第51話 女誑しの仕事

 

 あっという間に時間が過ぎ、とうとう明日は舞踏会だ。

 それに伴い、俺の仕事は膨大に増えている。

 暗部による王族の護衛。招待客リストの確認と内偵。裏組織の統括。事件や暗殺の情報収集。

 ありとあらゆる情報が纏められて俺の手元にきている。

 まあ、本当に大切な情報は念話で証拠を残さないようにしている。

 物は残さない。全て頭に記憶している。

 現在も屋敷の執務室の椅子にもたれて、書類を十以上空中に浮かべて、同時に記憶したりサインを書いたりしている。

 魔法を使えば複数の作業を並列して行うことができる。

 脳に負担がかかるけど。でも、もう慣れた。

 黙々と仕事を続けていく。

 少し目を瞑って情報を整理する。


「ふむふむ。貴族はヴェリタス公とグロリア公も参加ね。珍しいな」

「ヴェリタス公爵は先の事件でまだ王都に滞在中です。舞踏会が終われば領に戻られるとのこと」


 ハイドが情報の捕捉をしてくれる。本当に有能だ。

 ストリクト・ヴェリタス公爵。リリアーネ嬢の父親だ。

 親バカのあの公爵は娘の舞踏会を見るために残っていたのだろう。

 俺、公爵に会ったら刺されないよね? 怖いんだけど。あの人、超武闘派だから。


「グロリア公は三人の王妃殿下とお茶会も行われたようで…」

「普通のご婦人のお茶会だったらいいんだが、あの公爵はいろいろと掴めないところがあるからなぁ」


 ドラゴニア王国の公爵アヤメ・グロリア。ジャスミンのお母さんだ。

 王都の守護を任されているグロリア公爵の現当主。ディセントラ母上たちのお茶友達であり、超武闘派の公爵。大剣使い。

 軍事・策略にも非常に優れ、密かに女狐と恐れられている女傑だ。

 俺も頭が上がりません。普通に優しい人なんだけど、あのニッコリ笑顔には逆らえない威圧感がある。


「ふむ。俺だったらどうする? 娘をけしかけ、舞踏会にも参加する。ジャスミンと俺を揶揄いたいだけか? あの人ならあり得るんだよなぁ…」


 否定できないのがあの人の恐ろしいところだ。

 特に愛娘のジャスミンを弄って揶揄うのが趣味という母親だから。


「それとも、ジャスミンを守るため? ヴェリタス公もリリアーネ嬢を守るため? 俺が二人を連れていたら貴族たちがうるさいだろうから、それを牽制するためか?」

「最近貴族派の貴族たちが調子に乗っていますからね」

「そうだよなぁ」


 ハイドの言葉に深く頷いてしまう。

 貴族にも当然派閥がある。王族に厚い忠誠を誓っている王族派。自分たち貴族が強いと思っている貴族派。どっちの派閥にも参加しない中立派。

 現王族、父上や母上たちは皆優しいから、貴族派の貴族たちが密かに見下している感じがある。

 俺の元婚約者リデル嬢のフィニウム侯爵家は貴族派の貴族だ。

 それに対して、ジャスミンのグロリア公爵家、リリアーネ嬢のヴェリタス公爵家、リシュリュー宰相のエスパーダ侯爵家、レペンス近衛騎士団長のダリア侯爵家は全員王族派の貴族だ。

 重要な役職は信頼がないと任せられないことが貴族派のバカたちにはわからないのかな?

 わかってないんだろうなぁ。王族派だけを優遇するお友達の国家とか言っているし。


「ご主人様の婚約発表という可能性もありますが」


 微かに笑いを含んだ声でハイドが言った。

 思わず頭を抱えてしまう俺。


「それもあり得るんだよなぁ。父上なら絶対考えている。でも、あの二人の公爵が賛成するか? しそうなんだよなぁ……。ヴェリタス公は俺を射殺しそうに睨みながら、グロリア公はおっとりと微笑みながら『責任取れ』って言いそうだ…」

「可能性は高いですね」

「はぁ…俺、明日腹痛で休んでいい?」

「ダメですね」


 可愛らしくおねだりしてみたけど、ハイドによってバッサリと拒否されてしまった。

 うぅ…俺には可愛さはないのか!? うん、ないな!

 はぁ、とため息をつくと、ドアがノックされて返事をする前に開いた。


「シラ~ン! オウラさんとアージェさんが来たんだけど! アクセサリーができたって!」


 ドアを開けてズカズカと勝手に入ってきたのは幼馴染のジャスミンだ。

 ノックしたのはえらいから、返事をするまで待っててほしかったなぁ。

 何故か俺を見て固まっているジャスミンに声をかける。


「わかった。誰かに言ってネアを呼んでてくれ。ドレスもできている頃だろう。衣装合わせをするか。前日だけど、これは急に決めた母上が悪い。うん、母上のせいだ。俺は仕事を終わらせてから向かうよ」


 ジャスミンの目が見開かれた。綺麗な紫色の瞳が更に大きく見える。

 何故か驚愕したジャスミンが近寄ってきて、おでことおでこをくっつけてきた。


「熱は……ないわね。喉が痛かったりしないわよね?」

「してないけど。俺、どこか変だった?」

「当たり前よ! シランが仕事をしているんだもの! とうとう頭がおかしくなったのっ!?」


 ジャスミンさん酷い! 俺だって仕事をするんだから! 誰も見てないところで!

 だから、頭をポンポンコンコン叩かないで! 地味に痛いから!


「あのなぁ。言っただろ? 俺は陰でこそっと仕事をするのが好きなの! 堂々となんかやってられっか!」

「あんたバカなの? バカだったわね」

「だからなんでっ!?」

「むぅ! 私が何度言っても仕事をしなかった癖に…」


 ジャスミンがムスッと頬を膨らませて怒っている。

 綺麗な紫色の瞳に怒りの炎が燃えている。

 ヤバい。怒られそうだ。


「それは…その…無能王子を演じていますから、ね? 敵を欺くにはまず味方からと言いますから、ね? わかるだろ?」

「それはわかるけど……よくも私に黙ってたわね、という気持ちが湧き上がって、ムカムカと怒りが……」

「ですよねー! そうですよねー! マジごめんなさい!」


 俺は即座に土下座する。

 お説教に慣れている俺は土下座にも慣れている。

 お説教が短くなるのならジャンピング土下座も厭わない!


「はぁ…もういいわよ。さっさと立って! 早く仕事を終わらせて、私たちの衣装合わせに立ち会いなさい!」

「わかりました! …………だから、後頭部を踏みつけているその足を退けてくれない?」

「あら、ごめんなさい。つい癖で」


 癖で土下座する王子の後頭部をぐりぐりと踏みつけるってどういうことなんだろうね?

 うぅ…後頭部が痛い。俺、王子なのに…。

 痛む頭を撫でながら、俺はゆっくりと立ちあがった。


「さてと。麗しいお嬢様方のために頑張りますかね。あっ、ジャスミン。舞踏会前日ってことで衣装合わせの後、少しダンスの練習に付き合ってくれない?」

「や、やっぱり頭の中がおかしくなったのねっ!」

「…………リリアーネ嬢に頼もうかなぁー」

「だ、だめっ! 私が練習に付き合ってあげるわ! その代わり、ダンス中は私だけを見ていなさい!」

「そのつもりさ。じゃないとパートナーに失礼だろ? ジャスミンも俺だけを見ていてくれ」


 真っ赤になったジャスミンがボソボソと何かを呟く。


「………………(ずっとあんたしか見てないわよ)」

「何か言ったか?」

「何でもないわよ、このバカ! さっさと仕事を終わらせなさい!」


 ビシッと最後に俺を指さしたジャスミンは、真っ赤になった顔を手で隠しながら部屋を出て行った。

 まるでにやける顔をどうにか抑えようとしている感じだった。

 全然抑えられていなかったけど。

 どうしよう、御粧おめかししないと、と呟く声もバッチリ聞こえていた。

 ジャスミンが出て行ったドアを眺めてボソリと呟く。


「ジャスミンって若干ツンデレだよなぁ。インピュアみたい」

『誰がツンデレよ!』


 屋敷のどこかにいるインピュアから即座に念話か届いた気がするが、はいはい、と適当に返事をする。


「ジャスミンのお説教も回避されたし、仕事に取り掛かりますか。あっ!? あの時風邪って言えば明日行かなくて済んだかもしれないのに! 俺の馬鹿!」

「あの嬉しそうなジャスミン様を悲しませるおつもりですか?」

「………………仕事をします」

「頑張ってくださいね、女誑し」

「なんでっ!?」


 なんかサラッとハイドから罵倒された気がするけど、ハイドはすまし顔だった。

 釈然としなかったけど、俺は仕事に取り掛かった。

 そして、素早く仕事を終わらせた俺は、みんなが待つであろう部屋に向かいドアを開けた。

 すると、ネアとアージェにセクハラされているジャスミンとリリアーネ嬢の姿が……。

 俺は気づかれないようにそっとドアを閉めるのであった。


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