第127話 虹色の皇女

 

 次の日の朝食も皇族と一緒だった。皇王陛下に皇王妃殿下、皇女殿下と皇子殿下の四人がテーブルに座っている。

 全員そろっているはずなのに、食事が始まらない。と思ったら、一人分の席が空いていた。俺の対面の席だ。ここに座るとしたら、俺がまだ会っていない第二皇女ヒース殿下しかいないだろう。

 彼女は、心を読む化け物と恐れられてるらしいんだけど、本当にそうなのだろうか? ちょっと気になる。

 少し待っていると、ドアが開いて二人の女性を伴った少女がやって来た。

 その瞬間、俺は目を丸くして、思わずあんぐりと口を開けて固まってしまった。


「申し訳ございません。遅くなりました」

「待ってたよ。座りなさい、ヒース」

「はい、お父様」


 ヒース殿下が椅子に座った。

 彼女は、手足や首など、ほとんど肌を露出させない服を着ていた。見た目は十代半ば。肌は透き通るほど白く、髪は黄色を帯びた白髪だった。色素が一切ない。多分、アルビノだ。妖精めいた可愛らしい顔立ちをしている。後ろに待機するメイドのエリカと顔がよく似ていた。姉妹のよう。

 彼女の瞳は色鮮やかだった。見る角度や光の角度によって、様々な色に変化する。彩り鮮やかな綺麗な瞳。

 なんて言えばいいんだろう? 万華鏡? 極光オーロラ? 虹?

 宝石で例えるなら虹色に光る蛋白石オパールだ。

 ヒース皇女殿下が、綺麗な蛋白石オパールの瞳に悪戯っぽい輝きを宿し、ニッコリと微笑んだ。


「初めまして、シラン様。私はヒース・フェアリアと申します」


 俺は、ヒース皇女殿下の可愛らしい声でハッと我に返った。


「お、俺…いえ、私はシラン・ドラゴニアです。以後、お見知りおきを」

「ええ、よく知っています」


 ヒース皇女殿下はクスっと笑い声を漏らし、連れて来たエリカではないもう一人の女性と顔を見合わせた。二人はとても楽しそう。ニヤニヤにしている。

 俺は驚愕の元凶であるその女性をジト目で睨んで念話を飛ばした。


『おいコラ! なんでここにいるんだ、イル!』


 俺の使い魔のイルが姿をコロコロと変えて、俺のそばで顕現と消失を繰り返しながら、楽しげに、くくくっ、と笑う。


『ドッキリ大成功と言っておこうか、主様ぬしさまよ。主様ぬしさまの驚く顔はとてもおかしかったぞ』

『うっさい! 質問に答えろ! どうしてイルがここにいる!?』

『どうしてって、友の近くにいてはダメなのか?』

『友? ………って、まさかっ!?』

『ヒースはわれの友だ。この間言ったであろう?』


 その時のことは覚えてる。ローザの街に行く途中だった。イルに友達ができたのかってとっても驚いた記憶がある。でも、名前は聞いてない! よりにもよってヒース皇女殿下かよ!?

 イルの友達のヒース皇女殿下は俺をニコニコ笑顔で見つめている。あちこち視線を向けていることから、イルの姿が本当に見えているのだろう。他の誰もイルには気づいていない。

 ヒース皇女殿下の背後にいるエリカは、青緑色の金緑石アレキサンドライトの瞳でクールに俺を睨んでいる。


「では、いただきましょうか」


 皇王陛下の一声により朝食が始まった。美味しいは美味しいんだけど、驚きからまだ立ち直れず、味を楽しむ余裕がない。

 イルがヒース皇女殿下に変なことを喋ってないといいんだけど…。


「ヒースでいいですよ、シラン様」


 えーっと、本当に俺の心を読めてる? イルに頼ることなく?


「はい!」


 ヒース皇女殿下……おっと。にこやかな笑みで威圧されてしまった。ヒースですね。了解です。ヒースは本当に自分の力で心を読むことができるようだ。珍しい能力を持ってるな。

 イルとは仲が良さそうだ。


「ええ。仲良くさせていただいています。シラン様のことも詳しく教えてもらいました」

『イ、イルさーん! 何を教えたんだ!? ヒースが顔を真っ赤にして恥ずかしがってるんだけど!?』


 ヒースにバレないように細工を施して、姿を変えて顕現を繰り返すイルに念話で問いかけた。


『何ってナニに決まっているだろう?』

『おいコラ! 十代前半くらいの女の子に変なことを教えるな! お仕置きだ!』


 契約者の権限で、イルを小さい子供の姿の状態で膝の上に座らせた。

 いたずらっ子を確保。そのまま座っていろ!

 でも、イルはフワッと消え去り、別の場所に現れる。俺の頭の上に重さを感じた。

 豊満な身体を持つ女性の姿になったイルが、プカプカと宙に浮かびながら、俺の頭に重量感のある胸を置いている。


『ここのほうが主様ぬしさまの食事を邪魔しないであろう?』

『そりゃそうだけど、ヒースがキラッキラした瞳で見つめてくるんだけど…』

われの友はそういうことに興味津々なお年頃だからな。おませさんだ。可愛いだろう? われが経験したことを夢の中で追体験させてやった。将来有望だぞ』

『イルさんっ!?』

『次は主様ぬしさまの夢の中に放り込んでやろうか? そこのクールビューティなメイドも一緒にどうだ? 夢の中だから何をしても許されるぞ? 夢の中の主様ぬしさまは特に激しいからな。大丈夫だ。目覚めた時には忘れさせてやる』


 それは絶対に俺のほうを忘れさせて、ヒースとエリカはバッチリ覚えたままにしておく気だよね!? バレてるからな!

 よし。あとで頭をグリグリしてやろう。

 ニコニコ笑顔だったヒースが、兄の第一皇子ジン殿下に顔を向ける。


「お兄様はピーマンがそんなに嫌いなの? お子ちゃまだなぁ。私が貰ってあげようか? その代わり、レタスあげる! 交換しよ! ……お前もお子ちゃまって言うなぁ~! いいもんいいもん! お姉様にレタスあげるもん! その代わりお姉様のトマトを貰ってあげる! お兄様はピーマン地獄を味わえ~!」


 何も言っていないジン殿下のお皿にピーマンを入れる素のヒース。ジン殿下の顔が若干青くなった。やーいやーい、と兄を揶揄いつつ、ヒースは姉のエフリ殿下のお皿に勝手にレタスを入れると、交換としてトマトを奪った。


「ヒース。ちゃんと食べなさい」

「と言いつつも、お姉様は心の中では喜んでるじゃん! 超嬉しそうだよ!」

「うぐっ!?」


 エフリ殿下はビクッと身体を震わせて、スゥっと顔を逸らした。

 ヒースは今度は父の皇王陛下に顔を向ける。


「あっ、『好き嫌いせずに食べなさい』ってお父様は思ってるけど、お父様だって野菜嫌いじゃん! 私、知ってるんだよ! 自分だけ苦手な野菜を少なくしてもらってること! お兄様もお姉様もそう思うよね? ずるいって思うよね? お母様は知ってたんだ。えっ? 偶にこそっと野菜を押し付けられる? へぇーそうなんだぁ。それは知らなかった。お父様もお子ちゃまだね!」


 誰一人喋っていない。なのに、ヒースは一人で喋り続ける。口数が多い。お喋り好きなのだろう。一人で他人の心を代弁して、一人で喋ってる。

 エリカが僅かに頭を下げた。


「………」

「はーい。エリカの言う通り、静かに食べまーす」


 無言でエリカに窘められたようだ。少しの間、黙ってパクパクと食べるヒースだったが、やっぱり我慢できなくなったようだ。すぐにマシンガントークを炸裂させた。食事中は、ほとんど一人で喋っていた。

 俺は、頭の上のイルの柔らかな胸の感触を楽しみながら、終始ヒースのお喋りに圧倒されていた。



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どうも! クローン人間です。

というわけで、ヒースが喋っていた彼女の正体が判明しましたね。

シランの使い魔のイルでした!

最初から予想している読者様もいらっしゃいましたね。

そして、ヒースは蛋白石オパールの少女でした。

これからどうなるのかお楽しみに!


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