第123話 無言のメイド

 

 首に大きな傷がある女性に注目していると、隣のメイドが慌てて頭を下げて説明してくる。


「ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。すぐに退出させますので」


 じっと見つめたことで気を悪くしたと思ったのだろう。傷のあるメイドが部屋から出て行こうとする。でも、俺は彼女を呼び止めた。


「待て。別に気にしなくていい。ちょっとビックリしただけだ。俺のほうこそ気を悪くさせてしまったかな?」

「………」


 立ち去ろうとしたメイドは持ち場に戻り、無言で首を横に振った。

 どうやら彼女は声が出せないらしい。丁度声帯の辺りに傷がある。そのせいで喋れないのだろう。


「彼女はとある理由で怪我を負い、喋ることができません」


 とある理由ね。明らかに人為的な傷なんだけど。刃物でスパッと斬り裂かれた傷だ。

 喋ることができない彼女が俺のお世話係になっているということは、傷があることなんかどうでもいいくらい有能なのだろう。よく観察すると、他の侍女たちも彼女に敬意を払っている。リーダー的な立場にいるらしい。


「仕事ができるなら傷なんか気にしないさ。でも、傷は大丈夫なのか?」

「………」


 傷のあるメイドは無言でコクリと頷く。無表情で少し冷たいというか、クールな印象がある。

 大丈夫ならそれでいいか。

 さてと、ゆっくりする前に恋する乙女を迎えに行かないとな。あんまり遅いとピュアとインピュアが怒ってしまう。


「そこのメイドさん? 厩舎に案内してくれないか? 俺を運んでくれた子たちを労いたいからね」

「………」


 傷のあるメイドを指名すると、一瞬だけ悩んだ様子を見せたが、すぐに頷いて一礼した。他のメイドに目配せをして、部屋を任せると、優雅な動作で俺を案内してくれる。

 俺とさほど年齢は離れていないはず。それなのに洗練された動き。体に染みついた動きだ。彼女は貴族の出身なのかもしれない。城のメイドとして働く貴族令嬢も多いから。

 使い魔兼メイドのソラとランタナを始めとする近衛騎士数名を引き連れて、植物が多い城の中を歩いて行く。

 ちょっと悪戯を思いついた。彼女は喋ることはできない。でも、念話なら意思疎通ができるはずだ。


『おーい! 聞こえるー?』


 前を歩くメイドがビクッと一瞬だけ肩を震わせた。青緑色の瞳でチラリと一瞥したが、何事もなかったかのように案内を続ける。仕事ができるメイドだな。


『念話…ですか』


 クールで凛とした美しい声が返ってきた。喋ることはできない相手と話すには念話はとても便利だ。

 何事も無いように歩き続けながら、俺と彼女は心の中で会話を続ける。


『改めて、今日からよろしく』

『……ええ。よろしくお願い致します。何なりとお申し付けくださいませ』

『じゃあ、名前を教えて』

『ナンパですか?』


 冷たく蔑んだ美しい声が頭の中に響き渡る。チラリと一瞥した青緑色の瞳は凍り付くくらい冷たい光を宿していた。敵意たっぷり。

 おぉー怖。でも、ちょっと新鮮。


『名前を知ってたほうが用事をお願いしやすいだろ?』

『……エリカと申します』

『エリカね。了解。もう覚えた。エリカはメイドの中でも結構上の地位にいる?』

『……いいえ』


 ありゃ? 違った? 俺の予想は外れてしまったか。当たってると思ったんだけどな。


『私は、殿下のお付きとなった侍女たちとは別の部署に配属されております。上司も部下もおりません』

『上司も部下もいないねぇ。もしかして、誰かの専属メイドだったり?』

『そういうことになります。ですので、私はあるじのお世話のために時々抜けさせていただきます。殿下の湯あみのお時間だろうが、夜伽の真っ最中だろうが、あるじを優先いたしますので、ご了承ください』

『俺、他国の王子なのに? 大事な客なのに?』

『それが何か?』


 冷たい声でバッサリと拒否を告げられた。振り向くことさえしない。見たくもない、という拒絶を感じる。そして、あるじに対する忠誠心を感じる。

 嫌われてしまったかなぁ。でも、俺はエリカみたいなズバズバ言う女性は嫌いではない。


『くくく!』

『何がおかしいのですか?』

『いやいや。気に入ったよ。普通なら殺されてもおかしくないことを平然と言うなんて、大した忠誠心だ』

『お褒めいただきありがとうございます。ですが、これは心の中の会話です。発言した証拠はありません。それに、私は喋ることができませんし』

『そりゃそうだな』


 心の中で喋った会話を理由に処刑なんてどこの暴君だ。俺はそんなことをするつもりはない。

 それに、ズバズバ言うエリカとの会話はとても楽しい。

 俺たちは城を出る。植物が多く植えられており、庭園は植物園のようだ。後でゆっくり案内してもらおうかな。

 平然と歩きながらエリカが会話の続きをする。


『ですが、あるじのお世話の時間以外はどうぞお好きに。声は出ませんし、純潔ではございませんが、私の身体も自由にお使いください』

『使いませんよ!』

『なるほど。殿下は処女厨と』

『違う! 全然違う!』

『そうなのですか? ですが、大の女性好きと有名ですよ、夜遊び王子殿下。数多の女性とご関係をお持ちだそうですね。お付きの侍女は全員純潔なので、手を出すときは優しくお願い致します』


 エリカは青緑色の瞳で蔑み、冷たく睨んでくる。


『それとも、痛みで泣き叫ぶ女性を眺めて楽しみ、興奮し、快感と嗜虐心に浸るご趣味が?』

『ありません! それに、他の女性に手を出したら婚約者にお説教されるからしません! 侍女には、お風呂やベッドに来なくていいって筆談かなんかで伝えといて!』

『かしこまりました』


 やっぱり俺は夜遊び王子で有名なのか。なのに何故この国は俺を招待して大歓迎しているのだろう?

 情報が足りなくてわからないな。今夜ちょっと情報を集めるか。


『エリカはもしかして結婚してる?』

『……………いいえ。しておりません』


 純潔ではないらしいから問いかけてみたけど、エリカの返答に間があった。怒りや憎しみ嫌悪という感情が一瞬放たれた。無意識に首の傷を撫でている。

 どうやら訳ありのようだ。


『エリカ?』

『……申し訳ございません。少しボーっとしておりました』

『そっか』

『……お聞きになられないのですか?』

『話したくなさそうだったから』

『いえ別に。城では有名なことですので、歪曲した話を聞く前に、私が直接お話しして差し上げましょう』


 おぉ…上から目線。クールで毒舌だったり、ちょくちょく俺を揶揄ってきたり、いい性格してるな。ますます気に入った。

 エリカは感情を混ぜることなく、些細なことのようにただ淡々と事実を述べる。


『私は結婚しておりました。過去の話です。今は離婚しております。ある貴族の男に嫁いだのですが、子供もできず、捨てられました。喉の傷は結婚中に夫だったクソ野郎に斬られたものです。私の声が耳障りだったそうで。瞳も気持ち悪いと潰されそうになりました』

「はぁっ!?」


 思わず声を上げてしまった。周囲の人がビックリしてしまったようだ。ごめんなさい。

 エリカの声が耳障り? 瞳が気持ち悪い? どっちも綺麗だろうが!

 そしてさりげなくクソ野郎って言いませんでしたか?


『離婚後、実家とも縁を切りました。私は今お仕えする主に拾われ、専属侍女して働いております。今では捨ててくれたことに感謝してますね。………あの親子なんか死ねばいいのに!』


 エリカさ~ん! 心の声が漏れてますよ~! 俺に聞こえてますよ~!

 親子ってことは元夫の親も酷かったのか?


『私のどうでもいい話はこれにて終わりです。厩舎が見えてまいりました』

『おぉ。本当だ』


 とても気になったし、言いたいことが沢山あったが、エリカは、これ以上何も言うな、という冷たい圧力を放っていた。だから、俺は口を噤んだ。

 城の厩舎はやはり立派な建物だった。

 力強そうな馬が繋がれたり、近くの広場を走ったりしている。

 俺たちドラゴニア王国の所有する馬も丁寧に扱われている。死なせたら大変なことになるからな。

 すると、その厩舎から、何やらもめる声が風に乗って聞こえてきた。


「だから、その馬を俺に寄越せと言っている!」


 一体何事だ?

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