第115話 カツアゲ
仕事がお休みのソノラが孤児院にやって来たことで、俺たち全員は一時休憩することになった。
お土産で買ってきたフルーツジュースを飲みながら、皆で座ってお喋りする。
子供たちはあれだけ走ったというのにまだまだ元気そう。それに対して、俺は疲労困憊。太ももに座っているレナちゃんだけが俺の癒しだ。
「うぅ…」
さっきからソノラは顔を真っ赤にしてチラチラと俺に視線を向けている。
お土産をあげないって揶揄ったら、余程欲しかったらしい。泣きそうになりながら縋りついてきた。それが後になって猛烈に恥ずかしくなったようだ。一定の距離を保って近づいてこない。
真っ赤な顔を両手で隠して、恥ずかしそうに顔を振る。栗色のポニーテールがユラユラと揺れ、髪留めがキラリと光る。
「んっ? その髪留めって」
「あっ、気づきました? 最近買ったんですよー。可愛いでしょ?」
「ああ、可愛いな」
「ひゃぅっ!?」
ソノラがポフンと頭から蒸気を爆発させた。
自分から可愛いって聞いてきたのに、そんなに恥ずかしがらなくても。
「女誑し」
ジャスミンさん。呆れを含んだジト目で睨まないでください。
それにしても、綺麗な髪留めだな。デザインもいい。ソノラによく似合っている。
「ソノラ。これ、どこで買ったんだ?」
「あぅ…殿下が髪を触って……王都の露店ですぅ~」
「へぇー。ちょっと覗いてみようかなぁ」
「ふ、不定期にアクセサリーを売っているそうですよー。猫の獣人の親子でした。あわわ…殿下が…髪を…」
ソノラは顔を真っ赤にしながら、身体を小さくしている。
そんなに恥ずかしがって、ソノラはどうしたんだろう?
「シラン。いつまでソノラの髪を触ってるのよ」
「……おぉ! 無意識だった」
指が勝手に動いて、ソノラの髪をクルクルと巻き付けながら触っていた。
全く気付かなかった。無意識って恐ろしい。
触るのを止めると、ソノラが残念そうに、あぁ、と声を出した気がする。
ジャスミンはソノラの栗色の長いポニーテールと、リリアーネの黒い長い髪を見つめ、自分の短い金髪を撫でる。
ちなみに、リリアーネは今日は三つ編みにしている。
「私も髪を伸ばそうかしら」
「ジャスミンに任せるよ」
「シラン様はよく私の髪を撫でてくれますが、その分ジャスミン様には頬や首筋を撫でていらっしゃいますよ」
「……それが減るのは困る」
えっ? 俺ってそんなことしてるの? 完全に無意識なんだけど。
記憶を探ってみると……本当だ。ちょっとした時に触ってる。
「……いいなぁ」
「何か言ったか?」
「何でもないです!」
ソノラがブンブンと首を振った。栗色のポニーテールもブンブンと揺れる。
アクセサリーの話にもなったし、今がちょうどいいか。
俺は虚空からソノラへのお土産を取り出す。
「はい、ソノラ。お土産」
「うわー! ありがとうございまーす! 開けてもいいですか?」
「いいぞー」
お土産の箱を受け取ったソノラは、嬉しそうに箱を開ける。
中に入っていたのは、いくつかのアクセサリー。イヤリングだ。
「付与付きのイヤリングだ。だから、どんなに暴れても勝手に外れないぞ」
「これって…高くありませんでしたか?」
「全部で一万イェン」
「庶民の私からすると高いですけど、思ったより安いですね。もう一桁あるかと思いました。でも、これって宝石付いてませんか?」
「宝石と言えば宝石だな。宝飾師職人の見習いの作らしいんだが、破棄する宝石の破片とかを再利用して、練習として作ったんだってさ。出来はいいだろ?」
「そうですね。殿下、ありがとうございます!」
ニコッと明るい笑顔を浮かべるソノラ。少しドキッとしてしまった。
ソノラは早速一つ手に取って耳につけ始めた。
「シラン。値段とか、破棄する宝石の破片とか、練習として作った作品とか、普通そういうこと言う? デリカシーなさ過ぎじゃない?」
「いいんですよ、ジャスミン様。私は平民も平民、ド平民ですから、こういった物のほうが好きなんです。黙って高いものを贈られるよりも、こういうのが嬉しいです」
「そうなの?」
「そうなのです! よし。付けれた。殿下、どうですかー?」
イヤリングを付けた耳を見せてくる。キラリと輝くイヤリング。化粧っ気はないけど美少女のソノラにとても似合っている。これでお化粧したらすごいことになりそうだ。
思わずソノラの耳に手を伸ばす。
「ダメだな……似合いすぎだ」
「うっ! そ、その言い方はズルいですよー! 殿下のあほー!」
ソノラが顔を真っ赤にして、瞳を潤ませながらポコポコと叩いてきた。
えぇー。褒めただけじゃん。それと、俺の膝の上にはレナちゃんが座ってるからあんまり叩かないで!
「シラン様…今のは卑怯だと思います」
「シランの女誑し」
「たらしー!」
「レナちゃんまで!? レナちゃん? そんなはしたない言葉を覚えたらダメだぞ」
ジャスミンとリリアーネからジト目で睨まれつつ、俺は癒しを求めてレナちゃんの柔らかほっぺをぷにぷにする。至福だ。癒される…。
真っ赤になったソノラが落ち着いた。嬉しそうにイヤリングを触りながら、残念そうにため息をつく。
「はぁ…私も行きたかったです。ローザの街。あっでも、大変だったみたいですね。《
「本っ当に大変だったわよ。死ぬかと思った。《パンドラ》がいなかったら私死んでたわ」
あの~ジャスミンさん? 何故俺を見つめるんですか? もしかして、バレてる? そんな訳ないよな…。
「実際一度死んじゃったし。身代わりのお札で助かったけど」
「へっ? 俺そんなこと聞いてないぞ!」
「だって言ってないもん」
何故か悪戯っぽいジャスミンの笑顔。可愛い。
でも、今はそれどころではない。即座に使い魔に念話を繋げる。
『おい! ジャスミンの身代わりのお札が発動したって聞いてないぞ!』
『な、何のこと~?』
『インピュアがやりました~! 私は悪くな~い!』
『ちょっとピュア!? 裏切者!』
『インピュアさぁ~ん?』
『うぅ…そうよ! 私が油断したからよ! でも、生きてるからいいじゃない! 身代わりのお札が十枚もあったらそう簡単に死なないわよ! それに、
『インピュア!
『インピュアと神楽に後でお仕置き』
嫌ぁ、と泣き叫ぶ声が頭に響いたので、念話をブチッと切った。お仕置きでたっぷりと可愛がってあげましょう。
即座に報告したらそこまでしないのに。今まで隠して黙ってたほうが悪い。
あっ、黙ってたということで、もちろんピュアにもお仕置きです。
「Sランク冒険者パーティ《パンドラ》ですかぁ…。どんな方々なのでしょうか? 王都を拠点に活動してるって聞きますけど、私はまだ会ったことがありませんねー」
「あの兄ちゃんか? 女誑しだぞ。女誑し二号。なっ? 一号?」
ニヤニヤと笑いながらちびっ子たちが俺の周囲に集まり、肩を組んだりポンポンッと叩いてくる。
ちびっ子たちには正体がバレてるからなぁ。俺の背中に冷や汗が流れる。
「俺は女誑しだとは思わないけどな」
「そうか? 兄ちゃん以外は全員女だったぞ」
子供たちは、ニヤニヤと笑いながら、ジャスミン、リリアーネ、ソノラの三人に見えないように身体で隠しながら、こそっと俺に手を差し出してきた。
俺は小声で問いかけた。
「(おい。この手は何だ? この間、口止め料をやっただろ?)」
「(んっ? オレたちは何も要求してないぜ?)」
「(オレたちは兄ちゃんを脅したりなんかしない。お菓子の要求もしない。でも、兄ちゃんが勝手に俺たちにお菓子を渡したくなったと思ってな。ほれほれ。受け取ってやるぞ)」
「(お兄ちゃん諦めたら? 私たちに弱みを握られるとこうなるのよ)」
くそう! これは明らかにカツアゲだろ! 王子を脅すとは良い度胸じゃないか!
この間、ちゃんと口止め料を払ったのに…。
でも、彼らは一切何も要求していない。ただニヤニヤ笑って手を差し出しているだけだ。
くっ! 俺が自発的にお菓子を渡すしかない。じゃないと、もっと要求が大きくなりそうだ。
「(お前ら。他のやつにはするなよ)」
「(兄ちゃん以外にするわけねぇーじゃん)」
「(そうそう。兄ちゃんだからするんだよ)」
「(対価が欲しかったらソノラお姉ちゃんをあげる。早く貰ってあげて)」
「(へいへい。後で院長さんに渡しとく。ソノラについてはノーコメント)」
いえーい、と子供たちが笑顔でハイタッチした。俺の身体もバシバシと叩いてくる。痛いから止めてくれ。
あとで院長さんには野菜チップスを渡しておこう。野菜チップスもれっきとしたお菓子なのだ! ふはははは!
ソノラが、俺とコソコソ話をしていたちびっ子たちを訝しげに睨む。
「皆、何を話してたの? また殿下に迷惑をかけてないでしょうね?」
「「「かけてなーい!」」」
「本当?」
「「「うん!」」」
俺をカツアゲしてきた子供たちは、平然と輝く笑顔で嘘をつく。
ちびっ子だからまあいっか。
俺はこの後もちびっ子たちと遊び、脅されながら孤児院で過ごすのだった。
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