第153話 夢の中で

 

 夜の王都の街は静かなところは静かで、賑わうところは賑わっている。

 その賑わう酒場や娼館がある地区を、俺は複数人の美女たちを連れて練り歩く。美女といっても俺の使い魔だけど。

 酔っぱらった男たちの嫉妬と殺意の嵐が吹き荒れる。視線だけで人を殺せそうな目をしている。

 女性たちからも蔑んだ視線を向けられる。一方で欲望の眼差しで見つめられることもある。俺は一応王子だから、金をむしり取ろうとしているのだろう。濁った欲望を感じる。

 うわぁー。俺って嫌われておりますなぁ。それを演じているんだけど。


「なぁ? 夜遊び王子さんよぉ~! ちょっくら一緒に飲まねぇかぁ?」

「別嬪さんも一緒にどうだ? 奢るぞぉ~」

「「「 あ゛ぁ? 」」」

「「ひぃっ!?」」


 絡んできた男たちは女性陣の冷たい睨みで死の恐怖を感じたらしい。恐怖で竦み、石像のように固まってしまう。

 今ので酔いが醒めたようだ。顔を真っ青にして、歯をガチガチと震わせている。

 そんな男たちに女性陣は興味をなくす。俺と一緒に歩き続ける。

 王都に住む者なら全員が知っていること。それは、俺が連れている女性に手を出してはならない、ということだ。

 夜遊び王子が連れている女性は美人だがおっかない。それが共通認識だ。

 まあ、間違ってはいない。おっと。何やら寒気が。これ以上考えてはいけないようだ。

 俺たちは目的地の娼館『カーミラ』に到着する。頻繁に利用する娼館だ。

 中に入ると、着飾った女性たちが客の男たちをもてなしていた。上品な酒場みたい。

 ここではただ女性たちと喋ってお酒を飲むだけでもいい。料金はちょっと高いけど。そして、さらに料金を払えば、個室に入れる。あとはまあ、そういうことだ。


「殿下ちゃーん! こっち来ない~?」

「お姉さんたちと一緒に飲もう?」

「奢っちゃうよ~」


 働く美しい女性たちが甘く誘ってくる。偶に談笑する仲だ。しょっちゅう通っているから顔なじみ。関係を持ったことは一度もない。


「ごめんな。今日はお呼ばれしてるんだ」

「えぇ~! 直で支配人と?」

「どうやってあの堅物の支配人を堕としたの? お酒を飲みながら教えてよ」

「俺、未成年。お酒飲めない。今度ジュース飲みながらお喋りしよう」

「ここに来てる時点で今更じゃない」

「それもそっか! でも、俺は飲まないしテクも教えないぞ」


 あははは、と女性たちと笑い合い、また今度ね、と手を振って別れる。

 俺はここで支配人の相手をしていると思われている。出迎えてくれた支配人の女性と使い魔たちを連れて、娼館の奥の部屋へと進む。

 支配人は暗部の息がかかった女性だ。吸血鬼であるファナの部下。俺の秘密も当然知っている。

 普通の人は知らない秘匿された部屋に入ると、金髪紅瞳の美女が座っていた。


「あなた、いらっしゃい」

「やあ、ファナ」

「まずはお仕事の時間よ。情報の大切さがわかったあなたに、大事な大事な情報を与えましょう」


 情報の大切さはフェアリア皇国に行ったときに改めて実感しました。

 近寄ってきたファナが極々自然な動作でキスをしてきた。舌が口の中に侵入すると同時に、情報の記憶が流れ込んでくる。ファナとは使い魔契約を結んでおり、精神を司る夢魔とも契約しているからこそ出来る荒業だ。

 情報を渡し終わり、濃厚なキスに満足したファナがゆっくりと離れる。繋がった銀色の唾液が重力によって垂れて切れ、ファナは妖艶に舌で唇を舐める。

 一瞬目を瞑って情報を整理する。


「そうか。貴族たちは親龍祭で忙しいか。そのまま大人しくしていて欲しいな。他国の貴族たちも続々と来訪申請ね…。これはまた忙しくなりそうだ」

「警備は厳しくなるにもかかわらず、犯罪組織は活発化するわ。世界の歌姫も来国するらしいし」

「え? セレンが来るのか? 初耳なんだけど」

「お父上に聞いてみなさい」


 父上め! 婚約者が増えたことを揶揄うのに夢中で言うの忘れていたな!? あとで問い詰めておこう。


「さてと。お仕事頑張りますか」

「明日はリリアーネとデートなんでしょ。ほどほどにね」

「了解。手は抜かないけどほどほどに頑張る」


 一瞬で暗部の服装に早着替えすると、行ってくる、とファナたちに声をかけて、闇の中に溶け込んだ。



 ▼▼▼



 気が付くと、俺は豪華な寝室のベッドに座っていた。フカフカで気持ちいい。

 備え付けの浴室は全面ガラス張り。水が流れるの音が聞こえ、誰かがシャワーを浴びているらしい。ガラスは曇って中は見えない。

 俺はふと我に返って真剣に悩む。

 今日も娼館に行って、暗部の仕事をしたはずだ。城の警備を頑張った。そして、娼館に戻り、ファナたちと狂った時間の部屋の中で深く愛し合い、全員が戦闘不能になって気絶するように意識を失ったはずだ。

 そして現在、見たことが無い寝室のベッドに座っている。

 これは一体どういうことだ?

 俺の気配に気づいたのか、シャワーを浴びていた人物が、塗れた手で曇ったガラスを拭く。赤紫色の綺麗な瞳が見えた。


「おや。変態の旦那様ですか。夢の中にまで出てくるとはストーカーで訴えてもいいですか?」


 開口一番にクールで美しい声で罵られた。この声には聞き覚えがある。


「エ、エリカ?」

「旦那様は婚約者となった私をもうお忘れですか? よよよ…酷いです」

「えっ? いや、なんで? ハッ!? 夢か! イルの仕業だな!?」

『くくく! 寂しがっておったのでな。主様ぬしさまを引っ張ってきた。女子おなごに寂しい思いをさせるでないぞ』


 イルの楽しそうな声が響くが姿は見えない。覗き見を楽しむつもりらしい。

 あとで引っ張り出そうと心に固く誓う。

 でも、まずは寂しがっていたというエリカを可愛がろう。夢の中でしか会えないから……いや待てよ。忍び込めばいいんじゃね? バレなければいいよね?

 シャワーを終え、身体を拭いたエリカがガラス張りの浴室から出てきた。太ももの半ばほどしか丈がない白いバスローブを着て、濡れた髪をタオルで拭いている。

 濡れた髪の女性ってなんかいいよね。肌が火照っているのも素晴らしい。


「見過ぎです、変態の旦那様」

「綺麗で美しすぎるエリカが悪い。それにエリカも嫌がってないだろ?」


 揶揄うように胸元や太ももをチラ見せしてくるエリカさん。見えそうで見えないのが男心をくすぐられる。そして、もどかしい。

 悶々としていたら、エリカがクスクスと笑った。楽しそうですね。


「婚約者様方は許してくださりましたか?」


 少し不安と心配そうな声。ジャスミンとリリアーネのことだ。


「土下座したら許してくれたよ。早く会いたいってさ」

「………少し不安です」

「大丈夫さ。女子会したいって言ってたぞ。愚痴を夜通しぶつけ合おうだって。絶対に俺の愚痴だよな。女性の愚痴って辛辣そう」

「ふふっ。以前の私の愚痴を思い出していただけたらいいと思いますよ」

「うわぁ…心折れそう」


 まだエリカが喋れない時に一度愚痴を聞いたら、物凄い罵詈雑言の嵐だったなぁ。

 女子会が開催される時は、部屋の近くに寄らないでおこう。

 バスローブ姿のエリカは、俺に近寄りながらパチンと指を鳴らす。すると、濡れていた髪が一瞬で乾いた。そのまま俺に抱きついてくる。


「夢の扱いが上手すぎじゃないか?」

「そうでしょうか? ここは私の夢の中。思い通りにできる世界です。私が望めば何でもできるのでしょう? これくらい簡単です」

「それが難しいんだって」


 エリカはやはり超優秀なメイドだ。イルが補助しているのもあるが、夢魔の血が流れているヒースよりも夢の扱いが上手いと思うぞ。

 元から明晰夢が使えたりする? 明晰夢は夢魔の力がなくても個人の力で出来るし。

 ふわっと洗い立てのシャンプーの香りが漂い、エリカが赤紫色に輝いた金緑石アレキサンドライトの瞳で上目遣いをする。


「……旦那様。やはり少し寂しいです」

「今度こそっと会いに行くよ」

「ええ。お待ちしております」


 ゆっくりと唇を近づけていく。エリカが目を閉じた。唇と唇が触れ合う寸前、バタンッと勢いよく寝室のドアが開いた。


「やったぁー! 夢渡り初成功! ……だよね? ここはエリカが夢? うほぉ~い! ゴージャスゥ~! 何ここ? 城の寝室よりも豪華なんだけど!」


 ドアを開けて入ってきたのはエリカと顔が似ている少女。蛋白石オパールの瞳を持ったヒースだ。お喋り好きの彼女は口数が多い。

 ヒースは抱き合っている俺とエリカに気づいて、顔を真っ赤にして固まった。


「えっ? エリカとシラン様? えっ? なんで? もしかして、エリカってえっちな夢を見てる? おぉ~! 明日揶揄ってあ~げよ! どうぞどうぞ! 続けて続けて!」


 蛋白石オパールの瞳を様々な色にキラッキラと輝かせ、覗く気満々である。流石夢魔の娘。

 ムードをぶち壊されて、腕の中のエリカのこめかみに青筋が浮かんだ気がする。ピキっと頬が凍りついている。


「やあヒース」

「えっ? えぇっ? もしかして、本物のシラン様?」

「まあ、うん。そうだね。意識だけだけど本物の俺だね」

「何でエリカの夢の中にいるの? ずる~い! はっ!? ここは夢の中なんだよね? 何をしても問題ない? じゃあ、私も混ざるぅ~!」


 飛びついてダイブしてきたヒース。押し倒されそうと身構えたが、エリカが動くほうが早かった。空中のヒースの身体を掴むと、回転させて運動のベクトルの向きを変える。そして、そのままふかふかベッドに放り投げた。


「ふぎゃっ!?」

「姫様には二年早いです」


 エリカはヒースの首根っこを掴むと、ズルズルと引きずっていった。ヒースがベッドから落ちて尻もちをついても気にしない。バタバタと暴れても、喚き散らしても全て無視している。


「姫様は立ち入り禁止です」

「ズルい! 私も混ぜて! シラン様ぁ~!」


 寝室のドアを開けると、ペイっと外に放り捨てるエリカ。そのままバタンと閉めて、鍵をかける。ヒースはドンドンと扉を叩いているようだ。

 ゴミ捨てが終わったかのようにパチパチと手を叩いたエリカは、スススッと俺に近づいてぎゅっと抱きしめてくる。


「邪魔者はいなくなりました。旦那様。続きをしませんか?」

「喜んで」


 俺とエリカはキスを交わして、ベッドに倒れ込んだ。

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