第101話 死神の大鎌

 

 《ジャスミン視点》


 魔法と魔法がぶつかる轟音がいくつも聞こえ、爆風が髪を揺らす。

 相手は皇子プリンスリッチ。魔法が得意な魔物。やっと自らの得意分野を思い出したらしい。遠距離から大規模な魔法攻撃を仕掛けてくる。

 私たちは懸命に撃墜するが、それだけで精一杯。皇子プリンスリッチには攻撃が届かない。

 膠着状態ね。どうすればいいの!?


『クカ…クカカカカッ…! 呪エ! 怨メ! 恐怖シロ! 絶望セヨ!』


 皇子プリンスリッチが何かを言っている気がするが、面倒なので無視しましょ。

 もう骨は見飽きた。眼窩に燃える炎も、カタカタとなる頭蓋骨もうざったらしい。しばらく見たくない。出来れば一生。

 近くで戦っているシャルさんとアルスさんをチラッと見る。二人とも魔力で編んだ爪を飛ばしたり、魔法を放ったりしてるけど、結構消耗してるみたい。息は荒げてるし、顔には疲労が浮かんでいる。


「決め手がありませんね。はぁ…《パンドラ》さんたちが早く来てくれないですかねぇ…」

「《パンドラ》ってSランク冒険者パーティの?」

「えっ? 近くに来てるの?」


 ドラゴニア王国の王都を中心に活動するSランク冒険者パーティ《パンドラ》。そう言えば、シャルさんがギルドで言っていたような…。ローザの街に休暇に来てるかもって。

 Sランク冒険者パーティが近くにいるなら、さっさと来なさいよ!


「来てるらしいんですけど、Sランク冒険者は勝手に行動することが禁じられてるんですよね。強すぎて。依頼を受けるか、こういう魔物の災害に対抗する前線が崩壊した時じゃないと…」

「何なのよ、その面倒くさい決まりは!」

「ジャスミンさん、落ち着いて。そうでもしないと、あたしたち冒険者の稼ぎ時が無くなっちゃうのよ。冒険者のランクが上がれば上がるほどしがらみが多くなるの。貴族も一緒でしょ?」

「それは…そうだけど…」


 本当に面倒くさいわ! 王子に嫁ぐ公爵令嬢が言うセリフじゃないけど。

 でも、このままじゃジリ貧ね。何とかしなくちゃ。


「アルスさん。さっきみたいに力を溜めることはできる?」

「えっ? 魔力がすっからかんになってもいいならできるけど」

「お願い。一気に片を付けましょう。防御は全部私に任せて」

「わかった。お願いね」


 アルスさんが再び力を溜め始める。灼熱の赤いオーラを放ち始めた。気温が一気に上昇する。顔は少し苦しそう。身体を酷使する方法みたい。無理させてごめんなさい。

 皇子プリンスリッチの攻撃は全て私が防ぐ。体内の荒れ狂う魔力を無理やり引きずり出して、暴風を吹かせ、風の刃を放つ。


「では、私も切り札を使いますか」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべたシャルさんの身体から、膨大な魔力が噴き出した。姿が徐々に変化する。身体から漆黒の体毛が生える。瞳が鋭く光り、牙や爪が伸びる。より獣に似た姿に近づいていく。

 高位獣人が使えるという《獣化》だ。

 人間と狼の中間になったシャルさんが、トンッと軽く地面を蹴った。その瞬間、シャルさんの姿が掻き消える。目にも止まらぬ速さで駆け抜け、皇子プリンスリッチの身体を鋭い爪で斬り裂いた。


『グアァッ!』

「この姿、あんまり好きじゃないんですけどね。可愛くないので」


 獣化したシャルさんは、放たれる魔法を掻い潜りながら、皇子プリンスリッチを斬り裂いていく。ヒット&アウェイ。

 攻撃しては離れ、攻撃しては離れる。気配遮断を行い、皇子プリンスリッチを速度と技で翻弄する。狩人ハンターによる狩りみたい。

 皇子プリンスリッチがシャルさんに気を取られ、私たちへの攻撃がおろそかになる。

 隙を見て、私も攻撃を仕掛ける。


『邪魔ダァッ!』

「きゃぅんっ!」

「シャルさん!?」


 皇子プリンスリッチの身体から闇の魔力が噴き出し、攻撃を仕掛けようとしていたシャルさんの身体を弾き飛ばす。皇子プリンスリッチは追撃し、シャルさんに大量の魔法が着弾する。

 爆発した衝撃でシャルさんの身体が地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


『クカ…コレデ一人…。残リ二人カ…』


 皇子プリンスリッチが骸骨の顔でニヤリと笑う。

 くっ! シャルさんは息はあるみたいだけど動けない。アルスさんはまだ力を溜めている。私が何とかしなくちゃ。

 私は皇子プリンスリッチに向かって駆け出した。ボロボロの剣を構える。


「《上昇気流アップドラフト》!」

『ナニッ!?』


 私が剣で攻撃すると思っていた皇子プリンスリッチは、虚を突かれて上空へと舞い上がる。私も身体に風を纏って、空へと昇っていった。更に魔法を放つ。


「《乱気流タービュランス》!」

『ヌオッ!?』


 上下左右、あらゆる方向からの不規則な気流によって、皇子プリンスリッチの身体が空中で上昇したり下降したり回転したりする。

 方向感覚が狂ってしまえばいいのよ! 目を回しなさい!

 でも、相手は人間ではなく魔物だった。魔物は目を回さないらしい。体勢を整えようとしながら、真っ直ぐに燃える瞳で私を睨んでくる。


「《風妖精の剣舞シルフィード・ダンス》!」


 剣舞を舞って、風の刃で皇子プリンスリッチを斬り裂く。

 皇子プリンスリッチの身の毛もよだつ憤怒と憎悪の叫びが世界を揺らす。


『アァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 身体の芯から恐怖を感じる甲高い絶叫。まるで世界を呪っているみたい。

 今がチャンス!

 私は虚空を蹴って、皇子プリンスリッチへと迫る。


『我ヲ嘗メルナァァァアアアアアアアアアアアアア!』

「きゃあ!?」


 至近距離で放たれた闇の砲弾に直撃してしまい、私は地面に叩きつけられた。地面が陥没してクレーターを作る。全身を強く打ち、肺の空気が押し出された。

 ぼやける視界の中で、皇子プリンスリッチがゆっくりと地面に降りるのが見えた。眼窩の炎が私に狙いを定める。

 その間に割り込む赤いオーラの人物――


「《屠龍の光焔ドラゴン・レイ》!」


 灼熱の赤い閃光が皇子プリンスリッチに向かって真っすぐに放たれた。地面を削り取りながら、赤い一条の光が皇子プリンスリッチを飲み込んだ。

 全力で魔法を放ったアルスさんが膝から崩れ落ちる。肩で大きく息をしている。


「はぁ…はぁ…これで、やったかな?」


 赤い光が消え、皇子プリンスリッチがいたところには、ぼろきれのような物体が崩れ落ちていた。でも、それがゆっくりと起き上がる。


「まだよ!」


 私はボロボロの剣で身体を支えながら立ち上がり、アルスさんに注意する。

 皇子プリンスリッチはまだ倒していない。骨の手を地面について、ゆっくりと立ち上がった。


『クカ…クカカ…』

「《竜巻トルネード》!」

『グアァッ!?』


 隙だらけの皇子プリンスリッチを竜巻に閉じ込める。風の刃も荒れ狂わせ、皇子プリンスリッチを斬り裂く。

 私もボロボロだけど、もう気合と根性よ!

 さっきほどじゃないけど、竜巻の中で魔力が膨れ上がる気配がした。皇子プリンスリッチが私の魔法を打ち破ろうとしているらしい。唇を噛みしめ、必死で耐える。

 私の横に、スッと誰かが立った。紅榴石ガーネットの瞳のアルスさんだ。魔力も限界のはずなのに、ニッコリと美しく微笑んだ。

 私たちは無言で頷き合う。アルスさんが竜巻に向けて片手をあげた。私の魔法にアルスさんの魔法が混ざり合う。


「「《火災旋風ファイア・ストーム》!」」


 巨大な炎の竜巻が巻き起こった。灼熱の炎と暴風の竜巻。不死者アンデッドの弱点である火属性の攻撃。闇を燃やし、骨を焼く。炎の渦に閉じ込められた皇子プリンスリッチが悲鳴を上げる。

 このまま皇子プリンスリッチを燃やし尽くしてやる!



 ▼▼▼



 燃え上がる炎の竜巻の中、皇子プリンスリッチは辛うじて耐えていた。

 灼熱の炎で身体が燃える。骨が焼ける。体を構成する魔力も残りわずかだ。

 皇子プリンスリッチは闇の魔法を身に纏って、憤怒と憎悪で眼窩の炎を激しく燃やす。


『クカ…マダ…ダァッ!』

「残念ですが、終わりです」


 背後から綺麗な女性の声が聞こえた。


「《冥道》」


 灼熱の炎の渦に闇のゲートが出来上がる。影を移動する闇の上級魔法だ。シランの使い魔のハイドが使う技の劣化版。人が一人何とか通れる闇の道だ。

 その道を通って、黒い影が飛び出してきた。黒い狼の獣人。シャルだ。

 魔力で紡いだ爪を鋭く伸ばし、尖った犬歯を剥き出しながら、獣のように獰猛に笑う。


「切り札は最後まで隠すものです」

『ソノ光ハ…!?』

「私は一言も、聖属性の魔法が使えない、なんて言ってませんよ」


 獰猛に、かつ妖艶に微笑んだシャルが、白銀に輝く聖なる爪を振りぬく。


「《聖獣の爪撃セイクリッド・クロウ》」


 皇子プリンスリッチの身体が聖属性の爪撃により、三つに斬り裂かれた。


『アァァァアアアアアアアアアアア…アァ…ア……』


 断末魔の絶叫が響き、突如途切れた。眼窩から炎が消え去る。身体から力が抜けた。

 聖なる攻撃により皇子プリンスリッチの身体が浄化され、炎の竜巻により燃やされ、ゆっくりと体が消滅していく。

 止めを刺して皇子プリンスリッチの消滅を確認したシャルが、ふぅ、と息を吐いた。


「やりました。後は、自慢の毛並みが燃えちゃう前に脱出しますか! というか、熱っ! 燃える! 毛が燃えちゃう! 艶やかな尻尾の毛がチリチリに焦げちゃうぅ!」


 シャルは慌てて炎の竜巻に影のゲートを作り出すと、迷わず飛び込んで脱出するのだった。



 ▼▼▼



『アァァァアアアアアアアアアアア…アァ…ア……』


 炎の竜巻の中から皇子プリンスリッチの絶叫が響き、突如途切れた。膨大な魔力の気配が消滅する。

 えっ? あれっ? 倒したの? 死んだふりとかじゃないわよね?

 同じように魔力の消失を感じ取ったアルスさんと顔を見合わせる。そこに、炎の竜巻に闇のゲートが出来上がり、中から黒い影が飛び出してくる。

 私たちは警戒して構えた。


「脱出成功! ふぅ…危うく燃えちゃうところでした。自慢の尻尾の毛並みは……あぁっ! ちょっとダメージ受けてるぅ! 毛先がチリチリになってるぅ~! 皇子プリンスリッチのバカやろぉぉぉおおおおお!」

「シャ、シャルさん?」

「無事だったの?」


 自分の尻尾を確認して、怒りの咆哮を上げていたフェンリルの獣人のシャルさんが、耳をピクピクさせて振り向いた。ニコッと笑ってピースサインをする。


「無事ですよ~! ご心配おかけしました。皇子プリンスリッチも倒れたので、もう大丈夫です」


 どうやらシャルさんが止めを刺したらしい。良かった。良かったぁ。

 私がぶっ殺せなかったのは残念だけど、シャルさんも無事で本当によかった。

 炎の竜巻を消滅させる。

 アルスさんは膝の力が抜けて、ペタンと座り込んだ。ホッと安堵している。魔力も体力も空っぽみたい。私も同じだけど。


「やったぁ…」

「お二人ともありがとうございました。お二人が弱らせてくれたおかげで、止めを刺せましたよ、助かりました」


 シャルさんが笑顔でゆっくりと近づいて来る。

 召喚主を倒したということは、魔法陣によって召喚されていた魔物も消え去るわね。《死者の大行進デス・パレード》も収まるはず。これで安心ね。


「もう疲れまし…………ジャスミン様ぁぁああああああ!」


 シャルさんがカッと目を見開いて、甲高い悲鳴を上げながら地面を駆ける。

 彼女が必死の形相で見ているのは私の背後。

 ハッと振り返ると、冷たく輝く巨大な刃が空気を斬り裂きながら迫っていた。

 全てがスローモーションになる。

 フードを被った見たくもない骸骨の顔。骨の手に持つ巨大な大鎌。あれは、生命を刈り取る死神グリムリーパーだ。


『クキャキャ…!』


 無意識に剣で大鎌の斬撃を防ぐ。


 パリィィィイイイイイインッ!


 澄んだ音を響かせて、剣が砕け散った。ボロボロだった剣が耐えられなかったみたい。

 ごめん。頑張ったね。ありがと。

 砕け散って光り輝く剣の破片を眺めながら、私の身体は死神の大鎌によって上下に両断された。


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