第97話 三姫の集い

 

 不死者アンデッドの大群が一瞬で光をあげながら消えていく。


「これで全部でしょうか?」

「お疲れ様です」


 別の場所で魔物を倒していたソラが俺の傍に出現した。

 俺は手からだしていた聖属性を帯びた糸を消す。この糸を操って魔物をバラバラにしたのだ。

 現在、俺は白い装束を着て、Sランク冒険者パーティ《パンドラ》として街の周囲を駆けまわっている。だから敬語口調だ。

 今回の《死者の大行進デス・パレード》の主は知恵が回るらしい。戦場からこそっと回り込んで街を狙う魔物の集団がいた。その魔物を俺たちは討伐している。


「まあ、街に向かっても入れないでしょうが」


 俺は街のほうを見る。ローザの街は不可視の巨大な結界で覆われていた。使い魔の神楽カグラが張った結界だ。魔物は一歩たりとも街の中に入れないだろう。

 他にも、街には若干聖属性の空気が漂っている。僅かに聖域と化し、不死者アンデッドを近寄らせないようにしている。インピュアの仕業だ。

 まったく、頼もしい使い魔たちだ。後でご褒美をあげないとな。

 戦場のほうの空気が変わった。禍々しい圧力と寒気が漂ってくる。巨大な力の一つが動き出したようだ。

 もう一つの超デカい魔力の塊はまだ動いていない。あっちがボスだろう。

 急にジャスミンのことが心配になる。屋敷にいて欲しかったが、戦力的に戦場へと向かったのだ。


「…ジャスミン」


 今すぐ駆け付けたい衝動を必死に抑える。

 使い魔たちにお願いしたから大丈夫、と必死に自分に言い聞かせる。

 ジャスミンのためにも長引かせるわけにはいかない。


「ソラ。ボスを叩きに行きますよ」

「はい!」


 俺とソラはその場から消え去った。




 ▼▼▼ 


 《ジャスミン視点》




 戦場に不気味な笑い声が響き渡る。


『クカ……クカカカカ……』


 荒々しくて禍々しい膨大な魔力。身体の奥底から凍り付きそうなほどとても冷たい。空気がねっとりと重い。重力が何倍にも増したみたい。恐怖で歯がガチガチと鳴る。冷や汗が噴き出す。

 なによ…これ…。こんなの聞いてない…。


『クカカ………人間ヨ…我ニヒレ伏セ…我ニ従ウノダ…!』


 精神操作の影響もあるのかもしれない。圧倒的な力に屈したくなる。不気味な声に心が揺らぐ。

 怖い…嫌だ…死にたくない…。助けて…シラン!

 激しくバクバクしている心臓の辺りの服をギュッと握りしめる。


『…ジャスミン』


 シランの声が聞こえた気がした。突如、シランに優しく抱きしめられている感覚に陥る。

 あぁ…温かい。恐怖がどこかに吹き飛び、身体の震えも治まる。


「ふふふ。あいつ、絶対に私のことを考えてた。心配してた」


 ずっと昔からシランに関することだけ勘が鋭い。絶対に今、心配してくれていた。

 心配してくれなかったら怒りますけど!

 私って本当にチョロいと思う。一瞬でやる気が出て来た。恐怖なんか感じない。今の私はシランへの愛で満ちている。熱い愛が轟々と激しく燃え上がっている。

 恋する乙女は無敵なんだから!


『クカカ…魔物タチヨ…』

「あぁもう! 鬱陶しい! 私は早く大大大好きなシランとイチャイチャしたいの! 愛し合いたいの! 邪魔よ!」


 不気味な声が魔物に語りかけていたみたいだけど、私は無視して爆風を轟かせる。主の声に固まっていた魔物たちが吹き飛ばされて消えていく。

 隙を見せたほうが悪いのよ! 地獄で反省してなさい!

 一瞬遅れて、私の右の少し遠くで爆炎が噴き上がる。不死者アンデッドたちが炎に呑みこまれて灰になっていく。私のところまで熱風が襲ってくる。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 今度は私の左側で咆哮が轟いた。《獣の咆哮ビースト・ロア》だ。巨大な咆哮で私の耳まで痛い。

 私たちの爆音や咆哮で静まり返っていた戦場に音が戻る。呆然と固まっていた冒険者たちが正気を取り戻したらしい。荒々しい戦闘の音が聞こえ始める。

 このまま魔物たちを倒して―――


『我ニ従ワヌ者が多イラシイ。クカカ…見セシメガ必要ダナ…』


 膨大な魔力が迸る。

 見せしめ? そう疑問に思った瞬間、私の目の前の魔物が一斉に退いて道をあける。ずっと伸びた一直線の魔物の道。行き着く先は、この戦場で最も危険な魔物が潜む深淵。

 皇族インペリアルが囁く。


『……来イ』


 私の身体がグッと引っ張られる。強烈な引力で引き寄せられる。

 魔法を使っても引っ張る力は衰えない。剣を地面に刺してもスピードは落ちない。

 このままだと皇族インペリアルの下へ連れて行かれちゃう!

 膨大な魔力の塊へと近づく。空気が重い。身体も重い。

 皇族インペリアルの姿を捉えた。ボロボロの黒いローブを羽織った人型。闇が人の形を成し、白い骨が浮いているように見える。骸骨の眼窩に赤い炎が燃えていた。

 白骨化した片手には大きな杖を持ち、逆の手で私を誘うように手招いている。

 種族はリッチ。見たことないから正確にはわからないけれど、たぶんリッチの皇族インペリアルね。

 近づいたこの距離ならいける!

 私は引っ張られながら体勢を整え、皇族インペリアルに向かって突きを放つ。剣先から爆風の塊が放たれた。


「《空爆エア・ストライク》!」

「《聖なる爆炎セイクリッド・ブレイズ》!」

「《獣の爪撃ビースト・クロウ》!」


 近くで女性二人も大声を上げた。

 私の爆風の塊がリッチに直撃する。爆風が破裂すると同時に、神聖なる白い火炎が燃え上がる。激しく燃える白炎に閉じ込められたリッチを、闇色の獣の爪撃が斬り裂く。

 私を引っ張っていた引力が消えた。移動していた私の身体が投げ出される。急な引力の消失に反応できず、地面を転がってしまう。ゴロゴロと転がって、何かにゴツンっとぶつかって止まった。


「うぎゃっ!」

「あぎゃっ!」

「きゃうん!」


 私を含めて三人分の間抜けな声がした。

 ぶつけた頭を撫でながらゆっくりと顔をあげると、どこかで見たことがある赤い髪の美しい女性と、黒い狼の獣人の綺麗な女性が、私と同じように涙目で頭を撫でていた。

 私たちは同時に見つめ合い、目をパチクリと瞬かせた。


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