第103話 大行進の終わり


普段の倍の文章量になってしまいました(笑)

今回で第三章のジャスミン視点が終了です。

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 《ジャスミン視点》


 いつの間にかローザの街の外壁の上に移動させられていた私たち。キョロキョロと辺りを見渡す。


「あらっ? ここはどこかしら?」

「外壁の上…みたいですね」

「まさか、転移魔法!?」

「違うわよ。正確には、空間を縮ませたの。空間跳躍ってところかしら?」


 驚く私たちに《パンドラ》の漆黒の髪の女性が説明した。

 でも、空間転移と空間跳躍の何が違うのかしら? 私には同じだと思うのだけど。

 外壁から戦場を見下ろす。空には魔法陣が輝き、地面には魔物が蔓延っている。


「こここ。この女子おなごたちで最後のようじゃのぉ」


 色気の香る妖艶な声が聞こえた。いつの間にか、華麗な意匠をこらした白の布地の豪華絢爛な着物を着た狐の獣人の女性が外壁の上に立っていた。肩が大きく露出し、胸もともはだけている。白みがかった黄金の髪がふわりと舞い、狐耳がピコピコ動いて尻尾がユラユラと揺れる。黒い鉄扇を広げて笑みを浮かべている。

 狐の女性がピクリと耳を動かし、私の顔をじーっと見つめる。


「おぉ? なんじゃ。わらわが施した身代わりの札が一枚減っておるではないか」

「うぅ…油断したのよ。何とかならない?」

「ほれ。こうすれば良かろう」


 豊満な胸の谷間から取り出した一枚の札を放ち、私の顔にぺちっと当たった。そのまま札が消えていく。


「これでバレぬじゃろう。バレたらお仕置きされるからのぉ」

「ありがと」

「ちょっと待って!? 身代わりの札ってどういうことなの!? それって確か、一回だけ致死のダメージを無効化するってアイテムよね? 何で私にそんなものが施されてるのよ!」


 思わず白装束の女性たちに詰め寄る。漆黒の髪の女性は顔を逸らし、狐の女性は鉄扇で扇ぎながら小気味良さそうに笑う。


「こここ。それは妾たちの主様リーダーがお主にご執心じゃからのぉ。死なせたくないと身代わりの札を十枚ほど施しておる」

「十枚!?」


 彼女の言うことが正しければ、私は十回も死ぬダメージを無効化できるってこと? 《パンドラ》のリーダーがなんで?

 シャルさんとアルスさんが、何とも言えない複雑な表情で見つめてくる。


「ジャスミン様は《パンドラ》のリーダーさんとお知り合いなんですか?」

「知らないわよ、そんな奴!」

「じゃあ、一方的な片思いってやつ? うわぁ。ストーカーじゃん。もうサイコパスの領域かも」

「止めて。背筋がゾクッてしたじゃない」


 身体が恐怖で震える。施された身代わりのお札はどうしよう。致死ダメージを受ければ無くなるけど、もったいない気も…。

 帰ったらシランに相談しようかしら…………んっ? シラン?

 断片的なパズルのピースが組み合わさっていく。

 ドラゴニア王国の王都を中心に活動する正体不明のSランク冒険者パーティ《パンドラ》。私は三人しかあったことはないけど、漆黒の髪の女性と純白の髪の女性と黄金の髪の狐の女性。喋り方や仕草をどこかで見たことがある。とても強い。そして、リーダーが私にご執心。

 私は、ドラゴニア王国の王都に住んでいて、あり得ないほど強い使い魔の女性たちと契約し、影でコソコソとするのが大好きで、私にご執心の男を一人だけ知っている。

 絶対にアイツとその使い魔だ。

 私は頭を抱えてため息をつき、女性たちに問いかける。


「ねえ? もしかして、リーダーって…」


 狐の女性がニヤリと微笑んだ。頭の中に声が響き渡る。


『こここ。そう言うことじゃ。秘密じゃぞ?』


 ムクムクと湧き上がる理不尽な思いや怒りを叫ぼうとしたけど、口が動かない。余計なことは喋るなという彼女たちからの警告らしい。

 全く! 黙って何をしてるのよ! 私に教えなさいよ!


『主様を責めるでないぞ。妾たちが主様に頼み込んだのじゃ。暇じゃから冒険者になって偶に暴れたい、とな』


 はぁ、と深くため息をついて、ゆっくりと頷いた。

 本当に女性に弱いんだから、あの馬鹿は!

 いつもは即座に問い詰めるのだけど、今回は知らんぷりしておこうかしら。シランが暴露したら、私が余裕そうに、知ってたわよ、って言うの。狼狽えるシランを愛でられそうね。よし、そうしましょう。

 私の考えを読んだ狐の女性、神楽カグラがより深い笑みを浮かべる。


「ジャスミン様? どうされたのですか?」

「ああ、ごめんなさい。ストーカーの正体がわかっただけよ」

「「えぇ…」」


 シャルさんとアルスさんがドン引きしている。

 漆黒の髪の女性が両手を伸ばして背伸びをした。


「うぅ~ん…問題も解決したし、暴れますか」

「いいねー!」


 この感じ、ピュアとインピュアね。二人が並んで魔物たちに手を向ける。


「ちょっ! 待つのじゃ!」


 神楽が慌てて鉄扇を閉じて、横に振るう。青みがかった透明の結界が街を覆うほど大規模に広がる。

 ピュアとインピュアの手から純白と漆黒の光が放たれる。


「「《混沌の衝撃カオス・ブレイク》」」


 世界が白と黒に染まった。目もくらむ強烈な光が弾ける。

 轟音が鳴り響き、爆風が襲って………来ないわね。衝撃は全て結界によって防がれている。結界がなかったら、街まで消滅していたかもしれない。それほどの力だった。皇子プリンスリッチよりも遙かに強い。

 黒と白の世界が消滅した。世界に色が戻る。

 目をパチパチを瞬かせると、そこには、魔物が一切存在していない平原が広がっていた。一体も残っていない。今の攻撃で全て消滅してしまったらしい。


「全滅してますね…」

「嘘…あたしたちの苦労って…」


 呆然とする気持ちはわかるわ。あれだけ苦戦したのに、たった一発だなんて…。どれだけ強いのよ。


「これこれ。遊ぶのはよいが、周囲への被害を考えて欲しいのぉ」

「全部防いだでしょ? 問題なーし!」

「まだ物足りないわ」


 これで物足りないってどういうことなのよ…。それに遊びって…。

 その時、空と地面に浮かぶ漆黒の魔法陣が輝き始めた。次々に魔物が召喚されてくる。

 召喚主の魔物はまだどこかに潜んでいるらしい。瞬く間に平原が魔物で埋め尽くされた。

 神楽が耳をピクリと動かす。私たちに仮面をつけた顔を向けた。


「耳を塞いだほうが良いぞ」

『『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』』


 忠告は遅かった。鼓膜が破れそうなほど巨大な咆哮が轟く。

 耳がキーンとなって、よく聞こえなくなる。シャルさんよりも遙かに強力な《獣の咆哮ビースト・ロア》だ。物凄い威力。咆哮だけで地面が捲れ上がって、空間も震えている。魔物が一瞬で消し飛んだ。

 外壁から下を見ると、黄金と白銀の狼の獣人の女性が立っていた。

 多分、日蝕狼スコル月蝕狼ハティね。

 神楽が私の足元に視線を向け、可笑しそうにニヤリと笑い、鉄扇で緩んだ口元を隠す。


「こここ。可愛らしいお腹ぽんぽんじゃな」

「はっ!?」


 シャルさんが足元に仰向けになって寝転び、服を捲り上げて可愛らしいお腹を見せていた。

 確か、獣人の服従のポーズじゃなかったかしら? 犬・狼系最上位種のフェンリルの獣人がそんなポーズをしてもいいの?


「こここ。妾は見なかったことにしようかの」

「そうしてくださると助かります…。男性じゃなくてよかった…」

つようなれ、犬っころの女子よ」

「うぅ…はいですぅ…」


 泣きそうになりながら、シャルさんがシュンっと小さくなった。狼耳がぺたんとしおれ、尻尾も丸くなっている。なんか可愛い。

 魔物は全部消し飛んだけど、再び魔法陣が輝き、召喚され始めた。日蝕狼スコル月蝕狼ハティが手を空に向かって伸ばす。


「《太陽よザ・サン》」

「《月よザ・ムーン》」


 空に煌々と輝く黄金の太陽と白銀の月が浮かび上がる。世界が昼と夜の二つに分かれた。

 魔法で作られた太陽と月が輝きを増す。一条の光が太陽と月から放たれ、絡み合いながら召喚され始めた魔物へと堕ちる。


「《陽光よソーラーレイ》」

「《月光よムーンレイ》」

「「《終末ラグナロク》」」


 今度は世界が黄金と白銀に染まった。隕石が落ちてきたかのように大爆発が巻き起こる。

 衝撃や爆風は結界で阻まれるものの、思わず手で顔を覆って防御してしまった。

 でも、いくら衝撃を防いだとしても、地面の振動までは防ぐことができない。足元がグラグラと揺れる。

 もう! シランの使い魔はぶっ飛びすぎでしょ!

 ここまで強いともう呆れるしかない。その気になれば国なんか簡単に滅ぼせそう。絶対に怒らせたらダメね。

 光が晴れた時には、再び魔物は一掃されていた。空には太陽と月が輝き、昼と夜で分かれている。

 魔法攻撃で消え去っていた魔法陣が再び空に描かれた。少し歪んで歪な形をしている。無理やり魔法陣を描いたみたい。魔法陣から魔物が生み出される。

 魔物が召喚されたら………ほら。太陽と月が輝く。


「《太陽よ堕ちろフォールン・ザ・サン》」

「《月よ堕ちろフォールン・ザ・ムーン》」

「「《終焉ジ・エンド》」」


 黄金に燃える太陽と白銀に凍てつく月が堕ちてきた。

 そろそろこれらのぶっ飛んだ攻撃に慣れてきたわね。太陽と月が重なって弾ける。はい爆発。

 世界が終わった。そう思った。それ以外の言葉はいらない。

 視界が光に包まれた。音も消えた。自分の身体さえ分からない。

 永遠にも感じる光が収まった時には、地形が変わっていた。美しかった景色は魔物との戦闘でぐちゃぐちゃになっていたが、今の攻撃で更に台無しになった。地面が大きく抉られ、巨大なクレーターができている。幸い、結界によって街には影響はないけど。

 狐の獣人の神楽が頭を抱えている。


「やりすぎじゃ…阿呆…」


 それには私も同意する。明らかにやり過ぎ。これ、どうするのだろう。シランの使い魔が直すのかしら?

 シャルさんとアルスさんは目を見開き、口をポカーンと開けたまま固まっている。顔の前で手を振っても瞬きすらしない。

 何度目かわからない魔力が吹き荒れ、歪な魔法陣が描かれる。輝きも弱々しい。でも、数千体の魔物が出現する。

 神楽が黒い鉄扇を広げた。


「優雅さを学べ。阿呆ども」


 シャラン、とどこからともなく鈴の音が聞こえた。瞬きをした瞬間、世界が切り替わる。

 盛大に地面が抉れていた平原が、いつの間にか黄金に輝くススキ野原に変わっていた。風に吹かれて揺れている。空には美しい満月が輝く。

 ローザの街の外壁の上にいたはずなのに、私もススキ野原の中に立っている。


「なにこれ?」

「幻術…でしょうか?」

「綺麗…」


 あまりに美しい光景にシャルさんとアルスさんが復活した。うっとりと目の前の光景を見つめている。

 神楽が妖艶に、そして優雅に舞い始めた。着物を翻し、鉄扇を扇ぐ。シャランシャランと鈴の音が鳴り響く。

 魔物たちの動きが止まった。神楽を見つめたまま固まる。

 舞を踊るたびに、鉄扇から様々な色の蝶が溢れ出す。赤、青、黄、緑、他にもたくさんの色の蝶。蝶がひらひらと舞い、魔物たちの間を飛んでいく。その数はどんどん膨れ上がり、視界が黄金のススキとカラフルに輝く蝶で埋め尽くされた。

 神楽の舞が終わり、妖艶に微笑んだ口元を鉄扇で隠す。


「《胡蝶之夢》」


 パチン、と音を立てて鉄扇を閉じる。

 その音に驚いて瞬きしてしまった。その瞬間、私はハッと夢から醒めた。

 黄金のススキ野原と蝶が消えている。綺麗な満月もない。私たちがいる場所は外壁の上。目の前には地面が抉れた平原が続いている。

 でも、魔物の姿は一切ない。魔物だけが消え去っている。

 シャルさんとアルスさんも周りをキョロキョロと見渡している。

 今さっきの光景は夢か現実かわからない。まるで狐に化かされたよう…。


「こここ。妾を見習え、阿呆ども」


 神楽が他の《パンドラ》のメンバーにドヤ顔をする。

 なんか全員の視線がぶつかり合い、火花が散った気がするわ。


「じゃが、ちと不満じゃな。主様にお相手してもらうかのぉ」


 ふわっと放たれる甘くて艶美な雰囲気。同性の私でさえ脳が蕩けてしまいそう。

 神楽は尻尾をユラユラと揺らしながら、優雅に鉄扇で扇いでいる。

 魔法陣からはまだまだ魔物が召喚される。

 シランの使い魔たちは、私たちがあれだけ苦労して、全力で倒していった魔物たちを軽々と一撃で葬り去っていく。

 どれだけ強いのよ。果てが全然見えないわ。彼女たちがいたら、私がシランを護衛する意味なんてないじゃない! だから…もっと強くならなくちゃ。


「もう驚くのに疲れちゃった…」

「わかります。《パンドラ》の皆さんってこんなに強いんですね…」


 シャルさんとアルスさんは今までの疲労が襲ってきたのか、ぐったりと脱力している。今にも倒れそうだ。私だって倒れそう。

 神楽を始めとするシランの使い魔たちが、一斉に同じ方向に顔を向けた。

 その瞬間、巨大な白銀の光が立ち昇る。世界が白銀に染まった。

 私はもう驚かない。どうせシランの使い魔の誰かの攻撃でしょ。

 白銀の光は徐々に薄れ、その後にはごっそりと山が抉り取られた痕跡のみが残っていた。やっぱりぶっ飛んでる。


「さて、終わりじゃな」


 魔法陣が消え去る。もう描かれる様子はない。


「でも、まだ膨大な魔力を感じますよ?」


 シャルさんが耳をピコピコさせながら、光が立ち昇った方向を睨んでいる。

 確かに私も膨大な魔力を感じる。皇子プリンスリッチ以上の力を感じる。それが徐々に膨れ上がっていく。


「あれは気にせんで良い。もう終わった。疲れたじゃろ。お主らは寝ておけ」


 微笑む神楽からふわっと甘い香りが漂う。すると、一気に疲れが襲ってきて、全身が重くなる。瞼ですら重い。ゆっくりと目を閉じて意識が遠のいていく。

 近くでシャルさんとアルスさんの身体も崩れ落ちる気配を感じながら、私の意識はぷっつりと完全に途切れてしまった。

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