第129話 力の封印
十代前半の少女の姿になったイルを膝に乗せ、お腹に手を回して抱きしめながら、ヒースとお喋りをしている。
お喋り好きのヒースがほとんど一方的に喋り、時々俺が答えるって感じだ。でも、全然不愉快な気分にはならない。ヒースはお喋りが上手だ。
ヒースは、マシンガントークの合間にエリカから差し出された紅茶をコクコクと飲む。ホッと一息をついて俺とイルをじっと眺める。
「いいなぁ。イルちゃんには彼氏がいて」
『ふっ。どやぁ』
イルは俺の首に手を回して唇にキスをして、渾身のドヤ顔をヒースに向ける。ヒースは、頬を赤らめながらも、こめかみに青筋を浮かべた。
「ムカッ! シラン様! そのままイルちゃんを捕まえてて! いつもいつも素敵な彼氏との惚気話を独り身の私に自慢するイルちゃんには制裁が必要だよ! こんのぉ~! リア充爆発しろぉ~!」
俺めがけて、いや、正確には俺が抱き締めているイルめがけて、ヒースが飛び掛かってくる。
まあ、いつもいつも彼氏の惚気話を聞かされてたら、誰でもイラッとしてくるよね。気持ちはわかる。
でも、飛び掛かってきたヒースは、空中で同じくこめかみに青筋を浮かべたエリカによって捕獲された。首根っこを掴まれ、猫のようにプラ~ンと持ち上げられる。
『ひ・め・さ・まぁ! 不用意に殿方に近づいてはいけません! 可愛らしい姫様は欲望にまみれた性獣にパクっと食べられてしまいますから! 男は皆
「でも、気持ちよさそうだったよ?」
『あれのどこが気持ちいいのですかっ!? 苦痛と嫌悪しかありません! お願いですから、姫様は私と同じ道を歩まないでください!』
「………はーい」
プラプラと揺さぶられながらお説教されたヒースは、シュンと小さくなって大人しくなった。そのままエリカによって、ソファに優しく下ろされた。
赤紫色の瞳になったエリカのお説教は続く。
『それに、飛び掛かるなんてはしたないです。姫様は一国の姫なのですから、もっとお上品にしてください!』
「えぇー! ここには私たちしかいないじゃん!」
『シラン殿下もいらっしゃいます! これでも一応ドラゴニア王国の王子殿下のはずなのです! たぶん…』
「エリカさ~ん! 俺に失礼ではありませんか~? 一応でもなく、はずでもなく、たぶんでもなく、れっきとした王子なんですけど」
俺の言葉は華麗に
「でもでもぉ~、シラン様の傍ってなんか安心しない? リラックスするというか、心安らぐというか…。エリカもそう思うでしょ?」
『…思いません』
「えぇー! 今答えるまで一瞬間があったよ! 絶対思ってるでしょ」
問い詰められたエリカは一瞬だけ赤紫色の瞳を揺らした。
エリカはさっきから赤紫色の瞳ばかりだ。余程ヒースのことが好きらしい。妹を可愛がる姉のよう。ヒースを見つめる眼差しは優しく、笑顔も多い。ハッと見惚れるほど美しい。
『それはたぶんケレナのせいだな』
俺の腕の中のイルが念話してきた。俺はイルのお腹をフニフニしながら念話を返す。
『どういうことだ?』
『あれでも世界樹。存在自体が世界樹であり精霊、この国では妖精か。自然界の頂点だ。妖精の血が流れるヒースたちは、ケレナと契約している
『えっ? あいつは家畜の雌豚だろ?』
『んほぉぉおおおおおおおお♡ ごしゅじんしゃまぁぁぁああああああっ♡』
ふざけて言ってみたら、即座にドМの世界樹から念話が届いた。艶やかな嬌声が頭に響く。
ドМセンサーでもついてるのか? 一体どうなっているんだろう?
そして、不死鳥の
『ちょっと! ご主人様、今ケレナを罵ったでしょ! こっちは今食事中! 朝っぱらから食事中に変なもの見せないでよ! 食堂が水浸しになって、アヘ顔の変態がピクピクしてるんだけど!』
『んひぃぃいいいいいいいい♡ アヘェ~♡』
『あっやばっ…もっと酷くなっちゃった…』
あの変態はどうしようもない。ごめん、と
「あぁ~あ! 私も彼氏欲しいなぁ~。イチャイチャしたいなぁ」
でも、チラッチラッと俺を見つめるのは気のせいか? 気のせいじゃないな。
赤紫色の瞳でエリカが冷たく睨んでくる。
『姫様に手を出したら殺します!』
おぉー怖い。強烈な殺気を向けられて背筋がゾクッとした。冷や汗がドバドバと流れる。身体に薄く光り輝くオーラを纏っている気がする。あまりの感情の昂りに、膨大な魔力が漏れ出しているのだ。
「手は出さないから!」
『……手以外を出すおつもりで? 斬り落としますよ?』
「何を斬るつもりなのっ!?」
どことは言わないが、ある場所がヒヤッとしたではないか! イルでガードします!
俺はイルのお腹や頬をフニフニして過ごす。何というモチ肌。気持ちいい。
ちょっと不貞腐れていたヒースが何かを思い出した。
「あっ。お父様から言われていたんだった。シラン様に街を案内してみないかって」
そう言えば昨日の夕食で皇王陛下が言っていたな。俺は街を歩いてみたかったから大歓迎なんだけど。
ヒースは残念そうにソファに横になった。エリカから即座に注意されるが、ヒースは起き上がらない。我儘を言う子供のように手足をバタバタさせる。
「うぅ…この力さえなかったら喜んで案内するのに…」
「どういうことだ?」
「勝手に周りの人の声が聞こえるの。力を抑えられないの。城の中は心がどす黒い貴族は多いし、使用人たちは私を恐れてるし、だから、この誰もいない塔の上に閉じこもってるの。人が多いと心の声が一斉に襲ってきて頭がパンクしそう」
なるほど。そういうことか。だからこんな牢獄みたいな場所に住んでいるのか。
力が制御できないのは大変だな。勝手に他人の心が聞こえてくるのは辛いだろう。
「力、抑えようか?」
「えっ!? 出来るのっ!?」
ヒースはガバっと勢いよく起き上がった。期待で
『今回は
「出来るなら早く言ってよ、イルちゃん! 全部お願い! 一度でいいから普通の女の子になってみたい!」
『ふむ。よかろう』
「ちょっと待て、イル! 全部は止めたほうがいいだろ!」
「えぇー! 私は良いもん! こんな力いらなーい」
ヒースは、早く早く、とイルを急かす。
はぁ…ヒースは全然わかってないみたいだな。生まれ持った夢魔の力を全部封じるということが、どれだけのことか全く理解していない。
悪戯っぽい笑顔で、イルが俺にだけ念話を繋げる。
『調子に乗っている友には少し痛い目にあって欲しくてな』
『…ほどほどにな。絶対にヒースから目を離すなよ』
『わかっている。友を見殺しにするつもりはない』
俺の膝の上から消え去ったイルは、ヒースの目の前に現れ、空中にプカプカと浮かんでいる。
『少しじっとしていろ』
イルは、ヒースの額を人差し指でチョンッと軽く突いた。
ヒースは目をパチクリとさせる。キョロキョロと辺りを見渡し、エリカをじっと見る。そして、目を見開いた。
「おぉ! エリカの声が聞こえない! すごいすごーい! おほぉ~! これが普通の女の子なんだね! すごいすごい! 全く聞こえないよ! ねぇねぇエリカ! 何か心の中で言ってみて!」
『シラン殿下の馬鹿野郎』
「ちょっとエリカさん! 何言ってんの!?」
『はて? 私は何も申し上げておりませんが? 私は喋れませんからね』
すまし顔のエリカ。本当にいい性格をしている。
確かに喋れないが、念話を繋げているから、ちゃんと伝わってるんだぞ!
「おぉー! 本当に聞こえなーい! ねぇねぇ! なんて言ったの? エリカは何て言ったの?」
『シラン殿下の阿呆と言いました』
「さっきと違うよね? さっきは馬鹿野郎って言って、今は阿呆って言った! 酷くない!?」
「エリカ、そんなこと言ったの? もう! メっだよ!」
申し訳ございません、と言いたげに、エリカは優雅に一礼した。ヒースは満足げに頷く。でも、エリカは心の中で全く別のことを言っていた。
『なるほど。シラン殿下はダメダメだと…。流石姫様。シラン殿下がダメ男ということをよく見抜いていらっしゃいます』
『エリカさ~ん。聞こえてますよ~』
『はて? 何のことでしょう、ダメ男殿下?』
もはや隠す気がないらしい。そんなに俺を揶揄って楽しいのか?
ズバズバ言って揶揄ってくるエリカの性格は好きだけどさ…。まあいいか。
俺は膝の上に戻ってきたイルを抱きしめ、読心の力を封じられたヒースとお喋りをしたり、エリカの言葉を代弁したりして、過ごすのであった。
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