第122話 フェアリア皇国
ドラゴニア王国の王都を出発して、馬車で揺られること一週間。道中は何も起こることが無く、順調に進み、とうとうフェアリア皇国の皇都に到着した。
隣国のフェアリア皇国は、自然を司る妖精を崇める豊かな国だ。街は木造の建物が多く、街路樹や花壇など植物がとても多い。植物で統一された綺麗な街並み。
国民には妖精の血が流れており、美男美女ばかりだ。
彼らの注目を集めながら、俺たちの隊列は皇国の城へと向かう。
『緑の城』。それがフェアリア皇国の城の別名だ。何故『緑の城』なのかというと、城の壁が全て植物の葉で覆われているからだ。蔦の植物で全部緑色。
朽ちて生い茂った様子は一切なく、とても美しい。城を覆う植物を管理するための専属庭師がいるらしい。その庭師のおかげで枯れることはないんだとか。
歓迎を受けながら城門をくぐる。馬車が止まり、扉が開かれる。
俺はゆっくりと馬車から降りた。
「お疲れ様」
ずっと馬車を引いてくれたピュアとインピュアを撫でる。二人は嬉しそうにスリスリしてきた。
『べ、別にこれくらい大したことないわよ!』
『沢山引けて楽しかった~! でも、ゆっくりだったのが不満~!』
「そっかそっか。なら、今度頼むよ。皇国を空から眺めるのも楽しそうだ」
『約束~!』
『絶対! 絶対よ! 約束破ったら承知しないから!』
「はいはい。絶対な。二人はどうする? 馬車を移動させないといけないんだけど」
普通なら馬車ごと異空間に仕舞うのだが、ここは別の国だ。馬車を置く専用スペースや馬小屋も存在する。今日のために場所を確保してあるだろう。
『このまま馬車を運んであげる! 感謝しなさい!』
『でも、あとで迎えに来て~』
「顕現を解けばいいじゃないか」
『乙女心をわかってな~い!』
『やっぱり、好きな人に迎えに来て欲しいのよ! ……あっ、別にアンタのことなんか好きじゃないんだからね!』
出た。インピュアさんのツンデレ。とても可愛い。そして、弄りがいがある。
「そうなのか…インピュアは俺のことが好きじゃないのか…」
『インピュアサイテー! 私はマスターのこと大好き~!』
『ち、違っ! 私だって大好きなんだからぁ~! ばかぁ~!』
デレを頂きました! ありがとうございます!
いや~実にインピュアは揶揄い甲斐がある。二人っきりの時はツンは一切なくなる。だから、こういう時に弄らなければ。
二人が馬車を移動させてくれるということなので、あとは任せるか。一応ハイドにもお願いしておこう。
「ハイド。ピュアとインピュアを頼む」
「かしこまりました」
ダンディな執事姿のハイドが一礼した。
ピュアとインピュアに変なちょっかいを出されても困るからな。ハイドが居れば大丈夫だろう。
俺はソラを始めとする使い魔のメイドたちや、ランタナたち近衛騎士団、そして、今回連れてきた外交を担当する文官を引き連れ、城へと向かう。
玄関ホールでは、大歓迎を受けた。なんか皇王陛下もいる。一体何で!?
即座に最敬礼を行う。
「顔を上げてください、シラン王子」
優しげな声だった。フェアリア皇国の皇王オベイロン・フェアリア。顔立ちは整っており、爽やかハンサムな男性だ。甘いマスクで女性に人気そうだ。
何故ここに皇王陛下がいる? 普通は、同格の王の時くらいしか出迎えないはずだ。まずは来賓を部屋に案内して、少し休ませてから謁見のはずなのに。
明らかに陛下の妻、皇王妃ティターニア殿下やその子供たちもいる。あれは第一皇女エフリ殿下と第一皇子ジン殿下だろう。あと一人皇女殿下がいるはずだが、姿が見えない。
何この待遇は!? 王に匹敵するくらいの待遇じゃないか!? 王子の俺の出迎えにはふさわしくないはずだ! 王子の俺はもう少し出迎えのランクを下げるのが普通だぞ。
「ようこそフェアリア皇国においで下さりました。僕たちはシラン王子を歓迎いたします」
笑顔で手を差し出してくる皇王陛下。俺も笑顔で握手をする。でも、心の中では盛大に混乱している。
裏は何だ? 夜遊び王子として有名な俺を招いた理由は何だ? 何故こんなに大歓迎なんだ?
王として君臨する陛下の表情からは一切読み取れない。まあ、読み取れるようでは王失格だ。陰謀渦巻く国の統治などやっていけない。
「長旅でお疲れになったでしょう。部屋を用意しましたので、ゆっくりとお休みください」
「感謝申し上げます、皇王陛下」
その後少しやり取りをして、大歓迎を受けた俺は美形の侍女たちに案内され、用意された部屋に向かった。流石に皇王が案内することはなかった。
案内された部屋はこれまた豪華な部屋だった。でも、植物が多く飾られている。
まあ、王子ならこんな部屋に案内されるのが普通か。あの大歓迎がおかしすぎるだけだ。
ソファに座ると、侍女たちが一礼して出て行く。残ったのは数人だ。
俺もメイドを連れて来ているし、数は必要ない。それに、他国の要人の周りに大勢の侍女を配置するのは普通嫌がられる。監視されている気分になるから。
「本日からシラン王子殿下をお世話いたします。何か御用がございましたら、何なりとお申し付けください」
「わかった」
せめて顔は覚えようと侍女たちを観察したところ、一人の女性が目に入った。
メイド服を着た妖精めいた顔立ちの美しい女性。白みがかった黄金に似た黄色の髪はボブカット。胸は大きくもなく小さくもない。瞳は青緑色だ。宝石のように輝いている。
年齢は俺とさほど変わらないだろう。
美しい女性だが、目に留まったのはその美しさのせいではない。
彼女の首にはくっきりわかる傷が、刃物で横に深く斬り裂かれた痛々しい傷痕が残っていた。
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