第96話 風妖精の姫

 

 《ジャスミン視点》


 先輩の女性騎士と合流した私は、何体目かわからない魔物を斬り裂いていた。この《死者の大行進デス・パレード》を引き起こした主に近づいているとは思う。周囲が高位の魔物だらけだ。

 少し苦戦しつつも、先輩と一緒に魔物を突き刺して斬りつける。


「もう! どれだけ倒せばいいのよ!」


 私の叫びに先輩が槍を振り回しながら冷静に答える。


「召喚主を倒すまででしょうね。多分、王種か皇帝種がいるでしょう。そして、彼らの子供たちも」


 王種の魔物が出現した場合、王族ロイヤルと呼ばれる魔物が必ず存在する。キングを頂点として、王妃クイーン王子プリンス王女プリンセスが付き従う。強力な魔物たちだ。そして、王族ロイヤルを守護する騎士ナイトと呼ばれる魔物たちが王族ロイヤルを守っているらしい。

 皇帝種の魔物が出現した場合は、皇族インペリアルと呼ばれる皇帝エンペラーもしくは女帝エンペラス皇子プリンス皇女プリンセスが存在する。彼らを守る騎士ナイトはいないらしいのだけど、王種よりも強いらしい。

 私はまだ見たことないけど。


「先輩は王種と皇帝種、どっちだと思いますか?」

「まだ確かなことはわかりませんが、おそらく皇帝種でしょう。この統率力。王種ではあり得ません。それに、騎士ナイトも見かけませんし」


 なるほど。言われてみたら確かに。

 召喚したとはいえ、違う魔物をきっちり操っている。統率力が強いというのは皇帝種の特徴だった気がするわ。

 私たちは襲ってきた魔物をぶった切る。


「ただ、一つ気になることが…」


 槍の刃先に青い炎を宿らせながら、目にも止まらぬ速さで振り回す先輩が、疲れを感じさせない冷静な声で指摘した。


「まだ皇族インペリアルが一体も戦場に出て来ていないんですよね」


 私はゾクッと寒気がした。

 今の状況でもギリギリ保っている状態なのに、これ以上強い魔物が出てきたら私たちは負けてしまう。私たちが負けたら、魔物たちはローザの街に乗り込み、蹂躙するだろう。

 少し遠くの山の中で、膨大な魔力が放たれた。私たちはその方向に視線を向ける。


「この魔力…」

「あそこにいるみたいですね」


 膨大な魔力によって、空に浮かぶ漆黒の召喚魔法陣が禍々しく輝く。不気味な光が輝き、軋むような異音をあげながら、大量の魔物が召喚される。

 宙に漂う半透明の不気味な魔物たち。数は百を超えているだろう。


霊体レイス! 悪霊ワイト影霊ファントムまで!?」

不死者アンデッドの遠距離魔法部隊ってところですかね」


 先輩の言葉の途中で、宙に浮かぶ魔物たちが一斉に魔法を放った。敵味方関係なく地面に向かって降り注ぎ、爆発を引き起こす。

 私と先輩は魔法の弾幕を斬り裂いたので、ダメージは一切ない。


「頭がいいですね。上空にいれば魔法を落とすだけ。放物線を描いて飛ばすよりも効率的です。私たちの攻撃は届かない範囲ですし」

「感心している場合ですか!?」


 呑気な声の先輩に思わず声を荒げてしまう。

 このままだと私たちが一方的に攻撃されるだけだ。何とかしなければ。


「感心もしていますが、同時に恐怖もしています」

「……本当ですか?」

「本当ですよ。はぁ…ここまで最悪なことが重なるとは」


 全然見えませんって。本当にそう思ってます?

 全く恐怖を感じられない声で先輩が冷静に言う。


「明らかに知恵があり過ぎます。ということは、今回の不死者アンデッドの主は元人間の可能性があります。最悪なパターンですね」


 不死者アンデッドは元人間の可能性があるんだった。人間から不死者アンデッドになった場合、普通の魔物の行動が当てはまらない。殺戮衝動だけでなく、知恵があるからだ。危険レベルは跳ね上がる。


「回り込んで街を攻撃する可能性も?」

「あり得ます。私ならそうします」

「なら、ここで迷ってる暇はありませんね」

「えっ? ジャスミンさん? って、飛んだっ!?」


 先輩の驚く声が聞こえたが、私は気にせず空へと駆け上がる。

 風を纏って空気を蹴る。シランの使い魔に教えてもらった技だ。こうでもしないとシランの使い魔たちとは戦えない。

 常識が通用しない使い魔ばかりなんだから! なんであんな癖の強い使い魔ばかりと契約してるのよ! シランのバカ! 彼女たちがいたら私がシランを護衛する意味がないじゃない! だから、もっと強くならないと!

 空中を駆け、魔法を放ち続けている霊体系の魔物たちに突っ込んでいく。魔法を放ってくるが、風を纏わせた剣で斬り裂く。霊体系の魔物は、防御力が低い。一撃で消し飛ばせる。

 私は虚空に立ち、魔物の集団の中心でニコッと微笑む。


「さよなら。《風妖精の剣舞シルフィード・ダンス》!」


 剣を振って真空の刃を放ち、体中からも風の刃を放出する。空中で回転したり、駆け抜けたり、ダンスを踊るように舞う。

 あぁ…踊る相手がシランだったらいいのに。また踊りたいわ。今度無理やり誘おうかしら? やっぱり可愛らしくおねだりする方が良いかしら?

 う~ん…可愛いほうがいいわよね。シランってギャップに弱いみたいだし。

 360度、ありとあらゆる方向にいる魔物たちが風の刃に斬り裂かれて消滅していった。煙のような光も、私が放つ風に乗って消えていく。

 上空にいた魔物の魔法部隊は壊滅した。これで、上からの攻撃に悩まされることはなくなった。

 空から見ると、戦場が混戦状態になっている。孤立している人も多い。

 あっちは…大量の魔法が放たれているわね。遠くてよく見えないけれど、魔法使いみたい。別の場所では…目にも止まらぬ速さで黒い影が魔物の間を駆け抜け、一瞬にして斬り裂いている。獣人かしら? さっき《獣の咆哮ビースト・ロア》をした人かもしれないわね。

 多くの場所で他の人も頑張っている。私も頑張らないと!


「私も真似をさせてもらうわ! 《爆風ブラスト》!」


 人がいない場所を狙って、上空から爆撃を仕掛ける。魔物は為す術なく、私の魔法攻撃によって倒れていく。

 なるほど。空を飛べるっていうのは便利ね。そして、相手からすると脅威ね。最初からこうしていればよかったかも。

 何度目かわからない全力の魔法を放つ。


「《下降噴流ダウンバースト》!」


 爆発的な下降気流によって、大量の魔物がぺしゃんこに押しつぶされて消滅していった。

 まだまだいける、そう思った瞬間、戦場に圧倒的な圧力プレッシャーと魔力が大瀑布のように降り注いだ。

 まるで重力が強くなって押しつぶされているみたい。どんよりと空気が重くなって息がしづらい。

 私は空にいられず、地面に引きずり降ろされた。




 今まで動かなかった皇族インペリアルが、とうとう戦場に姿を現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る