第151話 お詫びデート ジャスミン編

 

「やっぱり空気が美味しいわね」


 ジャスミンが深く深呼吸をして、大きな背伸びをした。んぅ~、という気持ちよさそうな声がちょっと艶めかしい。

 婚約してからというもの、ジャスミンの美しさにさらに磨きがかかった。見ただけで男を骨抜きにしそうなほど美しい。

 18歳になり、少女を抜けて大人の女性になりつつある。ちょっとした仕草に男を誘う甘い色気があり、ハッと見惚れてしまう。俺の心は穏やかじゃない。理性が今にも崩壊しそう。


「何よ。私に見惚れたの?」


 ニヤッと悪戯っぽく微笑んだジャスミン。思わず凝視していた俺の視線に気づいたらしい。

 我が幼馴染 兼 婚約者様は俺を揶揄って楽しそうです。

 別に否定する必要もないし、あっさりと白状することにする。


「そうだよ。見惚れたよ。悪いか?」

「あ、あっさりと言うのね。流石女誑しの夜遊び王子。この国でも夜遊びしてないでしょうね?」


 軽く頬を朱に染めながら、ジャスミンが美しい紫水晶アメジストの瞳でじっとりと睨んでいる。

 あらぬ疑いをかけられている。俺は即座に否定する。


「してませんよ! 公務中は夜遊びしません!」

「でも、新しい婚約者とはしたんでしょ?」

「うぐっ…」


 何も言い返せない。婚約者となったエリカと何度か身体を重ねたのは事実だ。

 ムスッと拗ねたジャスミンは、すぐに笑顔になると、俺の腕に抱きついてきた。ふわっと甘い香りが漂う。


「もういいわ。今日は二人っきりのデートなんだから、私だけを見ていなさい!」

「かしこまりました、ジャスミン様」

「さあ! 皇都を散策するわよ!」


 ノリノリのジャスミンが俺の身体を引っ張った。

 現在俺たちはフェアリア皇国の皇都にお忍びできている。近衛騎士たちもいない。正真正銘の二人きりだ。

 お詫びデートとしてジャスミンが望んだのは、太陽が昇っている時間帯の皇都デートだった。前回デートしたときは夜だった。だから、明るいときに散策したかったらしい。

 街路樹の葉は生命力に溢れ、花壇の花が色とりどりに咲き誇っている。

 アクセサリーのお店や服屋を覗き、露店市を回ってデートをする。

 この国では俺たちの顔を知っている人は少ない。だから、いつもよりもはしゃいでしまった。

 指を絡ませて手を繋ぎ、イチャイチャしながら歩く。周囲からはバカップルとして認知されたようだ。温かく見つめられる。店員も優しげだった。

 屋台で搾りたてフルーツジュースを買い、ベンチに座って喉を潤す。


「美味しいわね」

「搾りたてだからな」

「まさか素手で果物を搾るとはね。びっくりしたわ」


 屋台でジュースを売っているクマの獣人のおっさんが俺たちに視線に気づいて、ニカっと笑ってサムズアップをした。

 バカップル割引をしてくれてありがとう。

 俺たちは身体を密着させて座り、俺はジャスミンの肩に片手を回している。

 ジャスミンの顔がひょいっと俺のジュースのストローを咥える。


「シランのもちょーだい。うん。こっちも美味しいわね」

「俺もジャスミンのが飲みたい」

「えぇ~! だめぇ~。な~んてね。冗談よ」


 悪戯っぽく微笑んでウィンクしたのはとても可愛かったです。おかげで味がよくわかりませんでした。不意打ちは卑怯だと思います。

 ジャスミンがコテンと頭を肩に乗せてきた。吐息はフルーツの香りだ。

 爽やかな風にポカポカ陽気。ベンチでゆっくりまったり日向ぼっこするのにちょうどいい。穏やかな時間が流れる。


「はぁ…」

「どうしたんだ?」


 ジャスミンが深いため息をついた。穏やかな雰囲気には似合わないため息だ。

 頭を軽くスリスリしながら、ぼそりと呟いた。


「私がもうちょっと素直だったら、もっとこんな時間が過ごせてたのかなぁって」


 少し前のジャスミンは本当に不器用だった。暴力的だったし、いろいろ押し付けてきたし。

 俺はジャスミンの好意には気付かないフリをしてたけど。

 今は吹っ切れたようで、ツンデレも時々あるが、甘え上手になっている。


「でも、俺には別の婚約者いたし」

「……そうだったわね。あの金髪ドリルの高飛車女。貴族の政略結婚って本当に面倒よ」

「今の俺たちもほぼ政略結婚だけど?」


 国王の父上と公爵が企んだ結婚だから、政略結婚と言えなくもない。


「私は恋愛結婚だと思ってるわよ! 多少強引に家の権力とコネを使わせてもらったけど」

「うわぁー」

「ふふん! 使えるものは使わないとね!」

「横暴公爵令嬢の幼馴染め」

「あら。権力を使ってだらける夜遊び王子の幼馴染に言われたくないわ」


 俺たちは同時にぷっと吹き出した。そのまま笑い続ける。

 お互いそんなことは微塵も思っていない。ただの冗談だ。

 ひとしきり笑った後、ジュースを飲み終わった俺たちは、ベンチから立ち上がり、屋台のクマの獣人のおっさんに手を振って散策を続ける。

 あっ。ジュースを飲んだからかトイレに行きたくなった。


「すまん、ジャスミン。お手洗いに行ってくる」

「はーい。じゃあ、私はあのドライフルーツのお店でも覗いてるわ」

「りょーかい。すぐ戻る」


 ジャスミンの唇に軽くチュッとキスをして、俺たちは一旦わかれた。

 そのキスの味はフルーツジュースの味がした。

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