第120話 露店

 

 家から抜け出して街を歩いていると、一度だけあったことのある紅榴石ガーネットの瞳を持った冒険者のアルストリアという女性に出会った。彼女も仲間に黙って出かけたらしく、追われているそうだ。

 そして、カモフラージュとして、何故か俺たちはデートをすることになった。腕を組み、片手には先ほど買ったアイスを持って、食べながら街をぶらつく。


「んぅ~美味しい。食べ物は美味しいし、街は賑わってるね」

「そりゃ王都だからな」

「あたしの国とは全然違う」


 黒いフードを被ったアルスが紅榴石ガーネットの瞳を輝かせて、辺りをキョロキョロと見渡している。全てのものが新鮮らしい。とても楽しそうだ。

 確か、アルスはヴァルヴォッセ帝国の出身だったな。一応国交はあるが、昔から戦争を繰り返し、今は長らく停戦状態だ。最近になってようやくお互いの国に行き来できるようになった。


「帝国の都はどんな雰囲気なんだ?」

「ん~とね、もっとギスギスしてるかな。帝国は実力主義で、強者こそが偉いっていう考えだから、いつもピリピリしてる。街中で腕試しとか戦闘とか普通にあるわね。物騒な街かな」

「なんか食べ物も豪快なイメージだな」


 ムキムキの男たちが豪快に肉に齧りついているイメージが思い浮かぶ。骨付き肉とか、巨大なステーキとか。

 でも、流石にそれは……。


「その通り! 肉が中心だし、美味しく食べるよりも強くなるための栄養補給って感じだし、もう嫌になる! はぁ…この国に生まれたかった…」


 俺のイメージ通りだったようだ。まさか本当にそうだったとは…。

 アルスはプンプン怒り、アイスを舐めて幸せそうに顔を蕩けさせる。

 彼女は自分と俺のアイスに軽く手を振る。氷の魔法が発動した。

 溶けないようにしてくれたらしい。ありがたい。


「帝国ではあたしみたいな魔法使いが蔑まれてるの。軟弱者なんだって。便利なんだけどねぇ」

「だから冒険者になったのか?」

「そういうこと。周りからも家族からも冷たくされちゃって、家を飛び出しちゃった。あっ、でも全員じゃないよ。姉様は優しくしてくれたし、フウロもラティも」

「そっか。まあ、気に入ったのなら好きなだけこの国にいればいいさ」

「うん、そのつもり。でも、この前のローザの街の《死者の大行進デス・パレード》は止めて欲しいなぁ。あれは死ぬかと思った。折角温泉旅行に行ったのに…」


 あぁー。アルスもあの湖で出会った後、ローザの街に行ったのか。冒険者だから防衛に駆り出されたのか。お疲れ様です。

 んっ? さっきからチラチラと俺の手元を見ているが、俺のアイスを食べたいのか? 食べかけだぞ。


「食べるか?」

「うん!」


 即座に頷き、躊躇することなく俺のアイスをペロペロ舐めた。

 大丈夫なのか、この美女は? 間接キスになるんだけど…。彼氏とか夫とかいないの? 冒険者だから気にしないのか? でも、裸を見た時は初心そうだったな。

 幸せそうだから細かいことは気にしなくていいか。

 俺は彼女の手に持ったアイスをじーっと見る。それに気づいたアルスは自分のアイスを俺から隠した。どうやら俺にはくれないらしい。


「あ、あたしのはあげない!」


 パクっとアイスに齧りついた。それはちょっと口に入れすぎじゃ…遅かったか。


「ちゅめたっ! くぅ~! あちゃまいちゃ~い!」


 口の中の冷たさと、襲ってきた頭痛で苦しんでいる。でも、とても美味しそう。にやけながら苦悶している。

 大人びた見た目なのに行動は少し幼く感じる。そのギャップがとても可愛い。


「俺はアルスのアイスは食べないから、ゆっくり味わって食べろ」

「……うん、そうする。ねえ! シランのアイスもっと食べていい?」

「どうぞー」

「やった!」


 俺たちはアイスを食べながら王都の街を散策した。

 たどり着いたのは露店が開かれている通りだ。申請すれば誰でも露店を開くことができる。時々、掘り出し物もある。眺めるだけでも楽しいエリアだ。

 アイスを食べ終わったアルスが紅榴石ガーネットの瞳をキラキラさせる。


「盛況ね」

「この辺りは特にな。毎日毎日露店も変わるし、見るだけでも楽しいぞ」

「シラン、行こ♪」


 俺はアルスにグイグイと引っ張られて賑やかな通りに足を踏み入れた。

 あっちを眺め、こっちを眺め、アルスが行きたい場所に連れて行かれる。

 思わず、どこかの幼馴染を思い浮かべてしまった。アルスの行動はジャスミンにとても似ている。


「次はあそこ!」

「はいはい」


 アルスによって腕を引っ張られ、連れて行かれた先は、アクセサリーなどの小物を売っている露店だった。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃい…ましぇ」


 売っているのは猫系の獣人の親子。痩せた身体だが、少し大きめの胸のおっとり美人の母親と、レナちゃんくらいの可愛らしい娘のようだ。母親の瞳は赤みがかった金色。太陽のように輝いている。それに対して、娘の瞳は青みがかった銀だ。まるで月のよう。

 もしかして、ソノラが言ってた露店か?


「ゆっくりとご覧になってください」

「くだしゃい…」


 可愛らしい女の子だ。ぺこりと頭を下げるのが可愛い。

 俺、こういう小さい子に弱いんだよ。よし、飴をあげよう!


「どうぞ。飴あげる」


 しゃがんで視線を合わせ飴を取り出すと、女の子はパァッと顔を輝かせた。母親に、貰っていいの、と視線で問いかける。母親はおっとりと微笑んで頷いた。


「セレネ。ちゃんとお兄さんにお礼を言いなさい」

「ありがと、にぃにぃ!」

「どういたしまして」


 女の子は飴をパクっと咥えた。美味しそうに舐め始める。

 可愛かったので頭をナデナデする。どうやら、女の子になつかれたようだ。むぎゅっと手を繋いできた。

 どこからかロリコンと言われそうだ。特にインピュアから。


『じゃあ、言ってあげるわよ、このロリコン! ペドファイル!』


 誰がペドファイルだ! 俺は幼児・小児を対象とした性的嗜好、所謂ペドフィリアの性癖持ちじゃない! ロリコンでもない!


「お菓子をありがとうございます。そして、娘が申し訳ございません」

「いえいえ、お気になさらず。セレネちゃんだっけ? お兄ちゃんが抱っこしてあげよう」

「きゃー!」


 セレネちゃんは抱っこされて大はしゃぎ。とても嬉しそう。

 ふっふっふ。孤児院で鍛え上げた俺の抱っこテクニックを見るがいい!

 でも、あんまりはしゃぐと飴を飲み込んじゃうから、大人しくしましょうね。


「ねぇっ! シラン! これ可愛くない?」

「おっ? どれどれ?」


 商品を眺めていたアルスが、一つ手に取って見せてきた。

 赤い花のデザインのネックレスだ。小さいのに細かく作られている。すごい技術だ。これを作った職人はとてもいい腕だな。


「アルスに似合いそうだな」

「そう?」


 アルスはネックレスを自分の首元に当てて嬉しそうだ。

 うん、やっぱりよく似合う。


「その花は百合水仙です。別名は夢百合草。悪夢を遠ざけ、幸運をもたらすと言われています」

「それ買います」

「シラン!?」

「俺からのプレゼントってことで。いくらですか?」

「7500イェンになります」


 ふむ。思ったよりも安い。もっと高くても十分な出来だけどな。

 ネックレスは商品の中では高い値段だ。でも、どれも安すぎる。どの商品も手が込んでいるのに、値段が合っていない。これでやっていけるのか?

 お金を払い、ネックレスを買う。


「本当にいいの?」

「もう買ったから。アルスにプレゼント」

「あ、ありがと。男性からのプレゼントって初めてかも。あっ! この前シランから魔道具貰ったか!」


 魔道具は別だと思うけど…。あれは裸を見たお詫びだし。

 そんなに美人なのに男からプレゼントを貰ったことが無いのか。

 アルスはフードを外し、俺に背を向け、長い赤髪を纏めて首筋を露わにする。


「シランがつけて」


 そうお願いされたら仕方がない。つけてあげよう。

 恥ずかしさと照れで首まで真っ赤になったアルスにネックレスをつけた。

 つけられたネックレスを眺めて、アルスは、ふふふ、と嬉しそうな笑い声を漏らす。

 クルリと振り返ってニコッと笑う。


「大切にするね♪」


 その笑顔はハッとする程美しかった。

 俺と超ご機嫌になったアルスは、猫の獣人の親子と別れ、散策に戻る。

 腕に抱きついたアルスから時々嬉しそうな笑い声が聞こえる。

 歩きながら、アルスが顔を覗き込んできた。


「ねえ? シランってロリコン?」

「ぐふっ!? な、何故そうなる!?」

「だって、あの女の子とイチャイチャしてたし」

「イチャイチャはしてねぇーよ!」

「まあでも、可愛かったね。あんな子供が欲しかったなぁ」


 アルスは残念そうに遠くを見つめて呟いた。顔には諦めの色。無意識に自分のお腹を触っている。

 それに『欲しい』じゃなくて『欲しかった』? どういう意味だ? 聞き間違いか?


「あっ! 次はあそこ行こっ♪」


 俺は瞳を輝かせたアルスにグイグイと引っ張られた。残念そうな顔はどこかに吹っ飛んでいる。さっきの顔は見間違いと思ったくらいだ。

 その後もアルスに連れられて、いろいろなお店を巡った。アルスは終始楽しそうだった。

 日も暮れ始め、それがオレンジ色に染まった頃、街の散策を終えた俺たちは、アルスが泊まる宿の前に着いた。

 一日中くっついていたアルスが名残惜しそうに離れる。


「シラン、今日はありがと。あたしの我儘に付き合ってくれて」

「俺こそありがと。とても楽しかったよ」

「そう? ならよかった」


 アルスは俺がプレゼントしたネックレスと大事そうに撫でる。


「また…逢えるかな?」

「逢えるだろ。またこうやって逢えたんだし。それに俺は有名だからな。何かあったら俺の家に来ればいい」

「へっ? シランって有名なの?」


 隣国の出身で、王国に来たばかりのアルスは俺のことを知らないらしい。自己紹介したときも全く反応をしなかった。


「でも、悪い意味で有名だから、あまり人には聞かない方が良いかも」

「なにそれ。あたしって今日、悪い人に騙されちゃった?」


 アルスが楽しげにクスクスと笑った。

 ひとしきり笑ったアルスは、数歩後退った。


「さてと。そろそろあたしは帰るね」

「ああ」

「突然誘っちゃったけど、今日のデートはとっても楽しかった。あたしの初デートだったの」

「そりゃ光栄だ」

「だから…その…またデートしようね! シランにグリフォンの……いや、逆がいっか。シランに龍の導きがありますように!」

「アルスにグリフォンの導きがありますように!」


 ヴァルヴォッセ帝国の別れの挨拶。

 俺は龍を崇め、アルスはグリフォンを崇めている。前回は龍とグリフォンが逆だったけど、今回の挨拶のほうが俺たちにはふさわしいかもしれない。


「じゃあ、またね」

「ああ、またな」


 ニッコリと微笑んだアルスは、クルリと俺に背を向けると、一度も振り返ることなく宿の中に入っていった。

 俺はしばらくその場に立ち尽くし、女性の悲鳴のような声で我に返って、宿に背を向けて歩き出した。

 今日はとても楽しかった。まさか湖で出会ったアルスと再会して、デートをすることになるとは思わなかった。

 とても可愛い女性だったな。また逢いたいものだ。

 俺は沈む夕日を眺める。


「さてと、帰るか」


 俺は屋敷へと帰るために賑やかな街を歩くのだった。





















<おまけ その1>



「たっだいまー! あぁー楽しかった」

「お帰りなさいませ、アルス様」

「どこをほっつき歩いていたのですか?」

「あっ…」


 ニコニコ笑顔だったアルスの顔が凍り付いた。

 宿の部屋の中に美しい笑顔で待ち構えていたのは、彼女の仲間のフウロとラティという女性だ。

 二人から黙って抜け出したことをすっかり忘れていたのだ。

 フウロは鋭い目を更に尖らせ、普段はおっとり笑顔のラティも目が笑っていない。瞳に怒りの炎が渦巻いている。

 アルスは顔を真っ青にさせ、ガクガク震えながら即座に正座する。


「ア~ル~ス~さ~ま~?」

「私たちがどれだけ心配したと思っているのですか?」

「ご、ごめんなさい」

「犯罪に巻き込まれていないかと冷や冷やして……って、アルス様? そのネックレスはどうなさったのですか?」


 フウロがアルスの胸で光っている赤いネックレスに気づいた。見たことないネックレス。

 アルスはネックレスに触れながら、しまった、という顔をしつつも、無意識に口元を緩ませてしまう。フウロはその表情を見逃さない。


「アルス様? 白状してください」

「こ、これは自分で買ったの! 可愛いでしょ? 決して年下の男の人からプレゼントされたってわけじゃないからね!」

「年下の…」

「男の人…」

「しまった! あっ、いや、しまったじゃなくて、ち、違うの! これは違うの!」


 慌てて誤魔化そうとするが、時すでに遅し。フウロとラティの身体から怒気が溢れ出す。

 ビクゥッと身体を小さくするアルス。


「アルス様!? 全て白状しなさい!」

「今後一切外出禁止です! 反省文も書いてもらいます! お説教です!」

「いやぁぁああああ! 勘弁してぇぇぇええええええええ!」


 アルスの悲鳴が宿の外まで響き渡った。








<おまけ その2>


「たっだいまー! あぁー楽しかった……あっ」

「お帰りなさいませ、シラン・ドラゴニア第三王子殿下」

「お帰り、シラン。そして、ご愁傷様」

「お帰りなさいませ、シラン様。そして、申し訳ございません」

「うおっ!?」


 出迎えてくれたのは、ニッコリと微笑むランタナと、呆れ顔のジャスミンと、申し訳なさそうなリリアーネだった。リリアーネが謝ると同時に、俺の身体にロープが巻き付く。両手足が縛られ、首にも絡みついている。

 くっ! 解けない! 魔法も発動しないだと!? お仕置き用緊縛縄かっ!

 カツッカツッと騎士の厚底ブーツを鳴らし、琥珀アンバーの瞳を燃え滾らせたランタナがニコッと微笑んだ。

 俺の身体に震えが走る。何だこの恐怖は! こ、怖い。誰か助けて!

 首に絡みついたロープを握っているランタナは滅茶苦茶キレていた。見たことが無いほど激怒していた。

 すっかり忘れてたけど、俺は打ち合わせを抜け出したんだった…。

 ヤバい。俺、死んじゃうかも。


「シラン殿下?」

「は、はい!」

「覚悟は…よろしいですか?」

「で、出来れば優しくして欲しい……かも…」

「残念です。今の私は殿下に優しくできそうにありません」


 ですよねー。見るからにそうですもん!

 ランタナが美しく微笑む。


「殿下。言い残しておくことはございますか?」

「誠に申し訳ございませんでしたー!」

「許しません。では、お説教を始めましょうか」


 土下座したけど許してもらえず、その後何時間にもわたって、ランタナの静かなお説教が行われた。


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