第116話 招待

 

 今日は城に来ている。旅行のお土産を渡しに来たのだ。

 ジャスミンとリリアーネは俺の部屋で待ってもらい、俺だけ父上の執務室に向かう。

 メイドや執事たちから冷たい視線を浴びる。

 おぅおぅ! 俺って嫌われておりますなぁ。俺を嫌わないのは、昔から見知っている古参のメイドや執事たちと、三人の母上の専属メイドたちだけだ。

 演技の効果が出ておりますなぁ。このまま嫌われ者を演じますか。

 近衛騎士が厳重に警護する執務室のドアをノックする。


「父上。シランです」

「入れ」


 威厳漂う父上の声が聞こえてきた。

 執務室の中に入ると、国王である父上と、リシュリュー・エスパーダ宰相と、レペンス・ダリア近衛騎士団団長がいた。そして、もう一人。ソファに座る豊満な身体を持つ妖精めいた顔立ちの女性がいた。


「シラン。ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、エリン母上。どうしたのですか?」

「ちょっとね」


 ドラゴニア王国第二王妃のエリン母上がおっとり微笑む。俺とは血は繋がっていないが、母親なのは間違いない。優しい母上だ。怒ると怖いけど。

 父上が執務机からソファに移動し、エリン母上の隣に座った。母上の肩に手を回して、イチャイチャしながら話し始める。


「まずは、大変だったな」

「本当に大変でしたよ。まさか《死者の大行進デス・パレード》が起きるとは思いませんでした。幸い、被害はほとんどありませんでしたけど」

「ローザの奇跡、か。報告を受けた時は肝が冷えたぞ」


 そりゃそうだ。《死者の大行進デス・パレード》は小国が滅んだり、大国でも甚大な被害が巻き起こる大災害だ。父上は心底慌てただろう。

 ここには俺の正体を知らないエリン母上がいる。あまり深く話すのは危なそうだ。


「シラン…早速本題なのだが…」


 ちゃんと理解している父上は、威厳漂う真面目で真剣な顔で本題に入る。

 俺を呼び出したのには別の理由があるのか?


「…お土産を渡してもらおう!」


 真剣な顔で何を話すかと思ったらお土産の要求!?

 いや、まあ、うん…。これが父上だよな。変に緊張した俺がバカだった。


「はぁ…お土産のお菓子とかはメイドに渡してあります。後で受け取ってください」

「なん…だと!? メイドに渡してしまったら、好き勝手に食べられないではないか!」


 父上がガビーンと落ち込んだ。

 だからメイドに渡したんだよ。バレたら俺まで怒られるんだ。メイド長のお説教は怖いんだぞ。国王の父上でさえ逆らえない人物なのだ。


「フルーツジュースはあるけど、飲みます?」

「「飲む!」」


 父上だけではなく、エリン母上まで身を乗り出した。

 エリン母上は果物とかが大好きだったな。後でいくつかボトルごとあげよう。

 俺は虚空からジュースのボトルと人数分のコップを取り出して注ぐ。宰相や騎士団長の分も用意した。

 そして、全員で乾杯して、ワインのように匂いを楽しんだり、ゆっくりと舌で味わいながら飲む。まあ、俺はお酒は飲んだことないけどな。未成年だし。

 父上たちの飲む姿はとても美しい。流石王族と貴族だ。


「ふむ。とてもいい出来だな」


 父上たちは満足げだ。

 ジュースを飲みながら、俺はローザの街の様子を報告する。人々はどうだったか、物価はどうだったか、などなど。

 ついジャスミンやリリアーネとの惚気話もしてしまった。父上のニヤニヤがとてもウザくて殴りたくなった。必死で我慢したけど。


「―――という感じでしたね。旅行は楽しかったです」


 俺の報告が終わった。相変わらず父上はニヤニヤしている。


「《神龍の紫水晶アメジスト》と《神龍の蒼玉サファイア》とは仲良くしてるみたいじゃないか」

「ええ、そうですよー。大変仲良くさせていただいていますよー」


 恥ずかしさもあり、自棄になってぶっきらぼうに答えた。

 父上の策略で二人と婚約してしまったのだ。大変ありがたいことだけど、あの父上の策略に引っかかってしまったのは屈辱だ


「結婚式はいつにする?」

「俺、まだ成人してませんから!」

「そうよ、ユリウス。もう少し待たないと」


 エリン母上の援護射撃。感謝します!


「シランはもっと多くの女性と仲良くなるわ。二人だけ結婚式を挙げるのはダメ」

「エ、エリン母上!?」

「そうだな。エリンの言う通りだ。もう少し待つか」


 エリン母上の援護射撃は俺じゃなくて父上にだった! 何故だ!

 父上はそのニヤニヤ顔を止めてください。ムカつきますから。


「私はランタナとの関係が怪しい」

「ほうほう。第十部隊の部隊長か。男っ気はないって聞いていたが?」

「女の勘が怪しいって言ってる。それに、近衛騎士の女性たちはダメンズ好きが多い。シラン、どうなの?」

「知りませんよ、そんなこと!」


 ランタナと二人で露天風呂に入ったって言ったら、二人は大盛り上がりしそうだ。絶対に秘密だな。

 父上は腕を組んで悩み始める。


「第十部隊をシランの屋敷に配置するか…」

「止めてください、父上。今度変なことをやったら、頭を永久脱毛させるって言いましたよね?」

「お、俺は何も考えてない。考えていないぞ!」


 顔を真っ青にして冷や汗を流し始める父上。そっと股間を隠す仕草をした。宰相も内股になっている。

 この間脱毛させた股間はどうなったのだろう? 知りたくないけど。


「用件がないならそろそろ帰ってもいいですか?」


 ジュースはいつの間にか飲み終わってるし、あんまり仕事の邪魔をするのも良くない。早くジャスミンやリリアーネとイチャイチャもしたいし、帰りたいんですけど。


「用件か。とても重要なことが一つ残っている」

「そうなのよ。シラン、フェアリア皇国に行ってくれない?」

「へっ?」


 あまりにも唐突なことで俺の口から間抜けな声が出てしまった。

 フェアリア皇国はドラゴニア王国の隣国で、大変仲が良い国だ。自然が豊かな国である。

 崇めているのは妖精。精霊とも呼ばれる存在で、自然を司る存在だ。皇国の民には妖精の血が流れており、エルフと同じように美男美女が多い。国旗も妖精が描かれている。

 俺がフェアリア皇国に行く? なんで? どうして?


「二カ月後に我が国では親龍祭が開催されるだろ? フェアリア皇国の皇王も招待するんだが、大使として招待状を渡しに行ってくれないか?」

「はぁ? 何で俺が? 姉上や兄上たちがいるじゃないですか。他にも、外交に詳しい人とかが…」

「皇国がシランを指名してきたのよ」

「なんでっ!?」

「知らん! シランだけに…。なんちゃってな! あっはっは!」


 冷たい空気の執務室に、父上の笑い声だけが響き渡る。誰一人反応しない。エリン母上も笑顔でスルーしている。

 笑い声は徐々に小さくなっていき、気まずくなった父上は、コホンと咳払いしてなかったことにする。


「向こうがどうしてもって言ってな。理由を教えてくれないのだ」

「何か揉め事とか起きてましたっけ? 俺は知らないんですけど」

「俺も聞いてないな。エリンは?」

「私? 全く何も」


 そうだった。エリン母上はフェアリア皇国の出身だったな。だからこの場にいるのか。

 ドラゴニア王国の国王は、最低でも三人の女性と結婚しなくてはならない。自国の貴族と平民の女性。そして、他国の女性。この他国の女性に当たるのがエリン母上だ。


「じゃあ、なんで夜遊び王子の俺なんかを?」

「そこら辺も探ってきて欲しい。シランは王子だから、無下にはせんだろう」

「俺が他国に行っても大丈夫ですか?」

「大丈夫だろ」


 俺は一応暗部の人間だ。そういう意味も込めて問いかけたのだが、父上はあっさりと答えた。視線だけで、いざという時は転移で帰ってこられるだろう?、って言ってる。

 転移で簡単に帰ってこられるけど、そのいざという時は仕事を手伝って欲しい時じゃないよね? チラチラと机を見てるし…。

 それにしても、フェアリア皇国か…。皇国からの招待なら行くしかないか。


「わかりました。夜遊び王子の俺でいいなら行きますよ。出発はいつがいいですか?」

「出来るだけ早くがいいな。一週間以内に出発してくれ」

「了解です。あっ、ジャスミンとリリアーネは…」

「残念ながら今回は同行を許可できない。結婚しているなら別だが、婚約者はダメだ。二人は公爵令嬢だしな」

「わかりました。ご機嫌取りが大変そうだなぁ…」

「そこはシランの腕の見せ所。私たち女の子はエサを与えられれば満足する」

「そういうもんですかね、エリン母上?」

「女の私が言うから間違いない。ハーレムを維持するためには女の子を満足させることが重要。知ってるでしょ?」


 知っていますけどね。実践するのは大変なんですよ。

 ジャスミンに刺されないように気をつけよう。リリアーネにも気を付けなくちゃ。暗殺術が得意だし。

 フェアリア皇国に行くなら、いろいろと準備をしなくちゃいけないな。旅行から帰ってきてすぐにこれか。忙しいなぁ。でも、王族だから仕方がないか。偶には王子の仕事をするとしましょう。

 じゃあ、帰るかと思っていたら、父上が身体をもじもじとさせ、チラチラと視線を向けてきた。


「そ、それでマイサンよ…仕事、手伝ってくれない?」


 マイサンって…。父上からの気持ち悪い上目遣い。正直吐きそう。女性だったら大歓迎なのに。

 俺は深い深いとっても深いため息をつく。


「ちょっとだけですよ」

「よっしゃ! シラン愛してるぞ!」

「父上。キモいです」

「酷い! 息子が辛辣!」


 父上がエリン母上に泣きつく。そんなんだから姉上たちに嫌われるんですよ。


「私もシランのこと愛してるわよ」

「ありがとうございます、エリン母上!」


 チョコンとウィンクして可愛らしく微笑んだエリン母上。エリン母上に言われるととても嬉しい。


「なんだこの差は!? 酷くない!? 俺って嫌われてる!?」

「宰相。俺にできる仕事ってある?」

「はい、こちらを」

「ありがとう」

「無視!? 俺のこと無視!?」


 性癖異常者が何かを叫んでる気がするが、俺は無視して書類に目を通す。

 父上は、宰相に睨まれて仕事を始めるまで、ずっとエリン母上に泣きついていた。

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