第128話 多重返りの少女

 

 石造りの塔の上の部屋。ヒースが普段住んでいる部屋らしいのだが、朝食後すぐにその部屋に誘われて、ソファに座った俺は、膝の上に座らせた使い魔のイルのこめかみをグーでグリグリする。


『痛い! 痛い痛い痛い痛い! 痛いぞ主様ぬしさま!』


 十代前半の少女の姿になったイルが、手足をバタバタさせて暴れる。


「そりゃお仕置きだからな!」

『だから痛い!』


 涙声で叫ぶイル。でも、俺は容赦なくグリグリを続ける。

 その俺たちの様子を、ヒースが蛋白石オパールの目を見開いて見ている。見る角度や光の具合によって色が変わる綺麗な瞳だ。


「すごい…イルちゃんに触れるなんて…私、触れないのに」

「契約してるからな。でも、イルもその気になれば抜け出せるから、それをしないってことは楽しんでるだろ?」

『ふっ…当たり前だ。主様ぬしさまとのイチャイチャだぞ。楽しまなくてどうする。痛いのも演技だしな』


 暴れていたイルが急に大人しくなり、得意げに胸を張ってドヤ顔をした。

 やっぱりか効いてないだろうと思っていた。楽しそうな感情が伝わってきたし。効かないグリグリは止めて、イルのお腹に手を回して抱きしめた。イルは心地良さそうにもたれかかってくる。

 俺とヒースはイルの姿が見えているけど、エリカには見えていないようだ。疑い深い眼差しをしている。


「イル。エリカにも姿を見せてやれ」

『ふむ。まあいいだろう。ほれっ。お主には初めて見せるな』


 その瞬間、青緑色の金緑石アレキサンドライトの目を丸くした。突如俺の膝の上に少女が出現したように見えただろう。


『……本当にいらっしゃったんですね。姫様の妄想の中の少女かと思っておりました』

「エリカ酷い! ずっと疑ってたでしょ! 私はちゃんと言ったじゃん!」


 プンスカと頬を膨らませて拗ねるヒース。エリカは、その可愛らしい主を赤紫色の瞳で見つめている。クールビューティな無表情が優しげだ。

 感情が昂ると赤くなるって言ってたけど、怒りという感情だけじゃなくて、愛情とか思慕でも赤くなるのか。綺麗な金緑石アレキサンドライトの瞳だ。

 イルが、くくく、と楽しげに笑う。


『妄想の中の少女か…あながち間違いではないな』


 それはそうですけど。

 それにしても、本当にヒースは心を読むことができるんだな。俺は念話を繋げているからエリカの言いたいことがわかるけど、ヒースは何もせずに心を読んでいる。見た感じ、周囲の人の心を見境なく読んでいるみたいだ。

 俺はじーっとヒースを観察する。ヒースのアルビノの白い頬が軽く朱に染まった。


「ソラはヒースのことをどう思う?」


 メイドとして待機していたソラが、空色の瞳をヒースに向ける。


「そうですね。ヒース皇女殿下は、まずアルビノですね。そして、先祖返りをしています。一つだけではありません。いくつも返っていますね」


 先祖返り、それも多重返りか。珍しいな。俺も初めて出会った。

 他種族の血が混ざると、純潔でなければ世代ごとに血が薄くなる。でも、時々、血が濃く生まれる子供が現れる。それが先祖返りだ。

 フェアリア皇国の人々には妖精の血が混ざっている。ヒースにはその妖精の血が強く発露したのだろう。


「火、水、土、風、光に闇。いろいろ混ざってますね。特に強いのは樹。樹妖精ドライアドでしょうか」


 なるほど。だからアルビノにもかかわらず、瞳の色が蛋白石オパールのような彩り鮮やかなのか。

 ヒースをじっと見つめていたソラは、困惑して俺の腕の中のイルに視線を向ける。


「ですが…夢魔の子供でもあります」

「はぁっ!? 夢魔の子供って…まさかイル!?」


 思わず驚きの声を上げてしまった。そして、腕の中の夢魔を見る。イルはコロコロと姿を変えながら、上目遣いに見上げてきた。


『んっ? われの子供ではないぞ。われ主様ぬしさま以外と子供を作るつもりはない。同胞の誰かがヒースの母親を孕ませたのだろう』


 で、ですよねー。びっくりしたぁ。イルの子供かと思ってしまった。

 でも、夢魔の子供か。なら彼女の読心の能力には納得ができる。なるほどなぁ。

 話を聞いていたヒースとエリカは、理解ができずにただ呆然としている。


「えーっと、シラン様? 一体どういうこと?」


 ヒースが可愛らしく首をかしげた。


「まず、ヒースはアルビノ。肌を露出させないようにしてるし、これは知ってるはずだ」

「うん」

「そして、多重返り。これは一度に複数先祖返りしている状態だ。複数の先祖の力を使えると思っておけばいい」

「ふむふむ」

「最後に、ヒースの心を読む能力についてだ。ヒースは、夢や精神を操る夢魔という魔物の子供なんだ。いや、魔物というよりは精霊。この国では妖精か。ソラが言うには父親が夢魔らしい」

「えっ…?」


 夢魔の娘が言葉をなくした。エリカのほうを振り返るが、エリカも目を見開き、顔を真っ青にしている。

 二人には衝撃的過ぎたのだろう。震える手を握り合っている。


『そ、それでは、姫様は不貞の子供だと…?』

「あっ、いや、そういう意味じゃない。ヒースは明らかに皇王陛下と皇王妃殿下の子供だ。それは間違いない」

『では、姫様の父親が夢魔と言うのはどういう意味なのですか?』

「まず、夢魔と言うのは『バク』とも呼ばれる魔物だ。ほとんどが悪い魔物ではない。たまーに悪さをするけど、ほとんどが大人しい魔物だ」


 二人が青い顔で頷いた。少しは聞いたことがあるのかもしれない。


「人の心の中に棲み、夢を喰らう。例を挙げるならコイツ」

『うむ。われが夢魔だ』


 イルが俺の膝の上から消え、ヒースやエリカの周りに顕現し、すぐに消失する。姿もコロコロと変える。心に直接呼びかけるような声も、心で思い描いた女性の姿になるのも夢魔の性質の一つだ。イルは面白がって姿を変えているけど。


「あっ…だから夢の中であんなことを…」

『そうだ。なかなかに楽しいだろう? 夢の中では何でもできる。思い通りに夢を操ることもできる。もちろん、われが経験したことを追体験させることも簡単だ』


 ゴクリ、とヒースが喉を鳴らした。何故か青かった顔が真っ赤になっている。

 チラチラと視線を向けるのは俺の下半身。

 イルさん!? ヒースに何をさせたんだ!?


われら夢魔は人の強い感情の一部を糧として生き、人から人へと心の中を移動して生活する。お礼として、憑りついた人にいい夢を見せてな』

「害悪はないんだが、子供を作る時は独特なんだ。夢魔は夢の中でそういう行為をする。夢を見ている本人はエロい夢としか思ってないんだけど」


 誰もが一度はエロい夢を見たことがあるだろう。仕方がないことだ。俺もよく見る。まあ、俺の場合はイルが悪戯している場合が多いけど。


「女性の夢魔だったら、誰かの心の中でバレないようにひっそりと出産するらしいんだけど、男性の夢魔は、お腹に子供がいる女性を孕ませるんだ。すると、お腹にいる子供は夢魔の力を引き継ぐ」


 ヒースとエリカの頭の上にハテナが浮かんでいる。話がよくわからないのだろう。俺も言っていてよくわからなくなってきた。説明し辛い。


『ややこしくなったな。ヒースはただわれら夢魔の力を受け継いだと思えばいい。夢魔の先祖返りだとな』

「えーっと、私のお父様とお母様は、本当のお父様とお母様で、でも、イルちゃんと同じ力を持ってるってこと?」

『姫様は夢魔という精神の妖精の力を受け継いで、姫様のお力はそのせいだと…』

「簡単に言うとそういうこと」


 俺のわかりづらい説明を頑張って理解してくれてありがとうございます。


「じゃあ、イルちゃんと同じことができるの?」

『純粋な夢魔ではないから多少能力は制限されるが、ある程度は可能だな。ちゃんと力を使えるようになれば、他人の夢を覗くこともできるぞ。現実と同じように経験することもな。特に主様ぬしさまの夢がオススメだ。主様ぬしさまはすごいぞ』

「あれ以上ってこと?」

『ああ。あれ以上だ』


 イルはニヤッと笑い、ヒースは、ゴクリ、と喉を鳴らした。

 だから、何故顔を赤くしてチラチラと下半身を見つめるんだ!?

 変なことを教えているであろうイルにはグリグリの刑です。今回はちゃんと痛くさせます。

 エリカさん。俺のせいじゃなくてイルのせいだから! ヒースに変なことを教えたのは俺じゃないから! 冷たい目で睨まないでください!





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いろいろ複雑なのですが、ヒースは様々な妖精の血が濃く、その中でも樹妖精ドライアドと夢魔が強いと思っておいてください。

作者もどう書けば上手く伝わるのかわからず、書くのに苦労しました…。


ちなみに、この作品では、夢魔と淫魔は別物です。

夢魔はリリスやバク、淫魔はサキュバスやインキュバスと呼ばれている設定です。

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