第102話 Sランク冒険者
《ジャスミン視点》
―――死んじゃったわね。
私は身体を上下に真っ二つに両断されて、自らの下半身を眺めながら、どこか他人事のように思った。
全てがスローモーションに見える。上半身が飛んで行くのも、
達人が斬ったら、相手は痛みや斬られたことすら感じないって言うのは本当だったわね。全然痛くない。痛いのは嫌ね。死ぬときはあっさり死にたい。
でも、死にたくない。シランと離れるのは嫌。
「シラン…」
無意識に愛しい人の名前を呟く。目を閉じて心の中で謝ろうと思った次の瞬間、両断された私の身体が光に包まれた。目もくらむ激しい光が輝き、身体がドサッと地面に投げ出される。
「あいたっ!?」
すぐに光が収まった。尻もちをついて痛むお尻を撫でる。
んっ? お尻? 私の身体は真っ二つになったはずじゃ…。
目を瞬かせながら下半身を見ると、ちゃんと私に足があった。くっついている。ペチペチと触っても問題ない。感覚もある。自分の意思で動く。ちゃんと私の足だ。
一体どういうこと? 私の身体は両断されたはず…。訳がわからない。
『クキャキャ…』
また背後で気味の悪い笑い声と骨の音がした。
私は呆然としていて動くことができなかった。
女性の澄んだ声が響き渡る。
「《
静謐で神々しい純白の光が立ち昇った。
誰が助けてくれたのだろう、と思った瞬間、私は女性二人に抱きつかれた。そして、身体のあちこちをペタペタと触られる。
「ジャスミン様!? ご無事なのですか!?」
「大丈夫なの? あれっ!? 真っ二つになったよね?」
「ちょっ! くすぐったい! どこ触ってるのよ! ひゃんっ」
胸やお尻を揉んだり撫でたりセクハラしてきたシャルさんとアルスさんを引き剥がす。心配してくれたのは嬉しいけれど、なんでセクハラするのよ!
私は自分の脚でしっかりと立つ。何かが身体からハラりと舞い落ちた。
「あらっ? これは紙?」
真っ二つに両断された紙。いえ、お札かしら?
そこに、さっきの澄んだ声の人物が現れた。
「うわっ…やっぱり身代わりのお札が発動しちゃってる。やっちゃったわ…」
全てが白装束で、漆黒の髪の女性。顔には口元だけ見える仮面をつけている。でも、仮面自体が魔道具かもしれない。声は澄んでいるが、魔法で変えられた印象を感じる。認識も阻害されている感じがする。髪の色しか記憶に残らない。
その白装束の女性が斬り裂かれたお札を見て、ガックリと項垂れ、頭を抱えている。
「アイツに怒られる…うぅ…」
「えっと…助けてくれてありがとうございます。そして、どなたですか?」
「私は…」
「《パンドラ》さんじゃないですかっ!?」
女性の声を遮ったのはシャルさんだった。耳や尻尾をピンと立て、目を丸くしている。
《パンドラ》? Sランク冒険者パーティの? 彼女が?
白装束の女性がゆっくりと頷いた。
「そうよ。正確には《パンドラ》のメンバーの一人。名前は秘密」
「はぁ…専属受付嬢の私にも秘密なんですよね…。いつも黒髪のお姉さん、と呼ばせていただいてます」
「貴女はどうしてここに? それと、この紙を知ってるの?」
「あとで説明するわ。取り敢えず、ここから避難しましょ。もう三人とも十分頑張ったわ」
一瞬、ボロボロの私たちの身体が白く輝く。すると、傷や体力も全て回復した。回復魔法をかけてくれたらしい。
黒髪の女性がふとアルスさんに目を止める。
「あら。ふぅ~ん…なるほどねぇ」
「ど、どうしたんですか?」
「いえ、別に」
女性がアルスさんから目を離した。そこに、もう一人、白装束の女性がやってくる。純白の髪の女性だ。
「全員の避難かんりょー。あとはこの三人だけだよー。って、ジャスミンの身代わりのお札が発動しちゃってるじゃん! うわぁー。怒られるよー」
「うぅ…だってぇ! 三人が力を合わせて強敵を倒したのを見たら感動しちゃったのよ。それでちょ~っと油断しちゃって…死んでないからいいじゃない!」
「でも、バレたら…」
「うぅ…もうそれ以上言わないで…」
一体どういうこと? 彼女たちは何を話しているの? 身代わりのお札って?
黒髪の女性が落ち込んでいるのを白髪の女性が揶揄っている。
シャルさんが二人の女性に恐る恐る問いかけた。
「あの~? 《パンドラ》の皆さんが出て来たってことは…」
「想像通り、前線は崩壊したよー」
「「「えっ!?」」」
「別に驚かなくてもいいわ。街には一体たりとも侵入してないから。魔物は他のメンバーが抑えているわ。私たちは冒険者たちを避難させてるの。貴女たちが最後よ」
よかったわ。心臓が止まるかと思った。
街のほうを見ると、一切煙のようなものは上がっていない。彼女たちが言う通り無事みたい。
「でも、なんで魔物がまだいるの? 召喚主は私たちが倒したよ?」
「アルスさん。よく思い出してください。私たちが倒したのは
そうだったわね。シャルさんの言う通り。私たちが倒したのは
「貴女たちはもう休んでていいよー。私たちが終わらせるからー。荷が重いでしょ?」
「で、でも…………あっ!?」
私たちがじっとしていたから、大勢の魔物が一斉に襲ってきた。高位の
私とシャルさんとアルスさんが身構えた。でも、白装束の女性たちが動くほうが早い。
目の穴が開いていない仮面をつけているからよくわからないけど、魔物たちを睨むと、面倒臭そうに一言呟いた。
「「邪魔」」
漆黒の髪の女性は神々しい白い光を放ち、純白の髪の女性は禍々しい黒い光を放った。
それだけで、半径数百メートルにいた魔物が全て消滅した。
私たち三人の目が点になる。
「何よこれ…これがSランク冒険者なの?」
「うわぁ…呪いが効かないはずの
「すごっ…滅茶苦茶広範囲の強力な聖属性魔法を簡単に発動させるなんて…」
魔物をあっさりと殲滅した女性たちは、どこか不満げだ。物足りないって雰囲気を感じる。
黒髪の女性が驚愕で固まる私たちに視線を向けた。
「さてと。ここにいては邪魔よ。跳ぶわ」
跳ぶ? どういうこと? と思った瞬間、周囲の空間が一瞬だけぼやけた気がした。周囲の景色が歪む。
めまいのような違和感を感じたと思ったら、私たちは投げ出された。
痛む身体を撫でながら立ち上がると、そこは今までいた戦場ではなく、ローザの街の外壁の上だった。
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