグシール樹国。ほとんどが森の国だ。こことも仲がいい。

 隣り合ってはいないが、北西にはラブリエ教国という国も存在している。

 北東に隣接しているがデザティーヌ公国。広大な砂漠があり、過酷な土地らしい。公国とはあまり仲は良くない。

 東に位置しているのがヴァルヴォッセ帝国。《龍殺しゲオルギウス》を英雄とする強国だ。長年、ドラゴニア王国と戦争を繰り返してきた。帝国は公国と仲がいい。

 ドラゴニア王国の南には海が広がっており、その海底に国が存在している。魚人や人魚と呼ばれる種族が住むサブマリン海国だ。地面では繋がっていないが、国と国は隣接していると言っていいだろう。

 今日はその国々とドラゴニア王国との国境を見回るのが俺の仕事だ。

 夜空には薄く雲がかかっている。星は見えないが、明るい月は眺めることが出来る。霞んでいるが、これはこれで美しい。


月蝕狼ハティ

『はいはーい』


 体長二メートルくらいの、月のような銀色の毛並みを持つ狼が顕現した。瞳は月蝕のように赤黒い。

 今日は月蝕狼ハティに乗りたいと思う。

 すると、隣に太陽のような金色の毛並みを持つ狼が顕現した。皆既日蝕のような漆黒の瞳を持つ日蝕狼スコルだ。行儀よくお座りしている。


「おっ? 日蝕狼スコルも行くのか?」

『ええ。少し運動しようかと』

「走りながら寝るなよ」

『寝ません! 念のため言っておきますが、私たちは蝕を司る狼です。太陽と月の両方から力を受け取ることができます』


 日蝕狼スコルからムスッとした気配を感じる。真面目だなぁ。俺は苦笑しながら日蝕狼スコルを撫でる。


「わかってるよ。揶揄っただけだ」


 羨ましげな月蝕狼ハティもスリスリと擦り寄ってきたので、優しく撫でてモフモフする。毛並みが気持ちいい。埋もれたい。

 ずっとこうしていたいが、お仕事をしなければ。

 俺は月蝕狼ハティの背中に飛び乗った。今にも走りたくてウズウズと興奮する月蝕狼ハティをポンポンと叩いて落ち着かせる。


「んじゃ、行きますか。頼んだぞ」


 その瞬間、月蝕狼ハティが一気に駆け出した。日蝕狼スコルも後に続く。

 力強く地面を蹴って進む彼女たちは、平原だろうが森の中だろうが険しい山道だろうが、どんな悪路でも関係なく走って行く。

 俺は振り落とされないように、身体を伏せるようにして乗っている。走るのは彼女たちに任せて、俺は周囲の気配を探ることに集中した。

 風よりも速く走る二頭の狼。動きは滑らかでしなやかだ。美しい走り。

 呼吸が、ハッ、ハッ、ハッという一定のリズムを刻んでいる。

 広大な国境沿いを移動する。

 今のところ気配探知に引っかかるのは動物や魔物くらい。ドラゴニア王国を攻め込もうとする軍隊の気配はない。

 西のフェアリア皇国はオーケー。北西のラブリエ教国の方角も大丈夫。北のユグシール樹国の方面も異常なし。

 今度は北東のデザティーヌ公国の方角だ。

 公国とは山を隔てている。その山の中を走っている時、俺の気配探知に引っかかったものがあった。一瞬遅れて日蝕狼スコル月蝕狼ハティも気づく。


「向かってくれ」


 二人が走る向きを変える。少し大回りして風下から俺たちは近づいて行く。

 数が多い。百…いや、二百は超えている気配がある。人間ではない。これは魔物の気配だ。

 山の谷のようになっている場所。その崖にぽっかりと穴が開いていた。洞窟だ。中に大量の気配がある。外にもうろつく姿が見える。

 崖の上からその魔物を見下ろして、俺は思わず舌打ちをした。



=====================================

<簡単な配置図>

     <北>

教国

     樹国   公国


皇国  『王国』  帝国


     海国


     <南>

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