第117話 膝枕
俺は今、父上の仕事を手伝っている。国王の仕事を王子が手伝ってもいいのか、と言う疑問が思い浮かぶけど、俺たち王子や王女は昔からこういう仕事を手伝わされている。誰が王になってもいいように慣れさせるのだ。だから大丈夫。
でも、結構面倒くさい。王になんてなるもんじゃないな。だから姉上たちは継承権をほぼ放棄したのか。
王族の女性陣は強い。姉上たちよ。面倒事を兄上や俺に押し付けないで欲しい。
「ぐおぉ~! 仕事が終わらん!」
父上が必死に目と手を動かしている。書類を読み、不備がないかどうか確認して、サインする。机にはまだまだ書類の山が沢山。頑張れ!
俺はソファから立ち上がる。
ふぅ。座りっぱなしだったから、少し体が固まってるな。
「じゃあ、そろそろ俺はこれで」
「何だとっ!? もっと手伝ってもいいんだぞ!」
国王が何かを言ってる。手を止めたら終わりませんよー。
俺は終わった仕事を宰相に手渡す。
「愛しの婚約者様たちが待ってるので帰ります」
「愛しのパパの手伝いをもうちょっとだけしてくれよ~」
「父上、キモいです」
ガビーンとショックを受けている父上を無視して、俺は宰相や騎士団長に挨拶する。そして、最後にソファに座っていたエリン母上に微笑む。
「では、失礼します。エリン母上、愛してますよ」
「あら。私もよ、シラン」
エリン母上は投げキッスしてくれた。相変わらず可愛らしい母上だ。
母上たちはみんな仲が良く、血がつながってなくても子供たちを愛してくれている。ギスギスしたところが一切ない。ドロドロしていなくて本当によかった。
何故だぁ、と叫んでいる父上に背を向けて、俺は国王の執務室から退出した。
ジャスミンとリリアーネは俺の部屋に待っているはずだ。メイドや執事たちとすれ違いながら城の中を歩いて行く。
俺に近づいて来る一人のメイドがいた。見覚えのある女性。ディセントラ母上に仕えているメイドだ。
「シラン殿下」
「おーう。どうした? 母上からか?」
「はい。ディセントラ様がお呼びです」
「了解。今すぐ行くよ。でも、まずはジャスミンとリリアーネに…」
「すでにご連絡済みです」
「おぉ…仕事が早いな。んじゃ、母上のところに行きますか」
「ご案内致します」
メイドの案内に従って、ディセントラ母上の部屋に向かう。
部屋の中に入ると、ディセントラ母上が優雅にソファに腰を掛けていた。ニッコリと微笑んで、自分の隣をポンポン叩く。
「座ってちょうだい」
「わかりました」
何故かじーっと見つめられながら、俺は大人しく母上の隣に座る。
母上はジロジロと俺を観察し、部屋に控えていたメイドたちに命令する。
「少し二人っきりになりたいわ。外で待機してて」
かしこまりました、とメイドたちが部屋から出て行く。
例え息子だとしても、王妃を二人っきりにさせるのは不味くないですかね?
メイドがいなくなり、二人っきりになった途端、ディセントラ母上が俺の頬を両手で包み込み、至近距離でじーっと見つめてくる。
この年になって母上に至近距離で見つめられると恥ずかしいんですけど。
「シラン…疲れてるわね。ちゃんと寝てる?」
「へっ?」
ちゃんと寝てるし、疲れてないけど…。父上の仕事を手伝ったからか?
「母の目は誤魔化されないわよ。自分では気づいていないかもしれないけど、疲れてるわよ。特に心が」
母上が俺の身体を引っ張った。俺は抵抗できず、母上の身体に倒れ込んでしまう。
ソファに横になって、頭に柔らかいものを感じた。母上の香りがする。とても安心する。
「ひ、膝枕!?」
「あら。そんなに恥ずかしがらなくても、昔はよくしてあげたじゃない」
「む、昔は昔です! 大きくなったから…」
「大きくなってもシランは私の息子よ。大人しくしていなさい」
猛烈に恥ずかしいのに、優しく頭を撫でられたら何故か抵抗できない。
身体から徐々に緊張が解け、リラックスしていく。
ふふふ、とディセントラ母上が楽しそうに微笑んだ。
俺は恥ずかしいので目を閉じることにする。
「シランは自分のことを後回しにするから心配よ」
「そう…ですか?」
「ええ、そうよ。周りを幸せにするためなら、自分はどんなことでもしてやるって思ってるでしょ?」
「………」
無言が俺の答えだ。
母上には隠し事ができない。隠していたとしても、何故か全て知っている。
「シランが選んだ道だから何も言わないわ。でも、一桁の子供に裏事は早かったと思うの。ユリウスの馬鹿」
珍しい。母上が父上のことを馬鹿って言った。滅多に愚痴も言わないのに。
俺は年齢が一桁の時から裏事を教えられ、無能の王子を演じ、影でコソコソしている。
裏事は誰かがしなくてはいけないことだ。俺はその血濡れた道を選んだ。
「俺が一番適任だったんですよ」
「だとしても、人間不信になってるじゃない。仲良くするけど、自分の懐に入れない。裏切られるのが怖いから。周囲を使い魔で囲っているのもそのせいでしょ?」
「それは…」
反論したくても口が動かない。言い返せない。
俺は裏事を知り、暗部として活動する中で、数多の裏切りを目撃してきた。裏切って死ぬ人も、裏切られて死ぬ人も、俺が殺した人も大勢見てきた。
今までずっと気づかないフリをしていたけど、俺は裏切られるのが怖い。他者が怖い。
俺が使い魔と過ごすのもそのせいだ。彼女たちは裏切らない。裏切れない。
恐怖で小刻みに震える俺の身体を、母上が優しく撫でてくれる。
「でも、安心したわ。ジャスミンさんとリリアーネさんの二人と婚約して、少しは向き合うようになったのね」
「………二人が押し掛けてきただけです」
「意外とヘタレなシランには、それくらい積極的な女の子のほうがいいじゃない。可愛いし好みでしょ?」
「ノーコメント。それにヘタレは余計です」
「あらあら。拗ねちゃったわ。昔から変わらないわね」
俺は仏頂面になったが、母上には何も効果がない。逆に楽しませるだけだ。
母上が撫でてくれるのが気持ちいい。昔もよくこうしてくれた。
「少しずつでいいわ。大切な人間の女の子を増やしなさい」
「女の子でいいんですか?」
「シランは女の子が好きみたいだから。それとも、男性と仲良くなる?」
「……女の子がいいです」
「でしょ? 辛くて心が壊れそうな時は、きっとその子たちがシランを助けて癒してくれるわ。あっ、でも、時々は私に甘えてちょうだい。息子を可愛がるのが母親の楽しみなの」
「……考えてきます」
母上には一生敵いそうにない。
安心する香りと、優しく撫でてくれることで、次第に睡魔が襲ってくる。
少し寝てもいいかな?
ふふふ、と母上の愛おしげな笑い声が聞こえた。すぐに母上が歌い始める。子守歌だ。
「~~~~♪ ~~~~♪」
身体がリラックスして、意識が遠のいていく。
懐かしい綺麗な歌声を聞いた俺は、17歳にもなって、母親の膝の上でぐっすりと眠ってしまうのだった。
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