第98話 皇族リッチと三人の乙女

 

《ジャスミン視点》


 私と赤い髪の女性と黒い狼の獣人の女性が、涙目でぶつけ合った頭を撫でながら目を丸くする。

 どこかで見たことがある。この戦場で? いや、違うわね。もっと別の場所。二人は一体どこで………あぁっ!


「冒険者ギルドのシャルさんと、お店で出会った紅榴石ガーネット!?」

「《神龍の紫水晶アメジスト》のジャスミン様!?」

「テルメネコの金髪美人さん!?」

「「「なんでここに!?」」」


 私たちは指をさし合って見つめ合う。まあ、私だけが二人を知ってるみたいだけど。シャルさんと紅榴石ガーネットはお互いを知らないみたい。

 なんでここに、って思わず言っちゃったけど、冒険者ならこの戦いに参加するわよね。冒険者ギルドの受付嬢も元冒険者が多いから。

 こんな状況なのに、私の心に嫉妬が巻き起こる。二人とも本当に綺麗。私なんか…私なんか…うぅ…。


「長く話している余裕はありませんね。もしかして、お二人も引っ張られました?」


 瞳を鋭くしたシャルさんが、素早く冷静に聞いてくる。私と赤い髪の女性は手短に頷く。二人はどうやら私と同じように、リッチの皇族インペリアルに連れてこられたらしい。

 私たちは立ち上がって、燃え上がる白い炎を睨む。これで倒れてくれたらありがたいのだけれど…。


『ウガァァアアアアアアアアア!?』

「そう上手くいかないわよね」

「「ですよねー」」


 雄叫びが響き、白い炎が吹き飛ばされる。私たちはそろってため息をついた。

 炎の中から現れたのは、ボロボロのフードを纏った骸骨姿のリッチと、それを守るように立ちふさがっていた筋骨隆々の男だ。男は灰色の肌で、死体みたい。リッチを庇ったことでシューシューと肌が焼ける嫌な音がする。

 どこかで見たことがある顔ね。シャルさんも可愛らしく首をかしげる。


「あの顔どこかで……」

『クカッ…クカカ……我ニハ効カヌゾ!』


 リッチが骨の両手を広げ、眼窩に燃える炎を揺らし、膨大な圧力を放つ。

 思わず膝をついてしまいそうになるが、気合と根性とシランへの愛情で耐える。


「あれが皇帝エンペラー? 皇帝エンペラーリッチ?」


 私の疑問に冒険者ギルドの受付嬢が即座に反対する。


「いいえ、違います! 王冠を被っていません。服もボロボロです。あれは皇子プリンスリッチです!」

「うっそぉ! あれで皇子プリンスなのぉっ!?」


 赤い髪の女性が思わず叫ぶ。彼女が叫ばなかったら私が叫んでいたかも。

 この威圧と魔力で皇子プリンス…。ということは、これ以上の相手がどこかに潜んでいるってことよね。あぁもう最悪!


『クカカ…恐レヨ人間…怯エヨ…絶望セヨ! 我ニ従ウノダ!』

「い・や!」

「ジャスミン様。よく反論できますね…。尊敬します。まあ、私も嫌ですけど」

「すごっ…。あたしも嫌だけどね」


 二人が尊敬のまなざしを向けてくる。貴女たちも余裕ありそうね。

 拒否された皇子プリンスリッチが眼窩の炎を憤怒で激しく燃やす。


『我ニ逆ラウカ……人間ノ分際デ!』

「あんたこそ魔物の分際で何を言ってるのよ!」


 ずっと溜めていた風の魔法を全力でぶっ放す。魔物に遠慮はいらない。油断したほうが悪い。

 シャルさんと紅榴石ガーネットの美女も同時に行動を起こした。爆炎が噴き上がり、闇色の爪が斬り裂く。

 しかし、それは全てリッチの目の前に立っていた灰色の男によって阻まれた。背後のリッチには届かない。というか、灰色の男はほとんど効いていない。一体何者!?


『クカ…効カヌ…効カヌゾ!』


 皇子プリンスリッチが顎関節をカタカタさせながら不気味に笑う。歯もカチカチするのが気持ち悪い。生理的に無理。

 燃える炎の瞳で、私たちを上から下まで舐めまわす。非常に気持ち悪い。


『クカカ…気ニ入ッタゾ…人間ノ娘タチヨ…。ソノ反抗的ナ態度…美シイ姿…我ノ傍ニ置イテヤロウ…永遠ニ…。光栄ニ思ウガ良イ…』


 あんたの傍に永遠に? はぁ? 何言ってんの?


『クカカ…スケルトン…ガ良イダロウカ? 寛骨ト鎖骨ガ…素晴ラシィィイイイイ! ソレトモ、ゾンビ? 腐ッテ蕩ケタ身体ガ…エレガントォォオオオオ! ミイラ…モ良サソウダ…。皮ト骨ガ…ブリリアントォォオオオオオ!』


 なんか皇子プリンスリッチが身体をのけ反らせながら、甲高くて気持ち悪い声で叫び始めた。


「……ねぇ? なにあれ?」

「「さあ?」」


 シャルさんも紅榴石ガーネットさんも首をかしげている。二人とも皇子プリンスリッチをドン引きした冷たい瞳で睨んでいる。

 皇子プリンスリッチは皆あんな感じだと思ったのだけど、どうやらアイツがおかしいだけのようね。

 自分の世界に入って奇声を上げている間に情報の共有をしておきましょう。


「今さらだけど、私はジャスミン。武器は両手剣。風魔法が得意」

「私はシャルです! フェンリルの獣人。闇魔法が得意なので有効打はあまりないですね」

「あたしはアルストリア。アルスって呼んで。魔法全般が得意。特に火属性。でも、聖属性はちょっと苦手」


 なるほど。私が前衛で、シャルさんが遊撃で、アルスさんが後衛ね。バランスはいい。三人しかいないけど。アルスさんの魔法にかけるしかないわね。


「アルスさん。貴女、身体は…」

「ああ、呪いのこと? 発作は時々だから大丈夫! ずっと呪いに抗ってることで魔力量も馬鹿げてるからまだまだ余裕よ。こう見えて身体も頑丈だから、並大抵の攻撃は効かないし!」


 ふんす、と腕を曲げて筋肉をアピールするけど、残念ながらローブで見えないわ。でも、女性らしいほっそりとした腕のように感じる。大丈夫なのかしら?


『クカカ…! 初メニ死ンダ者ヲ スケルトン ニ…次ニ死ンダ者ヲ ゾンビ ニ…最後ニ死ンダ者ヲ ミイラ ニ…シヨウ』


 いろいろと喋っていた皇子プリンスリッチの結論が出たみたい。

 絶対に死んだりしないんだから!

 皇子プリンスリッチが眼窩の炎を燃やし、骨の両腕を大きく広げて、目の前の灰色の死体に命じる。


『クカ…クカカ…我ガ下僕ヨ…動ク屍リビングデッドヨ…コノ女共ヲ殺セ!』


 灰色の巨躯がゆっくりと動き出す。


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