第87話 ジャスミンとデート

 

 次の日。今度はジャスミンとのデートの日だ。

 ジャスミンは街を散策してお買い物デートがしたいらしい。

 リリアーネが街の散策で、ジャスミンが静かな場所で過ごすんだと思っていたんだが、俺の予想とはまるっきり反対だったな。

 女性の心を読むのは難しい。俺もまだまだだ。

 今日も変装した近衛騎士たちに尾行されながら、ジャスミンと手を繋いで街を歩く。

 昔から俺の手を掴んで引っ張りまわしたくせに、こういうデートの時は恥ずかしそうにおずおずと手を握ってくる。

 ぷいっと顔を逸らしつつも、身体はそっと寄り添ってくる感じが可愛い。堪らない。

 普段は、俺に対して容赦せず我儘なのに、今は乙女だ。このギャップが物凄く可愛い。


「ねえ。昨日リリアーネに何をしたの? あの子、デートから帰ってきてからずっとボーっとしてるんだけど」


 ジャスミンが紫水晶アメジストの瞳で問い詰めるように顔を覗き込んでくる。

 恋人つなぎで手を握り、街を歩きながら、ジャスミンからの問いかけを誤魔化すように周囲に視線を向ける。

 誤魔化すな、と軽く肘で小突かれた。ちょっと痛い。

 リリアーネねぇ。ずっと顔を赤くさせてボーっと宙を眺めていたなぁ。

 俺と視線が合ったら、頭からポフンと蒸気を噴き出してたし。

 ジャスミンの綺麗な紫色の瞳に俺は弱い。誤魔化しきれない。


「えーっとですね。二人きりだったので、思いっきり可愛がってあげました」

「うわぁー。あの子一人で受け止めたの? シランの底なしの性欲を? それはあんな風になるわね」


 ご愁傷様、とリリアーネに黙祷を捧げるジャスミン。

 ちょっと可愛がり過ぎたと思うけど、リリアーネが望んだことなのです。

 黙祷を捧げ終わったジャスミンは、何かに気づいてバッと俺から距離を取る。でも、繋いだ手は離さない。


「ま、まさかっ!? 私にも同じことをするつもりっ!?」

「しねぇーよ! ジャスミンが望まない限りしませんよ! 俺を何だと思っているんだ!?」

「性欲の塊」

「真顔で即答しないで! 地味に心が傷つくから!」


 俺の心にピシッと罅が入った。うぅ…幼馴染が辛辣だよぉ。

 ジャスミンは俺のことを性欲の塊だと思っていたのか。間違いじゃないんだけどね。

 真顔だったジャスミンが、再び身体を寄せてきて、頬を朱に染めてぷいっと顔を逸らした。


「べ、別に嫌とは言ってないじゃない…」


 何だこの可愛い生き物は。

 ねえねえ? ジャスミンは俺をキュン死させるつもり? 俺、悶え死ぬぞ?

 あまりの可愛さに悶えていると、その原因の婚約者様が心配そうに顔を覗き込んできた。


「胸を押さえてどうしたの? 具合悪い?」

「大丈夫大丈夫。ジャスミンの可愛さにやられてただけだから」

「なによそれ。意味わかんない」


 ジャスミンは意味が分からなくていいですよ。

 俺が勝手に惚れ直して悶えているだけですので。

 猛烈にイチャイチャしたくなった俺は、ジャスミンをお姫様抱っこする。


「きゃあ! いきなり何するの!」

「ジャスミン大好きだぞ~」

「と、突然なんなのよ! きゃあ~!」


 お姫様抱っこをしたまま、その場でクルクルと回る。

 ジャスミンは俺にしがみついて悲鳴を上げる。でも、口元は緩んでるし、満更でもなさそうだ。

 俺たちは軽く認識を阻害しているため正体はバレないが、周囲の人たちからバカップルと認識され、呆れられている。


「シラン止まって! 目が回るから!」

「おぉ。ごめんごめん」

「もう! びっくりするじゃない!」


 パシリ、と叩かれた。反省反省。

 今は我慢して、屋敷に帰ったらもっとイチャイチャしようっと。

 ジャスミンをお姫様抱っこしたまま街を歩く。

 周囲からの生暖かい視線が凄い。ジャスミンは羞恥で真っ赤だ。


「……シラン。あんた変わりすぎ」


 超至近距離のジャスミンが、ボソリと呟いた。甘い吐息が顔にかかる。

 俺、何か変わったっけ?


「婚約してから私への大好きアピールが凄いんだけど」


 あぁー。そういうことか。婚約してジャスミンとリリアーネに襲われてから、我慢するのを止めたからな。

 今まではリデル嬢と婚約していたし、暗部のこともあって、ジャスミンから少し距離を置いていたこともあった。

 俺とジャスミンは王子と公爵令嬢。いろいろなしがらみもあった。

 昔からずっと一緒にいた。幼馴染ということもあったし、俺はジャスミンが好きだった。ジャスミンも俺のことが好きだった。

 今は気にする必要もなくなったし、思う存分大好きアピールをしてもいいだろ?


「だって大好きだからな」

「うぅ…。よく恥ずかしいセリフを言えるわね。でも、嬉しいって思っちゃう……私ってチョロい女…」

「ジャスミンだって夜に叫んでるじゃないか」

「うるさい! 言うな!」

「痛っ!?」


 指をツンツンしていた可愛いジャスミンは、俺の余計な一言により、照れ隠しと怒りで殴りかかってきた。ジャスミンの拳が俺の無防備な額に直撃する。

 ゴンッと痛々しい音と痛みが襲ってきた。

 俺はジャスミンをお姫様抱っこしているから腕でガードができなかった。

 痛い。とても痛いです。揶揄い方を間違えました。ごめんなさい。

 でも、恥ずかしがるジャスミンの顔はとても可愛かったです。

 ジャスミンはプンプンと怒ってるアピールをする。


「全くもう。デリカシーがないんだから」

「ごめんごめん」

「罰としてこのまま私を運びなさい!」

「はーい」

「あっ、でも、少ししたら降ろして」

「なんで?」

「だって……シランと手を繋いで街を歩きたいのよ…」


 ぐはっ! 何だこの可愛い生き物は!

 恥ずかしそうに俯きながらもじもじとして言わないでくれ! 可愛すぎてキュン死しちゃうから! 普段とのギャップが凄くて、心にクリティカルヒットとするから!


「ジャスミン大好きだぞ~! 本っ当に可愛いなぁ~」

「きゃあ~! だからクルクル回らないで! シランのばかぁ!」


 ジャスミンの嬉しさと、楽しさと、照れと、恥ずかしさと、若干の怒りが含まれた大声が街に響き渡る。

 その後、俺は愛しの幼馴染兼婚約者様から、照れ隠しと怒りの制裁を喰らいましたとさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る