第145話 ピロートークにて
日が完全に昇って、外は明るくなっている。一応この寝室だけ時間を狂わせておいた。もう元に戻しているけど。そろそろ朝食に呼ばれる時間だ。
俺の隣には、俺の腕を枕にしている裸のエリカがいた。目を閉じている。
疲れ果てて少し眠っていたエリカが、青緑色の瞳を薄っすらと開ける。俺と視線が合い、すぐに赤紫色になる。実にわかりやすい。
「旦那様…」
「おはよう、エリカ」
頭を優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。身体の体勢を変え、横を向いて俺の身体に抱きつく。お互い裸だ。スベスベとした気持ちの良いエリカの素肌を全身に感じる。
足を絡めてくるのは天然なのか!? それとも、狙っているのかっ!?
「そう言えば、いろいろあってあの馬鹿親子のことを伝え忘れていましたね」
しばらく穏やかで心地良い時間が過ぎて、エリカがふと思い出して唐突に言った。
本当にいろいろあって、まだ聞いていなかったな。どうなったのだろう?
「先ほど、ティターニア様に聞きました。刑が確定したようです」
「処刑か?」
「いえ、処刑ではありません」
「………公爵だからか」
公爵は最上位貴族。処刑されることはなかったか。
モヤモヤした怒りが湧き上がるが、エリカはそれを見通したようで、少し微笑みながら、俺の胸を指でスゥーッと撫でる。
「それも違います。私が実家を動かしました。処刑して死という安らぎを与えるべきではない、死ぬまで苦しめるようにと。両親、特に母が今回のことで大激怒しまして、すぐに賛成してくださいました。以前から地獄に堕とす機会を狙っているようでしたし」
「エリカは実家と縁を切ったんじゃ…」
「ええ。離婚したとき、実家に迷惑をかけないようにと私から切りました。ですが、実家から縁を切られたとは一言も申し上げておりませんよ」
な、なるほど…。確かにその通りだ。実家から縁を切られたとは言っていない。
生理的に無理とか、そういう言葉遊びが好きなのか?
エリカは楽しそうにクスクスと笑う。
俺を揶揄うのが好きなんですね…それは知ってた!
「あの男は、病気療養ということで、公爵家の当主の座を降りることになりました…表向きは」
「表向きは、ねぇ。じゃあ、裏は?」
「聞きたいですか?」
ニコッと微笑むエリカの笑顔で何故か背筋が寒くなる。
「聞きたくないかなぁ…」
「親子ともども重罪を犯した犯罪者の強制収容所にぶち込むことになりました。死ぬまで強制労働です。簡単には殺しません」
「当然といえば当然だけど、俺、聞きたくないって言ったよね?」
「あの顔だと収監者たちに人気が出そうですよね。もちろん、収容所は男女が完全に分かれています。だから、性欲を発散するために、同性を襲うとか…。そしてそれが黙認されているとか…」
「お~い! 聞いてますか~?」
「ウンディーネ家の当主には、オダマキの弟が就任します。まだ未成年なので、仮ということになりますが。彼はまともなのでご安心を」
「エリカさ~ん! 俺の話を聞いてる~?」
わざと話を聞かないエリカは、スリスリと頬擦りしてくる。そして、自分の喉の、かつて傷があった場所を撫でた。
「やっとです…やっと地獄に堕とすことが出来ました。母はとても嬉しそうでしたよ。まあ、私には姫様がいらっしゃれば、あの馬鹿親子なんかどうでも良かったのですが。今は旦那様もいて欲しいですけど…」
ねぇ? エリカはそれって天然なの? それともわざと? サラッと不意打ちするのは止めて欲しい。
エリカの母親ねぇ。実家ってどこなんだろうか?
ヒースと姉妹のように似ている。まさか、皇族なんてことはないよね?
何やら嫌な予感がする。
「エリカの実家ってどこなんだ? 子爵家? いや、伯爵家? それとも侯爵家か? 皇族の血が流れていたり…」
「あら? 旦那様はご存じないのですか? 結構有名ですよ? 皇族の血が流れている家系ではありますね」
その言い方からすると、ウンディーネ家の以外の公爵家か?
悪戯っぽく微笑みながら、エリカはあっさりと実家を述べた。
「大公です」
「えっ?」
「私の実家は大公家です」
「はっ?」
「私の本名はエリカ・ウィスプ。ウィスプ大公家の長女です」
「はぁっ!?」
大公家だと!? 公爵家よりも上だった!?
じゃあ、パーティで出会ったセロシア・ウィスプ大公が母親!? ウィスプ大公は現皇王陛下の妹君…ということは、エリカはほぼ皇族じゃないか!
「まあ、昔は皇位継承権第五位でしたね。結婚と同時に棄てましたが」
第一皇女エフリ殿下が第一位、第一皇子ジン殿下が第二位、第二皇女ヒースが第三位。そして、オベイロン陛下の妹のセロシア大公が第四位で、その長女のエリカが第五位。
待てよ…。じゃあ、ヒースとは…。
「はい。姫様、ヒースとは
「マジですか…」
従妹ならば顔立ちがそっくりなのも納得できる。姉妹のように仲がいいのも理解できる。
いや、でも…嘘だろぉ…。
「ヒースは昔から、エフリのことをお姉様、私のことをお姉ちゃんと呼んで区別しているようですね。姉妹同然の関係です」
助け出した時、ヒースはエリカのことをお姉ちゃんと言っていたなぁ。実の姉ではなく、従姉のお姉ちゃんということか。
それに、エフリ皇女殿下のこともエリカは呼び捨てですか…。そうだよね。従妹
だもんね。プライベートな時は呼び捨てだよね。年齢もさほど変わらないみたいだし。
「俺、フェアリア皇国の大公家の長女を娶るの?」
「お嫌ですか?」
「全然嫌じゃないけど、大公家とは予想してなかった…」
「婿に入るという選択肢もございますよ? バツイチで喉に傷があって喋れなくても、縁談を申し込む輩は後を絶ちませんでしたから。表向きは大公家の娘ですし」
「俺、王国に婚約者がいるからそれは無理。エリカがお嫁に来てください」
「ふふっ。かしこまりました」
クスっと微笑んだエリカが頬にキスしてきたので、俺は唇で彼女の唇を塞いだ。これで喋れないだろ!
ジャスミンとリリアーネになんて説明しようかなんて今は考えない。未来の俺よ、頑張れ!
小鳥が啄むようなキスを繰り返し、心ゆくまでエリカの唇を楽しむ。
「せめて、最初に言ってほしかったな」
至近距離で見つめながら愚痴を言う。愚痴という愚痴ではない。冗談の分類。エリカもニコッとクールに微笑んで冗談を返す。
「結果は変わらなかったでしょう? しいて言うなら、既成事実という奴です。それとも
エリカは貴族出身だとわかって手を出したから、覚悟はしていましたよ。
「ハニートラップにしてくれ」
「意味は変わらないのでは? 私に手を出したからには責任を取ってもらいますよ」
「ちゃんと責任取りますよ。安心してくださいっと!」
「きゃあっ!?」
ガバっと起き上がって、エリカの身体の上に覆いかぶさる。びっくりしたようだが、拒絶はしない。赤紫色の瞳を輝かせ、愛おしそうに俺の首に両手を回す。
「身体、大丈夫か?」
「ええ。旦那様のせいでもう慣れました」
「ギリギリまでイチャイチャする?」
「いいでしょう。イチャイチャして差し上げます」
どこか上から目線のエリカ。俺たちは笑い合う。
俺の大切な女性の一人となった愛しいエリカと、朝食に呼ばれる時間ギリギリまでイチャイチャして過ごすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます