第104話 骸骨の少女

 

 俺は山の中を駆け抜けながら、聖属性を付与した糸を放ち、魔物たちを細切れにする。

 糸は結構便利だ。静かに移動するときには最適。魔力で編んでるから、俺の意思で自由自在に動く。

 細くて強靭にしたら、刃物よりも斬り裂けることもある。攻撃範囲も長くて広く、数十から数百、下手をすれば数千本も一気に操ることができる。一本一本操作しなければならないが、並列処理を行えば何の問題もない。

 俺とソラは山の中を駆け抜けながら魔物たちを斬り裂いていく。

 不死者アンデッドの魔物が多い。辺り一面魔物で埋め尽くされている。動く死鎧リビングアーマー首無しの騎士デュラハン生命を刈り取る死神グリムリーパーなど、高位の魔物が続々と溢れ出して襲ってくる。

 膨大な魔力の塊がこの先にある。冷たくて禍々しい。濃密な死が漂ってくる。

 《死者の大行進デス・パレード》を引き起こしたボスは近い。


「邪魔です」


 Sランク冒険者パーティ《パンドラ》に扮しているので、今の俺は敬語口調だ。

 群がる魔物たちに鬱陶しくなりながら糸を操って、消滅させる。

 ローザの街のほうから、爆音が響いてくる。竜巻が立ち昇ったりもする。

 昔からずっと感じ慣れている女性の魔力。幼馴染 兼 婚約者のジャスミンの魔力だ。

 ジャスミンがずっと頑張っている。一刻も早く片付けなければ。

 俺の隣を駆け抜けるソラから魔力が放たれた。


「《白銀の世界》」


 雪のような白銀の粉が降ってきた。すぐに勢いを増して吹き荒れる。

 とても綺麗だが、死を招く凶悪な粉だ。

 魔物の肌に触れた瞬間、ジュージューと煙を上げながら消滅していく。

 広範囲の魔物が消え去った。魔物が倒されたことで遠くまで見ることができた。


「あそこですね」

「そのようですね、ご主人様」


 俺の言葉にソラが頷く。

 黒い靄を纏った魔物。黒いフードを被っている。濃密な魔力をだだ漏らし、そこから魔物が湧き出している。

 明らかに周囲の魔物とは力の格が違う。街など簡単に吹き飛ばせるほどの強大な魔力を持つ魔物だ。あの魔物が動き出したら、ローザの街などひとたまりもない。小国なら滅ぼせそうだ。

 でも、その魔物は動く様子はない。


『ウグッ………ウッ………クッ…!』


 何やら苦しみに悶えているかのよう。湧き上がる何かを必死で堪え、苦悶のうめき声を上げている。

 攻撃するなら今がチャンスだ。

 俺は白装束を翻しながら、ボスであろう魔物に猛然と迫る。

 種族は予想通りリッチ。ボロボロのフードを被り、全身が骨。頭蓋骨の目の穴には赤い炎が燃えている。

 聖属性の力を腕に溜めた。一撃で消し飛ばしてやる!

 ハッとリッチが俺のほうを見る。気づかれた。でも、もう遅い。

 魔物は、眼窩に燃える瞳で、攻撃しようとしていた俺の姿を捉える。そして、俺に攻撃………はせずに、悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。


『きゃー! 男ぉぉおおオオ!? えっち! 変態! 見ないでぇええエエ!』

「へっ?」


 予想外の悲鳴に、俺は思わず力が抜けてこけてしまう。ズザーッと地面を滑って、リッチの足元で止まる。

 リッチが骨の手で炎の瞳を隠し、恥ずかしがる乙女のように悲鳴を上げて、俺に背を向けてしゃがみ込んだ。


『見ないでぇぇえエエ! ワタシ、何も着てないノ! スケベ! いやぁぁああああああアア!』


 訳がわからない。状況が理解できず、ソラに助けを求めた。

 そしたら、ソラが俺を咎めるように見つめていた。


「ご主人様、ダメですよ。見知らぬ女性のあられもない姿を見たら」

「えっ? 俺が悪いの?」


 思わず演技を忘れて、素の口調で喋ってしまった。


「当たり前です」


 えぇー。断言されちゃったよ。


「でも、魔物だし」

「ご主人様が契約している使い魔たちは魔物ですが? 私も魔物の一種なのですが?」

「申し訳ございませんでした」


 丁度良く地面に倒れていたので、即座にソラとリッチに土下座した。

 そうだよな。幻獣とか呼ばれたりしてるけど、俺の使い魔たちは魔物と呼ばれる存在だったな。魔物にも意志がある。あられもない姿を見られたらこの反応も普通だよな。


「って、ちょっと待て! 骨を見てどうやって性別を確認しろと!?」

「骨格を見れば一目瞭然ではありませんか」


 反論してみたけど、即座に言い返されてしまった。


『うぅ…見らレタ…全部見らレタ…男の人に…これ以上ない全裸を見らレタ…』


 リッチが蹲って、ボソボソと呟いている。

 俺が悪かったです。申し訳ございませんでした。

 ソラが体が覆えるシーツのような布を取り出して、蹲るリッチの身体にかける。


「貴女は皇女プリンセスリッチですね。これを使ってください」

『あっ……ありがとうございマス』


 皇女プリンセスリッチが身体に布を巻き、恥ずかしそうに立ちあがった。そして、俺から僅かに距離を取る。

 彼女の身体からは膨大な魔力が溢れ出している。皇女プリンセスリッチではあり得ないくらいの魔力だ。その魔力が魔法陣に注ぎ込まれている。彼女が召喚主だろう。

 零れた魔力から周囲に魔物が発生する。

 俺はその魔物を斬り裂きながら、皇女プリンセスリッチに問いかける。


「君にははっきりとした自我があるのか?」

『はい…ありマス。記憶はありませんケド』


 ちゃんとした自我があるということは、彼女は元人間だろう。

 魔法に詳しく膨大な魔力を持つ魔法使いが、死後にリッチになることがある。

 でも、ここまで完璧に受け答えできるのは珍しい。


「本当に皇女プリンセスリッチなのか? それにしては魔力が強すぎる気がするが。皇帝エンペラー女帝エンペラスはどこにいる?」

『確かにワタシは皇女プリンセスリッチだと思いマス。魔力が強い理由は…その…』


 皇女プリンセスリッチがおずおずと、骨の指で自分の胸の辺りを指さす。


皇帝エンペラーがワタシの中にいるんデス。ワタシが封印していマス』

「はっ?」


 皇帝エンペラーが彼女の中にいる? 封印している? そんなことがあり得るのか!?

 皇女プリンセスリッチが切羽詰まった声で、眼窩に燃える炎の瞳を激しく燃やし、必死に懇願してくる。


『お願いがありマス! もう封印が長く持ちまセン! ワタシごと皇帝エンペラーを殺してくだサイ! お願いだから、ワタシを殺シテ!』

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