第52話 舞踏会の開幕

 

 珍しく、本当に珍しく、俺はタキシードを着てピシッと真面目にしている。

 今から舞踏会が行われる。久しぶりの参加だ。

 まあ、暗部の仕事で父上たち王族の護衛を陰でしていたけど。

 王族が王族の護衛をするってどういう状況なんだろうね?


「兄様! ジャスミン姉様のドレス姿、楽しみですね!」

「そうだな………って、何故アーサーがここにいるっ!?」


 俺の隣で瞳をキラキラさせている利発そうな少年がいた。

 ドラゴニア王国第四王子アーサー・ドラゴニア。俺の異母弟だ。

 ジャスミンとリリアーネ嬢を待っている俺の隣にいつの間にか待機していた。

 まだ幼さを残したアーサーがキョトンと首をかしげる。


「何故ってレアなジャスミン姉様のドレス姿ですよ? 見たくなるじゃないですか。今回は僕、参加しないので」

「確かにジャスミンのドレス姿はレアだけどさ」


 最近は俺の護衛で騎士服しか着ていなかったし、面倒だからこういう催し物にも出席していなかったらしい。

 何気に俺も昨日の衣装合わせの時に久しぶりにジャスミンのドレス姿を見た。

 見惚れてしまったのは秘密。

 ウキウキと楽しみにしているジャスミン大好きのアーサーを眺めながら、俺たちは待つ。

 コンコンっと部屋のドアがノックされ、ゆっくりと開かれる。

 そして、絶世の美女が二人入ってきた。

 身体のラインを惜しげもなく披露したデザインのドレス。ジャスミンは瞳の色に合わせた濃い紫色のドレス。リリアーネ嬢は綺麗な青色のドレス。露出は少ない。だけれど美しさと可憐さとエロティックな印象を感じる。

 そして、二人の胸元に光るシンプルな白銀色のネックレス。小さな輝きだが、それが二人の美しさを際立たせている。


「シラン、どう?」

「シラン様?」


 美しい雰囲気に呑まれてしまった俺は、二人の声で我に返った。


「………あぁ、ごめん。ジャスミン、リリアーネ嬢、綺麗だよ」


 ジャスミンとリリアーネ嬢はポフンと顔を真っ赤にする。


「あ、ありがと」

「ありがとうございます」


 恥ずかしそうにもじもじとする二人も可愛らしい。

 俺の袖がクイクイっと引っ張られるのを感じた。


「に、兄様……あれは誰ですか…?」


 ポカーンと目を丸くしてドレス姿の二人を見つめている。


「誰ってアーサーが慕っているジャスミンと、姉様って呼びたかったリリアーネ嬢だろ?」

「こ、これは反則です……こんな美姫を堕とすなんて……流石女誑しの兄様です」

「酷い! 弟が酷い!」


 弟にも女誑しって言われた! 女の子は褒めなさいって母上に教育されたことを実践しているだけなのに!

 それにしても、二人がいつも以上に綺麗すぎるんだけど…。


『………言い忘れてたけどジャスミンとリリアーネに新薬を試した』


 眠そうなビュティから念話が届いた。


『ビュティさん!? 何やってるの!?』

『………おぉー? 臨床試験?』

『二人に何かあったらどうするんだっ!? 俺じゃないんだぞ!』

『………大丈夫大丈夫。世界樹の果実とか樹液とか不死鳥の涙とか混ぜただけだから。結果は上々! すごく綺麗になったでしょ! じゃあ、楽しんでねー』


 それっきり念話が途切れる。念話をしても無視される。

 今回は何もなかったけど、危ないから二人に試すのは止めて欲しい。後でお仕置きだ。


「でも、二人に挟まれたら兄様が霞んで消えてしまいますね」

「じゃあ、これはどうだ?」


 俺はジャスミンとリリアーネ嬢の間に立ち、普段は隠している威厳や覇気を身に纏う。

 両隣の二人がバッと俺を振り向き、アーサーは気圧されたように後退りする。


「シラン…あんた…」

「こ、これはすごいですね…」


 二人がなぜか頬を染めているけれど、疲れた俺は普段通りに戻る。

 威厳や覇気を出すのはいいけど、肩がこるし気疲れするんだよなぁ。


「………疲れた」

「あんたね…いつも今みたいにしていなさいよ! (かっこいいじゃない…)」

「何か最後に言ったか?」

「言ってないわよ、ばか!」


 ジャスミンにバシッと背中を叩かれた。痛いです。


「おーい! アーサー? 戻ってこーい!」

「はっ!? い、今のは何ですかぁー!? 一体誰ですかっ!? さては兄様のニセモノ! 影武者だな!」

「俺は本物だっつーの! よくも実のお兄様をニセモノって言ったな! 覚悟しろっ!」


 俺はアーサーの頭を拳でグリグリする。


「痛い痛い痛い痛い! 痛ーい! この痛みは兄様のものです! ごめんなさーい!」

「よし、許してあげよう! さてと、俺たちは行くぞ。アーサーは部屋に戻れ」


 そろそろ時間だ。涙目のアーサーの頭をポンポンと叩く。


「は、はい。シラン兄様頑張ってくださいね。ジャスミン姉様、リリアーネ殿……姉様って呼んでもいいですか?」

「はい、いいですよ」


 ジャスミンはニコッと微笑んだ。

 アーサーは頬を真っ赤にしつつ、瞳を嬉しそうに輝かせた。


「ありがとうございます、リリアーネ姉様! ジャスミン姉様、リリアーネ姉様、シラン兄様をお願いしますね! じゃあ、失礼します!」


 パタパタとアーサーが部屋から出て行った。

 何故二人に俺のことをお願いするのだろう? 俺ってそんなに頼りない?

 俺はジャスミンとリリアーネ嬢の二人と残される。

 リリアーネ嬢は何かを期待し、ジャスミンも呆れの視線を俺に向けている。


「えっ? 何っ? ジャスミン? リリアーネ嬢? どうした?」

「はぁ…シラン? いつまでリリアーネのことを他人行儀で呼んでいるのよ。アーサーくらい積極的になりなさい!」


 コクコクと期待顔でリリアーネ嬢が頷いている。

 あぁ~! そういうことか。リリアーネ嬢は呼び捨てで呼んで欲しいのか。

 アーサーは積極的だからなぁ。折角だし俺も呼び方を変えるか。

 ちなみに、ジャスミンは非公式だとアーサーのことを呼び捨てで呼んでいる。


「ジャスミン、リリアーネ、行くか」

「ええ!」

「はい!」


 差し出した手を二人が握り、会場に向けてエスコートをする。

 メイドの案内を受けて王族が入場する入り口に到着した。

 そこでは、もう既に父上や母上たち、姉上たちも待機していた。

 俺がエスコートをするジャスミンとリリアーネを見て誰もが固まる。二人の美しさに呑まれた。


「こ、これは……《神龍の紫水晶アメジスト》と《神龍の蒼玉サファイア》の名に恥じぬ美しさだな」

「ありがとうございます、国王陛下」

「勿体ないお言葉にございます」


 普段は気軽な感じで喋るジャスミンも、公の場が近いので貴族令嬢らしく身分をわきまえた言動をしている。

 俺はドレス姿の母上たちや姉上たちに視線を向ける。


「母上たちも姉上たちもお綺麗ですよ」

「あらあら。嬉しいわ。でも、流石の私も嫉妬しちゃうわね。シラン、ちゃんと二人をエスコートするのよ」


 頬に手を当ててコロコロと楽しげにディセントラ母上が微笑んでいる。アンドレア母上やエリン母上も同じ表情だ。

 流石王妃としての貫禄と余裕がある。

 でも、姉上たちやその婚約者たちはまだ驚きから復活していない。


「わかっていますよ」

「おっと。そろそろ時間だな。気を引き締めろ」


 父上が王としての威厳を放ち始める。母上たちも王妃の威厳と美しさを醸し出す。姉上たちも同じだ。

 ジャスミンとリリアーネも気を引き締める。

 でも、俺はいつも通り。一人だけ影が薄い。浮いた存在だ。

 ジャスミンや、姉上の婚約者たちから睨まれるが、俺は無視する。

 父上や母上たちは俺を理解し、いろいろと察しているから何も言わない。

 俺はこういう場でも出来るだけ無能を演じているのだ。


「よし、行くぞ!」


 父上の号令の元、扉がゆっくりと開いていく。

 煌びやかな光が見え、父上を先頭に舞踏会の会場に足を踏み入れる。

 ジャスミンとリリアーネをエスコートする。

 こうして、久しぶりの舞踏会が開幕した。

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