第78話 見覚えのある黒狼
調査という名目のデートに出かけた俺たちは、ローザの街を探索していた。観光地やリゾート地でもあるため、人は多い。
ジャスミンとリリアーネが気になったお店を覗いたり、綺麗な青と白の街並みをブラブラ眺めたりしてとても楽しい。
温泉も有名で、あちこちに温泉があり、水路のようにお湯が流れ、至る所に休憩所として足湯がある。
今は足湯に浸かりながら、旬の特産品であるハニーローザのアイスクリームを食べている。
ハニーローザはスモモの一種で、収穫時期も短く傷みやすいことから幻のスモモとも言われているそうだ。
想像よりも酸っぱさはなく、甘くておいしい。濃厚だ。
「次はどこを調査する? 土産物屋とかアクセサリーショップとか洋服とかあちこち見て回ったけど」
ジャスミンがカップのアイスをスプーンで掬い、美味しそうに頬を緩ませながら言った。
最初は少し渋っていたジャスミンだったが、彼女が一番楽しんでいるように見えた。
リリアーネがクスクスと美しく笑う。それに気づいたジャスミンが少し拗ねる。
「なによ。リリアーネ、私に何か言いたいことでもあるの?」
「いえいえ。とても楽しそうだと思ったので」
「……楽しまなければ損じゃない」
「ほらほら、ジャスミン拗ねないで。アイスをあげるから。あ~ん」
俺があ~んをしてあげると、恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、ジャスミンがパクっと間接キスをした。アイスの美味しさよりも間接キスの嬉しさが勝っているように見える。ちょっと可愛い。
ジャスミンが食べたスプーンで俺もアイスを食べる。何となく普通に食べた時よりも美味しい気がした。
もう一人の婚約者様からじーっと物欲しそうな視線を感じる。
「リリアーネもあ~ん!」
「はい! んぅ~♡ 美味しいです」
それはなにより。本当に美味しそうに食べるなぁ。とても癒されます。
その後も俺たちは、お互いに食べさせ合ってイチャイチャし、足湯から上がってデート……じゃなくて調査を続ける。
町の中心部から離れて、町の端に移動する。中心部から離れると、閑静でのどかな雰囲気を感じる。ゆっくりまったり温泉に入りたいときはこういう場所のほうがいいのかもしれない。裏路地には隠れ家的なお店もありそうだ。
リリアーネが少しはしゃいだ声で、ある建物を指さす。
「あの建物は何ですか? 人が多く出入りしていますが」
「あそこか? あれは冒険者ギルドだよ」
もう街の端の端にたどり着いたらしい。魔物を狩った時に便利だから冒険者ギルドは街の門の近くにあることが多い。武器を持って明らかに冒険者風の人たちが頻繁に出入りしている。
彼らに興奮を感じる。騒ぎも聞こえる。何かあったのだろうか?
「冒険者ギルド! 行ってみてもいいですか?」
「いいぞー」
「えっ? いいの? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 俺もよく王都のギルドに行ってるから」
ワクワクしているリリアーネと警戒したジャスミンを連れて、冒険者ギルドへと足を踏み入れる。
ギルドの中は人だかりができていた。とても人が多い。アイドルに群がる熱狂的なファン、みたいな熱気と盛り上がりを感じる。
「思ったよりも綺麗な場所ですね。盛況です」
「本当ね。何かあったのかしら?」
冒険者ギルドには酒を飲むスペースはないはずなんだけどなぁ。ただでさえ好戦的な人が多い冒険者だ。酒が絡むと殴り合いが良く起きる。ずっと昔に殺し合いの大乱闘が起こり、それ以来、冒険者ギルド内で酒を飲むことは禁止されている。
なのに何故、酔ったような雰囲気を感じるのだろう?
その時、冒険者ギルド内に女性の大きな声が響き渡った。
「いい加減仕事の邪魔です! 依頼を受けない人は帰ってください!」
怒りを含んだ受付嬢の叫びだ。とてもとても聞き覚えのある声だった。
この声はまさか……何故ローザの街にいるんだ!?
盛り上がっている冒険者たち、特に男たちが次々に依頼表を確認し、依頼を受けていく。
ギルド内の隅に縮こまって喧騒をを観察していると、受付嬢の一人が俺たちに気づいて近寄ってきた。先ほど叫んでいた女性だ。
ボブカットの美しい黒髪。見惚れるほどの美貌。身軽でしなやかな身体。頭の上に黒い狼の耳がぴょこぴょこ動き、お尻からは尻尾がユラユラ揺れている。狼系の獣人だ。
冒険者の男たちの欲深い視線を一身に集めている。
「どうしました? 何かお困りですか? って、殿下!? はっ!?」
王都にいるはずの人気受付嬢シャルが声をかけてきたのだが、突然警戒してキョロキョロと辺りを見渡し始めた。耳と尻尾がピーンッと立ち、両手でお腹を押さえている。
「どうしたんだ、シャル?」
彼女はシャル。Sランク冒険者パーティ《パンドラ》の専属受付嬢だ。
冒険者としての身分である《パンドラ》じゃなくても、王子としてよく孤児院のちびっ子たちを連れて冒険者ギルドに訪れているため、シャルとは面識がある。王子の俺の担当もシャルになっているらしい。
ちなみに、シャルは《パンドラ》のリーダーが俺だとは知らない。
「す、すいません。殿下がいらっしゃると、私の担当である《パンドラ》の皆さんを前にした時みたいな感覚に陥るんです。本能で私の可愛らしい
元気の良い明るいシャルがよく喋る。一度に沢山質問をされたけど、もうこの口数には慣れた。
「えーっと、特に用事はないぞ。婚約記念旅行に来たんだが、愛しの婚約者様が興味を持ったから来てみた。残念ながらレナちゃんはいない」
癒しの天使がいないと聞いたシャルが、ガビーンとわかりやすく落ち込んだ。虚ろな瞳で、私の癒しが…、とブツブツと呟いている。ちょっと怖い。
俺の服が両側からクイクイっと引っ張られた。美しき婚約者二人が輝く笑顔を浮かべ、体中から陰鬱な不機嫌オーラがまき散らされている。
「誰?」
「説明して頂けますか?」
「ジャスミンだけじゃなくてリリアーネまで!? ちょっと怖いんですけど!」
「「説明!」」
「はいっ! 彼女は普段王都の冒険者ギルドで受付嬢をしているシャルさんです! 孤児院のちびっ子たちと遊びに行ったときに少しお喋りするくらいの仲です!」
思わず床に正座をしてジャスミンとリリアーネに説明する。
ジャスミンはわかるんだけど、何故リリアーネまで機嫌が悪いんだろう? ご機嫌取りのためにもっと可愛がらないといけないな。もちろんジャスミンにもたっぷりと。
正座した俺と問い詰めるジャスミンとリリアーネを見て、シャルがクスクスと笑い声を漏らす。
「ご婚約おめでとうございます、《
シャルは人懐っこくニッコリと微笑んだ。
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