第88話 紫と赤の邂逅

 

 ジャスミンと手を繋ぎながらデートを続ける。

 小腹が空いたので、売っていた露天のお菓子をお互いにあ~んしながら歩く。

 俺とジャスミンは王子と公爵令嬢です。認識阻害をしているせいもあるけど、普通にバカップルとして食べ歩いている俺たちを、誰も王族と貴族だとは思わないだろう。

 ただのバカップルとしてイチャイチャしながら街をぶらつく。


「シラン。私、あれやりたい」


 恥ずかしさにも結構慣れて、自然と俺にくっついているジャスミンが唐突に言った。


「あれってどれ?」

「お店で相手のプレゼントを決めるやつ」

「小説とかでよくある、お互いにプレゼントを選びっこするやつか?」

「そう、それ。いいでしょう?」

「ふむ。いいぞ。お店はどこにしようか」

「いろんなものがたくさんあるお店?」

「じゃあ、ファタール商会かな」


 ファナが経営するファタール商会。ドラゴニア王国に本拠地を構える大商会だ。今では世界一の商会とも言われている。王国内のある程度の大きさの街には支店が必ず存在する。

 俺がファタール商会と繋がっていることはジャスミンとリリアーネにはまだ内緒だ。ファナの存在も秘密。だから、ファナは俺の屋敷には滅多に近づかない。来ても家の中に直接現れる。

 俺とジャスミンは人が賑わうファタール商会のローザ支店に到着する。

 ローザの街しか手に入れることができない商品がたくさんある。


「へぇー。沢山あるわね。じゃあ、今からしばらく別行動ってことで」

「へーい。三十分後に一度ここに集まらないか?」

「わかったわ。くれぐれも他の女性と仲良くなったりしないでよね!」

「しませんよ。ジャスミンだって気をつけろよな。痴漢とか」

「誰に向かって言ってるのよ。私、近衛騎士なんだけど! それに、シラン以外に触れられたくもないわ」


 可愛いことを言ってくれますなぁ。俺はジャスミンの腰をグッと抱き寄せて、店内なのに軽くキスをした。


「じゃあ、また後で」

「ふ、不意打ちは卑怯よ、全くもう!」


 顔を真っ赤にさせるジャスミンはとても可愛らしい。もっとイチャイチャしたいなぁと思っていたら、今度はジャスミンのほうから軽くキスをしてきた。


「また後で」


 ジャスミンはそう囁くと、スルリと俺の腕の中から抜け出して、人混みの中に消えていった。

 俺は一人、呆然と立ち尽くす。


「………不意打ちは卑怯だぞ」


 しばらく固まっていた俺は、まだ甘い感触が残る唇を指で撫でると、ジャスミンへのプレゼントを選び始めるのだった。




 ▼▼▼ 


<ジャスミン視点>



「勇気を出してキスしてみたけど……嫌われてないわよね?」


 シランから逃げるように離れた私は、心の中で悶々と悩んでいる。

 いつもはされるばっかりで、私からキスすることは滅多にないんだけど、勢いに任せてやっちゃった。

 嬉しさと恥ずかしさと幸福感と愛しさが入り乱れて心の中がぐちゃぐちゃだ。そして、嫌われたかもという恐怖が襲ってくる。

 大丈夫よね。大丈夫のはず。大丈夫だといいなぁ。

 男は女の子がちょっと積極的な方が好きって言うし、大丈夫よ!

 うぅ…でもぉ…シランに嫌われたらどうしよう…。

 悪い方に悪い方に考えてしまう。特に、シランに関することは。私の悪い癖。


「ダメよ、私。怖気づいちゃダメ。シランには多くの女性がいるんだから、もっとガンガンいかないと! 頑張れ私!」


 両手で自分の頬を叩いて活を入れる。

 周囲の人が突然の私の行動に不審な目を向けてきた。うぅ…ちょっと恥ずかしい。

 そそくさとその場を離れてシランへのプレゼント選びに集中する。

 お店には沢山の商品があって目移りしてしまう。あっちこっちお店の中を彷徨う。

 お客さんを掻き分けながら進んでいたら、人が少ないエリアに押し出された。そこにはデカデカと『ローザの街限定!』と書かれている。

 棚にたくさん置いてあったのはデフォルメされたキャラクター。


「なにこれ? テルメネコ?」


 ぶてっとした顔のネコのキャラクターね。頭には桃を乗せている。

 これはただの桃じゃなくて、えーっと…ローザの街の特産のハニーローザだっけ? 確かそういう名前の桃だったはず。

 テルメ…これは確か、他の国の言葉で温泉という意味だったと思う。温泉猫。それでテルメネコね。

 この街は猫が多いの? 町を歩いている時チラホラ見かけたけど。猫ってお風呂苦手じゃなかったかしら。

 疑問に思いつつも、テルメネコをじっくりと眺める。

 ぽっちゃりしたテルメネコのぬいぐるみがたくさん棚に並べられている。

 身体にタオルを巻いたテルメネコ。多分サウナに入ってる姿。

 ぐてっと身体を脱力させているテルメネコ。これは温泉に入っている姿?

 桶に足を突っ込んでいるテルメネコ。絶対に足湯ね。

 人気がなさそうなエリアだけど、私の足はじっと動かない。


「ぶさいく……いえ、ぶちゃいくね」


 ぶてっとしたふてぶてしい顔と態度。最初は、なによこれ、って思ったけど、じっと見てると何故か愛着がわいてしまう。憎めない顔。ちょっと可愛いかも。うん、可愛いわね。

 一番近くのぬいぐるみのお腹を触る。


「ふにふにでふわふわ…そしてちょっともちもち。触り心地はいいわね。抱き心地も良さそう」


 シランへのプレゼントはこれに決まりね。というか、私も欲しい。おねだりして買ってもらおうかしら。

 でも、まずはシランに似合うテルメネコを探さなきゃ。

 テルメネコのコーナーを行ったり来たりして探し回る。すると、一つのぬいぐるみが目に入った。

 バスタオルを巻きつつ、ふてぶてしい顔なのに何故か妙に気障っぽくてキメ顔をしているテルメネコのぬいぐるみ。今にも女性にイケメンボイスで『一緒に入らないか?』と口説きそうな顔ね。

 実にシランそっくり。実際誘われたし。温泉は気持ちよかったし、シランとのごにょごにょも気持ちよかった。開放感が凄くて、とても感じちゃって、いつもより激しくて…。はしたないくらい声を出しちゃった。またして欲しいかも………って、何を考えてるのよ私は!

 熱くなった顔をブンブン振って、シランとの愛の営みを頭から追い出す。

 少しすると落ち着いて冷静になった。でも、まだ顔はちょっと熱い。

 ゆっくりとお目当てのぬいぐるみに手を伸ばす。


「これに決定ね」

「あぁー! このテルメネコ可愛い~!」


 突然、赤い髪を三つ編みハーフアップにした女性が駆け寄ってきて、私が手にしようとしたぬいぐるみに手を伸ばした。私と彼女の手が触れ合う。

 私たちは同時に手を引いた。そして、お互いの顔を見て、目を見開いて驚く。



 その日、私は燃えるような赤い紅榴石ガーネットの瞳の美女と出会った。

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