第80話 お説教
「………ランタナさん?」
俺は橙色の瞳を怒りで燃やし、目の前に仁王立ちしているランタナを見上げて、出来るだけ刺激しないように優しく問いかける。
ランタナは一切顔色を変化させずに俺を見下ろす。
「はい、何でしょう。約束を破って私たち近衛騎士団に連絡することなくデートに出かけた王子殿下?」
「あ、あれはデートじゃなくて調査…」
「という名目のデートですよね?」
「………はい。ごめんなさい」
俺は正座したまま反省する。
ジャスミンとリリアーネの二人と共に調査という名目のデートに出かけて楽しんだ俺たちは、玄関から帰ってしまうという馬鹿をしてしまったのだ。
屋敷を護衛していた近衛騎士団に見つかり、部隊長であるランタナに報告され、現在俺たちは玄関ホールの中央に正座してお説教されている。
かれこれ一時間は正座している。そろそろ終わってくれないかなぁ。
俺の両隣では、ジャスミンとリリアーネが涙目でしょんぼりしている。
二人を庇ったんだが、静かに怒っているランタナを怖がって、二人も自発的に正座したのだ。
近衛騎士たちが、王子の俺と公爵令嬢を正座させているランタナに畏怖と尊敬の眼差しを送り、俺たちには同情の眼差しをしている。瞳で、姉御のお説教は怖いっすよねぇ、と言っている。
やっぱりランタナは皆の心の中で姉御って呼ばれているのか。気持ちはわかる。
「殿下! ちゃんと聞いていますか!?」
「はいですぅっ!」
俺は背筋をシャキッと伸ばしてハキハキと返事をする。
橙色の綺麗な優しい瞳を怒りに燃やしながらお説教が続く。
「殿下はご自分のお立場をちゃんと理解していらっしゃるのですか? 貴方様は王子なのですよ? 命を狙われるお立場なのですよ? 殿下に何かあったらどうするのですか。お願いですから自覚してください」
ランタナの声を荒げない静かなお説教は、何故か心に響いていく。
うぅ…本当に申し訳ございませんでした。ごめんなさい。
シュンと身体を小さくして反省する。
もし俺に何かあったら近衛騎士団の全員の首が飛ぶかもしれない。でも、そこは一切言わないのがランタナの良いところだ。俺だけを心配している。
この弟をお説教する姉の感じ…なんか新鮮で良いかも。
「殿下!」
「ごめんなさい! ランタナお姉ちゃん!」
「お、お姉ちゃん…!?」
おっと。ついお姉ちゃんと呼んでしまった。心の声が漏れてしまった。これで二度目だな。
ランタナは顔を真っ赤にして明らかに動揺している。あれほど顔色を変えなかったのにどうしたんだろう?
他の近衛騎士たちが、ついに姉御に春が!?、と注目している。
満更でもなさそうなランタナが、コホンと咳払いして真面目な顔を作る。でも、わずかに口元が笑っている。
「そ、そんな言葉で私の機嫌を取ろうとしても無駄です。大体なんですか、お姉ちゃんって」
「いやぁーランタナが姉みたいで」
「王女殿下方には遠く及ばないでしょうに」
「ランタナは俺の理想の姉だよ、お姉ちゃん!」
「止めてください!」
ランタナが顔を真っ赤にして照れ隠しのように声を荒げる。
ほうほう。ランタナの弱点はお姉ちゃん呼びですか。良いことを知ってしまった。これで攻めたらあっという間にお説教が終わるかも。
勘のいいランタナは、お説教を俺じゃなくて両隣のジャスミンとリリアーネに向ける。
「ジャスミンさん…いえ、今は任務外ですからジャスミン様。そして、リリアーネ様。殿下の婚約者であらせられるお二人がどうして殿下を止めてくださらないのですか?」
「ご、ごめんなさい」
「申し訳ございませんでした」
ジャスミンは流される形で連れ去られ、リリアーネは最初からノリノリだった。二人は正座したまま顔を俯かせる。
二人がお説教されている姿なんて初めて見た。これはレアな光景だ。しっかりと記憶しておこう。
落ち込んだ二人を愛でるのもいいが、俺が無理やり誘ったからなぁ。罪悪感が襲ってくる。
「ランタナ。二人のお説教はそれくらいにしてやってくれ。俺が無理に誘ったんだ」
「ですが」
「じゃあ、ランタナ。俺とデートして一緒にお風呂に入ろうって命令したらランタナはどうする?」
「ふぇっ!?」
顔を爆発的に真っ赤にして、可愛い声を上げて動揺するランタナ。
あれ…なんかとても乙女の反応で可愛いんだけど。
身体をもじもじさせ、両手の人差し指をツンツンしながら少し悩み、スゥっと顔を逸らしながら小さく呟いた。
「ま、まぁ、命令なら仕方がないと思います」
あ、あれっ? ランタナが物凄く可愛い。俺も動揺してしまう。
咄嗟に変な例えを言ってしまったけど、こんな命令にも従うの? 今のは例えが悪すぎたから断るのが普通だと思うのだけど………………深くは追及しないようにしよう。
「だ、だろ? だからジャスミンとリリアーネへのお説教はこれくらいに…」
まだ顔が赤いランタナがコホンと咳払いをする。
そして、最後に俺たちを厳しい声で優しく叱る。
「わかりました。殿下もジャスミン様もリリアーネ様もお説教はこれくらいにしておきます。ただし! 明日からは、出かけるときは必ず我々近衛騎士団に報告すること。いいですね?」
「「「はいっ!」」」
「よろしい! では、お説教はこれで終わりです」
ふぅ。やっと終わった。俺も許された。良かったぁ。
それにしても、硬い床に正座するのは疲れるなぁ。
スクっと立ち上がって、背伸びをして固まった体をほぐす。
「シ、シラン!?」
まだ正座したままのジャスミンが驚愕した声で俺の名前を呼んだ。若干弱々しく顔が青ざめている。よくみると、リリアーネも同じような表情だ。
「二人ともどうしたんだ?」
「な、何故シラン様は立てるのですか!?」
俺はすぐにピンときた。二人が立てないのは正座のし過ぎで脚が痺れているのだ。
ほほう。それはそれは…実に良いことを知ってしまった。
「何故って正座に慣れてるからな。んで、慣れていない二人は見事に脚が痺れていると…」
「シ、シラン!? え、笑顔で近寄らないで!」
「ど、どうして人差し指を突き出しているのですか!?」
「ふふふ…」
「今、足を触ったら怒るから! あとで酷いことするわよ!」
「シラン様はそんな酷いことはしませんよね?」
逃げようとするが、動けず焦っている涙目のジャスミンと、懸命に媚びて上目遣いをする潤んだ瞳のリリアーネ。二人ともとても可愛い。
俺は人差し指でツンツンしようと輝く笑顔を浮かべ、じりじりと近づいていく。
二人の綺麗な脚に指を近づけていく俺。顔を青ざめる婚約者二人。
俺は二人にニコッと微笑みかけた。
屋敷の中に女性二人の色気のある艶やかな絶叫が響き渡った。
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