第152話 紫と翠の邂逅



<ジャスミン視点>


 唇にキスされちゃった。やった!

 シランがお手洗いに言っている間、ルンルン気分でドライフルーツのお店に向かう。

 実はさっきからあのお店が気になってた。ベンチに座ってシランとイチャイチャしてる時に、緊張を紛らわせるために周囲を見渡してたら目に入ったの。

 このフェアリア皇国はフルーツや野菜が美味しい。種類も豊富。でも、傷みやすい。だから、他国に流通させるときには乾燥させることが多い。野菜はお漬物が多いけど。

 ドライフルーツは騎士団でも保存食として重宝される。それに美味しいし!


「あら?」


 お店に入ろうとした時、建物と建物の間の小さな路地に人が倒れているのが見えた。

 死んでないわよね?

 騎士として見過ごすわけにはいかないわ。


「あの~? 大丈夫ですか?」

「……うぅ…」


 よかった。生きてるみたい。

 倒れているのは若い女性だった。美しい緑色の髪の女性。耳は尖がっている。エルフ族だ。

 身体や服のあちこちが汚れている。荷物も落ちている。旅人かしら?

 うつ伏せのエルフの女性がゆっくりと目を開いた。

 その瞳を見てハッと驚く。


「……翠玉エメラルド


 彼女の瞳は輝く翠色。翠玉エメラルドのように綺麗だ。

 薄汚れているが彼女はエルフ。顔立ちはとても整っている。翠玉エメラルドの女性。


「うぅ…ここは…拙者は何を…」


 小さな路地にグルグルというお腹の音が響き渡る。

 どうやら空腹で倒れていたらしい。仕方がない。ここは他国だけど、困っている民を助けるのが貴族の役目。荷物には食料はなさそうだし買ってあげましょう。


「少し待っててください。何か買ってきます」

「か、かたじけない…」


 弱々しく呟いたエルフは力尽きたように目を閉じた。

 私はすぐに隣のドライフルーツ店で適当に見繕い、さっきのフルーツジュースの屋台でジュースを買って戻る。嫌いなものがあったとしても私は知らない。食べられるだけマシよね。


「お待たせしました」

「……感謝するでござる」


 エルフの女性は私が買ってきたジュースをゴクリと飲み、翠玉エメラルドの目を見開いた。そして、ドライフルーツをガツガツと食べ始め、ゴクゴクとジュースを飲む。

 よほどお腹が減っていたみたい。心配になるくらいパクパクモグモグ勢いよく食べている。

 あっという間に食べ終わったエルフは行儀よく手を合わせた。


「ごちそうさまでした」


 そして、満腹になって元気になったエルフは、地面に正座し勢いよく頭を下げた。

 どこかで見たことがある光景……あっ。シランの土下座ね。


「感謝するでござる! あのままだと拙者は飢え死にしていたところであった!」

「気にしないでください」

「気にするでござる! 拙者はやらなければならないことがある故、死ぬわけには……むむっ!? なんじはっ!?」


 急にガバっと肩を掴まれた。ちょっと痛い。

 見開かれた翠玉エメラルドの瞳が少し血走っていてちょっと怖い。鼻息が荒いのも不気味。


「くんかくんか…むむっ! やはり! あの御方の香りがする! おほぉぉおおおおお!」


 勝手に体の匂いを嗅がれ、エルフの女性がグワングワンと強い力で私の身体を揺さぶる。奇声も放っている。

 うぅ…止めて…ちょっと気持ち悪くなるから。ジュースを飲み終わった直後の胃に悪いから。


「汝! 汝はどこに住んでいるでござるかっ!?」

「わ、私?」

「早く言うでござるっ!」

「ちょっと…言うから揺さぶるの止めて!」

「お? おぉ! すまぬ」


 うぅ…ちょっと気持ち悪いかも。あと少し揺さぶられたら危なかったかも。

 興奮して鼻息が荒いエルフにじーっと見つめられる。


「私が住んでるのはドラゴニア王国の王都よ」

「ドラゴニア王国の王都! なるほど! そっちでござるか! 今行くでござるよ~!」


 荷物をシュパッと手に取ったエルフは、勢いよく駆け出して路地を飛び出して行った。

 目指せ、ドラゴニア王国ぅぅうううう、と大声で叫びながら大通りを駆けて行く。待っていてくださいユグドラシル様ぁああああ、と言う声も聞こえる。

 ユグドラシル様? あれ? どこかで聞いたことがあるような無いような…。


「って、ちょっと! そっちは王国とは反対方向なんだけど! ………もういないし」


 ドラゴニア王国とは正反対の方向に走って行ったエルフの女性は、もう人混みに紛れて消えていた。

 行っちゃった…。大丈夫かしら? もしかして、方向音痴?

 呆然としていたら肩をトントンと叩かれる。振り向くと、愛しい人が立っていた。


「どうした、ジャスミン?」

「あぁー。いえ、何でもないわ」


 最後にエルフが走り去った方向をチラリと見る。戻ってくる気配もなそう。声ももう全く聞こえない。


「そうか? 何でもないならいいや。それはそうと、ドライフルーツのお店はどうだった? 何かいいのはあったか?」

「実はまだよく見てないの。エスコートしてくれる? 私の彼氏さん」

「かしこまりました、俺の彼女さん」


 ふふっ。彼女て言われるのも新鮮でいいわね。とても嬉しい。

 私はエルフの女性などすっかり忘れて、シランの腕に抱きついてデートを再開するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る