第146話 文化の違い
「シラン殿下。オダマキ・ウンディーネとアザミ・ウンディーネのことはエリカからお聞きになりましたか?」
爽やかハンサムな皇王陛下が真面目な顔で問いかけてきた。
今はオベイロン皇王陛下に呼ばれて、陛下の執務室にいる。王国の父上の執務室に似ているが、ふんだんに木を使ってあり、木の良い香りが漂っている。
部屋にはティターニア皇王妃殿下とヒースもいる。エリカは用事でここにはいない。
「ええ。死ぬまでの強制労働だと」
皇王陛下が頷き、頭を下げる。
「この度は殿下にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「頭をお上げください皇王陛下!」
「しかし、今回の事件を引き起こしたのは我が国の公爵です。王である僕が謝罪しなければ示しがつきません。ドラゴニア王国の国王陛下にはちゃんと文書で謝罪いたしますし、後日、直接謝罪することも考えております」
「ですが、公には病気療養です」
「ですから、裏で謝罪を」
皇王陛下は譲らないらしい。何としても謝罪するつもりだ。固い決意を感じるので、俺はもう説得しないことにした。どうせ父上には話がいくだろうし、後は全部任せよう。
王国と皇国は表だけでなく裏でもいろいろとやり取りしてるし。
「私は謝罪を受け入れます、後は父に」
「ええ。わかりました」
爽やかに微笑んで、皇王陛下はあっさりと引きさがった。
本当にこの人は考えが読めない。全然顔に出さないなぁ。国王なら当然のスキルだけど。
そう言えば、皇王陛下が俺を呼んだ理由って何だろう? いろいろあってすっかり忘れていた。
探りを入れようと心を落ち着かせるために、まず俺は用意された紅茶を飲む。エリカが用意してくれた。その後、用事で退出したけど。
皇王陛下が認める超有能メイドが淹れた紅茶は絶品だった。とても美味しい。
「姪と結婚なさるそうで」
「ぶふぅっ!?」
サラッと告げられた皇王陛下の先制攻撃に、思わず紅茶を噴き出してしまった。あぁ…勿体ない。
じゃなくて! なんという無礼を!
「も、申し訳ございません!」
「いえいえ。お気になさらず。突然声をかけた僕が悪いのですから」
「えぇっ!? どういうこと!? お父様! シラン様! 私聞いてないよ! お母様も微笑んでないで教えてよー! ふむふむ。今朝シラン様がエリカと!? きゃー!」
ニコニコ笑顔の両親の心の声が聞こえたのだろう。おませなヒースは一人で勝手に盛り上がる。顔が真っ赤だ。両手で顔を覆ったが、指の間から
「な、何故それを…!?」
「先ほど、エリカから報告を受けましたから」
「私は聞いてないよぉー! だからエリカは超ご機嫌だったのか! いいなぁいいなぁ! エリカお姉ちゃんのことお願いしますね!」
ヒースは元気だけど、昨日のことは大丈夫なのだろうか? トラウマになってない? エリカと俺がしたことは、昨日ヒースが無理やりされそうになった行為なんだけど…。
「それは大丈夫! シラン様のは慣れてるから!」
慣れてるっ!? さてはイルの仕業だな! 何してんだぁ!
精神世界から慌てて逃げ出そうとしたイルを捕まえて、心の中でお仕置きしておく。精神世界は自由な世界だ。俺の想像通りのことが起こる。
『ぬぉぉおおおおお! 拳骨でグリグリするなぁあああああ!』
イルに悲鳴は聞こえないったら聞こえない。
並列思考ができるって便利だ。お仕置きをしつつ、皇王陛下たちともお喋りができる。
「エリカもやっと結婚かぁ…って二度目だったね。いや、前回のは結婚と言っていいのかな? これからエリカはどうなるの? シラン様と一緒にドラゴニア王国に行っちゃう? 嬉しいような寂しような…」
「そのことなのですが、エリカはヒース殿下が結婚されるまではフェアリア皇国に残りたいと」
殿下ってつけないで、普通通り呼んでよ、と頬を膨らませたヒースの文句は無視する。皇王陛下と皇王妃殿下の前で呼び捨てにできない。諦めてください。
「エリカとシラン殿下が決めたことなら、僕たちは何も言いません」
「ありがとうございます。それに、私はまだ結婚できる年齢ではありませんし」
「あぁ! そうでしたね。ドラゴニア王国では18歳にならないと結婚できませんでしたね。この国では16歳になれば結婚できるので、それを基準に考えていましたよ」
そう。このフェアリア皇国では16歳になったら結婚が可能になるのだ。国が違えば文化も風習も法律も変わる。そのことを頭に入れて気を付けないと、王国では良いけど皇国はダメなことが多いのだ。
「そっかそっかぁ。エリカは居てくれるのかぁ。私も早く結婚しないとなぁ。まだあと二年もあるけど。チラッチラッ!」
ヒースさん? 何故俺を期待顔でチラチラと見てくるのかな?
言いたいことはわかるけど、流石にそれは…。
「エリカに何かプレゼントでも贈ろうかなぁ。アクセサリーがいいかなぁ。エリカって普段は全然つけないし。ネックレスとかいいかもなぁ」
「アクセサリーといえば、ヒース殿下に渡したいものがあったんです」
「えっ? 私に?」
おぉ…。なんか滅茶苦茶期待されてる。
俺はブレスレット型の魔道具を取り出した。ヒースの読心の力を抑える魔道具だ。
「これをどうぞ。ヒース殿下の力を抑えることが出来るブレスレットです。
「う、うん…聞いてるけど、本当にいいの、シラン様?」
「ええ。もちろん」
ヒースはとても嬉しそうに顔をほころばせる。感激しているようにも見える。
皇王陛下と皇王妃殿下も娘に許可を出すように笑顔で頷いた。
微かに震える手で恐る恐るブレスレットを受け取ろうとするヒース。
その直前、ドアがノックされて、エリカが入ってきた。
「ただいま戻りました……って、何やってるんですかっ!? いけません姫様!」
部屋に入るなりギョッと青緑色の
「これは私のだも~ん! もう貰ったの! ほらっ! つけちゃった!」
「今すぐ外しなさい! 早く! 伯父様も伯母様も笑ってないでヒースに言ってやってください!」
左手首にブレスレットをつけたヒースと、外そうとする素のエリカがわちゃわちゃと格闘する。それを皇王陛下と皇王妃殿下は楽しそうに眺めるだけだ。
「僕は止めません」
「私も良いご縁だと思いますよ。ヒースはシラン殿下のことを好いているようですから」
「伯父様! 伯母様!」
キッと睨むが、皇王陛下と皇王妃殿下には効かない。ヒースはエリカから逃れて、両親の背中に隠れた。可愛らしく舌を出してあっかんべーをしている。
エリカの怒りの矛先は俺に向けられる。この細い腕では考えられないくらい物凄い力で胸ぐらを掴まれる。
「全て旦那様のせいです!」
「お、俺、何かしたか?」
「この国でブレスレットを渡す。この意味を知らないとは言わせませんよ!」
「………あっ」
「忘れていたんですかっ!? もう取り返しがつかないのですよ!」
ほ、本当に忘れておりました。ごめんなさい。だから、ブンブンと揺さぶらないでぇ~! 首がもげるぅ~!
「フェアリア皇国では、ブレスレットを贈ることはプロポーズなんですよ! ヒースも受け入れちゃったじゃないですか! 旦那様は阿呆なのですか? 阿呆ですよね!」
「エリカに馬鹿にされた…」
「馬鹿にはしていません。阿呆と言いました」
呆れ果てたエリカは脱力し、頭を抱えた。頭痛がするらしい。
そう。このフェアリア皇国ではブレスレットを贈ることはプロポーズに値する。
左腕につけてる人は婚約または結婚している人で、右腕につけている人は未亡人だ。
今、文化の違いに気を付けなきゃと思ったばかりなのに、早速やらかしてしまった。ブレスレットのことをすっかり忘れていた。俺の馬鹿。
オダマキはヒースのためにブレスレットを用意していた。オダマキの母親も宝石まみれのブレスレットを右腕にしていた。
今、目の前の皇王陛下と皇王妃殿下も左腕にブレスレットをしている。
「良い縁談がまとまりましたね。嬉しく思います」
「………それでいいのですか、皇王陛下?」
「おや。もうヒースと一夜を共にしていらっしゃるではありませんか。もう他のところにお嫁に出せませんからね。責任は取ってもらいますよ」
「な、何故それを!?」
何故昨夜のことがバレている!? エリカもびっくりしているし、彼女が報告したわけではないのだろう。
ティターニア皇王妃殿下が悪戯っぽく微笑む。
「私は
マジですかぁ…。見られたんですかぁ。
終わった…。同衾とプロポーズ。言い逃れはできない。完璧に終わった…。
「娘も娶ってくださいますよね?」
「…はい」
有無を言わせぬ威圧感が漂うニッコリ笑顔の皇王陛下と皇王妃殿下。俺は頷くことしかできなかった。
大公家の娘であるエリカだけはなく、皇女のヒースまでも婚約が成立してしまった。
ジャスミンとリリアーネになんて説明しよう。俺、殺されないよね?
「やったー! シラン様と結婚できる! エリカとも一緒に居られる! わーい!」
「こら! 姫様。はしたないですよ」
「そういうエリカだって心の中では大はしゃぎじゃん! 私にはわかるのです! 今くらい喜んでも良いでしょ! ほらほらお姉ちゃん!」
「あーはいはい」
むぎゅ~っと抱きついてきたヒースを、エリカは優しく抱きしめ返し、姉のような表情で頭を撫でている。クールな表情を取り繕っているが、嬉しさが隠しきれずに口元が緩んでいる。
「シラン殿下。ぜひ私のことはお
「おや。では、僕のこともお
「えっ、あっ、その…」
「はっ!? シラン様と婚約したということは、あんなことやこんなこともしていいってことっ!?」
「ダメです姫様! 二年早いです!」
俺にお義父さんお義母さんと呼ばせようとする皇王陛下と皇王妃殿下。俺に抱きつこうとするヒース。それを止めるエリカ。
もう訳が分からない。
フェアリア皇国の皇族の騒ぎが落ち着くまで、少しの時間を有するのだった。
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実にあっさりと婚約確定。
次回は第四章の最後の予定です、たぶん。
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