第105話 皇帝リッチ

 

 ふむ。私を殺して、かぁ…。

 残念ながら、俺は魔物とは言え、理性がある子の自殺に手を貸すつもりはない。

 彼女が俺たちをだまして油断を誘い、虎視眈々と隙を伺っている可能性もあるのだが、その様子は全然感じない。

 皇女プリンセスリッチのいうことは本当なのだろうか。自分の中に上位種であり支配種でもある皇帝エンペラーリッチを封印する、なんてことができるのか?

 少なくとも、俺は見たことも聞いたこともない。


「ソラ。彼女の言っていることは本当か? 皇帝エンペラーを封印なんかできるのか?」


 俺よりも遥かに長い時間を生きているソラに問いかけてみた。

 ソラはじーっと皇女プリンセスリッチを観察して、ゆっくりと頷いた。


「可能性としてはあり得ます。生前の彼女が物凄い魔法の才能と知識を持っていたなら、可能でしょう。自分の上位種に逆らう。下剋上と言ってもいいでしょう。魔物の世界ではたまにあります」

「なるほどな。自分の中に封印するってことは、精神世界か何かか?」

「おそらく。そこに皇子プリンスも封印していたのでしょう。そして、更に自分自身も封印していた。だから私たちも気づかなかったのです」


 なるほど。封印されていたら、詳しく調べない限り俺たちでもわからないな。

 それにしても、上位存在の皇帝エンペラーだけでなく、同格の皇子プリンスまで封印していたとなると、どんだけだよ。普通はあり得ないぞ。

 この皇女プリンセスリッチは魔法の才能もあり、封印も得意。更には魔物の力として死霊術ネクロマンシーも使えるか。

 …………いいな。とてもいい。


『ちょっト! 何のんびり話しているんデスカ!? 早くワタシを殺してくだサイ!』


 骨の少女が焦って叫ぶ。でも、俺は殺すつもりはない。


「それ却下。俺は自殺を手助けするつもりはない」

『ですガ! このままでは皇帝エンペラーガ! 厄災ガ!』

「まず一つ聞きたい。君を殺したら皇帝エンペラーも死ぬのか? 封印が解けるだけじゃないのか?」


 俺は指を一本立てて皇女プリンセスリッチに問いかけた。

 精神世界に封印しているのなら、彼女が死んだ場合に封印から弾き出される可能性が高い。その場合は彼女の無駄死にだ。

 皇女プリンセスリッチは眼窩の炎を揺らしながら口ごもる。


『そ、それハ…』


 俺はもう一本指を立てて皇女プリンセスリッチに言った。


「そしてもう一つ。俺たちにとっては皇帝エンペラーリッチなんて脅威でも厄災でもない。出てきたらぶっ飛ばすだけだ。その様子じゃ、悪者みたいだしな」


 必死で押さえようとしている皇女プリンセスリッチの魔力が、何者かによって操られ、召喚の魔法陣へと注ぎ込まれている。これは、彼女の中にいる存在、皇帝エンペラーによるものだろう。

 身体は封印によって出られないけれど、その綻びを使って魔力を操っているのだ。

 時々、皇女プリンセスリッチの身体から膨大な魔力が溢れ出し、魔法陣が黒く輝いている。

 溢れ出す魔物を軽々と斬り裂いて消し飛ばしながら、布を体に巻き付けた皇女プリンセスリッチを観察する。


『な、なんデスカ?』

「ご主人様。初対面の女性の身体をジロジロと眺めるなんて失礼ですよ」

「おっと。ごめんごめん」


 皇女プリンセスリッチが胸や股を骨の手で隠そうとし、俺から距離を取ろうと後退った。

 ソラからは咎めるような視線で睨まれる。

 確かにレディーをジロジロと見るのは失礼だな。反省します。


「君に聞きたいんだが、今、封印してるし、魔力を操られてるよな?」

『そうですケド…』

「反動で痛みとか襲ってこないのか? あっ! 不死者アンデッドだから痛みを感じないとか?」

『いえ、普通に全身が燃えるように痛いですケド。血管に灼熱の溶岩が勢いよく流れて、全身バラバラになりそうな痛みが襲っていマスヨ』


 えぇー。それって激痛で絶叫するくらいの痛みだと思うんだけど。

 平然としてたから、痛みを感じないんだと思ってた。大丈夫なのか?


『もう慣れたのでこれくらい余裕デス! 痛いときはもっと痛いデス!』


 骨の少女が余裕を示すためにガッツポーズをする。

 慣れたのか。そうなのか。痛いときはもっと痛いのか。

 さてと。これからどうするかね。皇帝エンペラーの封印を解いてもらって、ぶっ飛ばせばいいのか? それが手っ取り早いが。

 皇女プリンセスリッチの彼女は、気に入ったんだよなぁ。ソラも気に入っているみたいだし。


「なぁ? 生きれるのなら生きたいか?」

『ワタシ、死んでますケド』

「そういうことじゃなくて、討伐されて消滅したいか?」

『そ、それハ……そうしないと皇帝エンペラーガ…』


 言い淀んだということは、死にたくないと受け取ります。

 さっさとこの少女を助け出しますか。

 戦場のほうで膨大な魔力が吹き荒れて爆発してる。俺の愛しい使い魔たちが暴れ出したようだ。このままだと、つまらない、と言い始めて使い魔同士のバトルを開始しそうだ。

 俺は普段隠している覇気を纏って、炎の瞳の骨の少女を見つめる。


「俺は君を助ける。君を気に入ったんでな。俺の傍に居てもらう」

『フェッ!?』

「またご主人様が女性を口説いていますよ。どうして我ら魔物には積極的なのに、人間の女性にはヘタレるのですか?」

「う、うるさい!」


 ヘタレって言うな! 確かに、消極的ではあるかもしれないけど…。何気に人間の女性と関係を持ったのはジャスミンとリリアーネが初めてだし…。

 もうこの話は終了! 折角かっこつけたのに邪魔をしないで!


『………助ケルダト? 無駄…ダ…』


 突然、地獄の底から放たれる冷たくて低い声が響き渡った。

 皇女プリンセスリッチが身体をくの字に曲げ、絶叫し始める。


『いやぁぁああああああああアアアアアアアアア!?』


 壮絶な痛みが身体を襲っているらしい。

 身体から膨大な魔力が噴き出した。これまでとは比べ物にならない。放たれる魔力によって周囲の樹々が吹き飛ばされていく。

 皇女プリンセスリッチが絶叫しながら背中を反らした。


『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』


 眼窩の炎を激しく燃やして絶叫し続ける中、皇女プリンセスリッチの首の下の辺りから股にかけて一本の黒い線が走る。その黒い線が徐々に横に開く。そこは、ねっとりとした濃密な闇が広がっていた。

 闇の中から白い骨の手が飛び出す。


『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』


 骨の手で封印をこじ開け、中から何かが這い出してくる。

 身体の芯から凍り付かせる圧倒的なプレッシャー。膨大な禍々しい魔力の塊。ドロッとした濃密な死の気配。まるで厄災そのもの。皇帝エンペラーリッチだ。

 完全に身体が皇女プリンセスリッチの封印から這い出た。

 纏う黒いローブは綻びがない。とても豪華だ。身体を構成する骨と闇は皇女プリンセスと変わらないが、威圧感が違う。頭には闇のオーラを放つ黄金の王冠を身につけ、手には豪華な杖を持っている。

 皇女プリンセスリッチは糸が切れたかのようにバタリと地面に倒れ込んだ。

 封印から解かれ、現実世界へと出現した皇帝エンペラーリッチが、眼窩に燃やす黒い炎の瞳で俺を睨む。


ワレガ命ジル…死ネ!』


 濃密な黒い死の波が俺に襲い掛かってきた。

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