第48話 恋する乙女は強い

 

 ジャスミンとリリアーネ嬢の裸を見るという事件が起こった後、俺たちは城へ来ていた。

 俺とリリアーネ嬢は来る必要がなかったんだけど、暇だから行くことにした。

 これからジャスミンは騎士団の合同訓練らしい。

 城に入って、ジャスミンは真っ先に近衛騎士団の部屋へと向かった。

 俺とリリアーネ嬢は、城の中の俺の部屋に入る。

 俺の使い魔のソラとハイドだけを残し、メイドたち全員を追い出した。

 これから女遊びをするのか、と冷たく蔑まれたり、巻き込まれなくてホッとしたメイドたちが足早に部屋から出て行った。


「さてと、神楽カグラ緋彩ヒイロ月蝕狼ハティ日蝕狼スコル


 呼びかけに答えて、四人の使い魔が顕現する。

 金髪金眼の着物を着た狐の獣人の美女。赤い髪に黄色い瞳のメイド服を着た美少女。月のような白銀の髪に月蝕のような赤黒い瞳を持つ眠そうな狼の獣人の美女。太陽のような金髪に日蝕のような漆黒の瞳を持つ気真面目そうな狼の獣人の美女。

 リリアーネ嬢は驚く様子もない。というか、親しみの視線を向けている。

 使い魔たちも普通に笑顔で手を振ってる。

 家に住み始めたことで使い魔たちと仲良くなったらしい。

 夜に女子会をしているという噂もある。


「ソラと神楽と緋彩とハティはリリアーネ嬢と一緒に居てくれ。護衛を頼む」

「こここ。主様よ。過剰戦力ではあらぬか?」


 鉄扇で優雅に扇ぎながら、神楽が妖艶に微笑む。

 モフモフした狐の九本の尻尾がユラユラと揺れている。身内だから九尾を隠さないらしい。

 思わずモフモフ尻尾を抱きしめたくなる。我慢だぞ俺!


「どうせ何もないだろうし、皆いたほうがお喋りも弾むかと思ったんだけど」

「そう言うことなら私、沢山喋っちゃうぞー!」

「緋彩。お前は自重しろ」

「えぇー! ご主人様のあることないこと喋るだけじゃん!」

「ないことは喋らなくていい! 事実だけを述べろ!」

「夜の生活が激しいとか? どういうプレイが好きで、どこが弱点とか…」

「………ほうほう。今夜は緋彩一人だけ可愛がってあげようか?」


 俺がニコッと微笑みかけると、緋彩が顔を真っ青にしてガクガクと震え始めた。


「それだけは勘弁して! 私不死鳥なのに死んじゃう! 本当に死んじゃうから!」

「ならほどほどにしとけよ。ソラ、神楽、こっちのことは頼んだ」

「かしこまりました」

「承った」


 ソラと神楽は笑顔で頷いた。やはり二人は頼りになる。


「ハティは……そのまま寝かせとけ。リリアーネ嬢はゆっくりくつろいでおいてくれ。飲み物とかお菓子とか、言えば誰かが用意してくれるから。後は口裏合わせも頼む」

「わかりました」


 太ももを枕にしているハティを撫でながら、リリアーネ嬢がおっとりと微笑んだ。

 俺は今から暗部の仕事をする。

 リリアーネ嬢にはバレているから、今回は口裏合わせを頼んだのだ。

 今日俺はここでリリアーネ嬢たちとお喋りをしていたというアリバイ作りだ。

 ジャスミンにはバレたくない。本当はリリアーネ嬢にもバレたくなかったのだが…。


「スコルとハイドは手筈通りに俺と仕事だ」

「はい」

「かしこまりました」


 俺たちは暗部の装束を纏う。背中に水色の龍が描かれた黒いローブ。顔には一切穴が開いていない白い仮面。

 ソファに座っている女性たちに一声かける。


「では、行ってくる」


 全員が会釈したり手を振って見送ってくれる中、足元に漂った漆黒の闇が、俺とスコルとハイドの三人を包み込んだ。

 視界が一瞬だけ黒く染まる。ハイドの能力の影の転移だ。

 すぐに視界が戻る。今回転移した先は、俺の部屋からあまり離れていない。まだ城の中だ。

 誰もいない城の中の訓練場。普段は騎士団が訓練する場所だ。

 俺たちは静かな訓練場の中で配置につく。

 時折、気配が揺れ、城に潜んでいた暗部の者たちも訓練場に来て気配を消して隠れる。

 少し待つと、訓練場のドアが開き、続々と鎧を着た騎士たちが入ってきた。

 城を護る騎士、街を守る騎士、魔法部隊や救援部隊、医療部隊など、様々な部隊が今回の訓練に参加する。もちろん、部隊の全員ではない。非番の者たちだけだ。

 最後に、一糸乱れぬ動きで入ってきたのが近衛騎士団だ。

 圧倒的練度。立ち振る舞いや雰囲気など、他の騎士たちと違うのが一目瞭然だ。

 ピシッと整列して待機している。他の騎士たちから羨望の眼差しが向けられる。

 近衛騎士団の中にジャスミンの姿を見つけた。真面目な顔で整列している。

 レペンス・ダリア近衛騎士団団長が前に出る。


「今回はドラゴニア王国軍による合同演習を行う。これは国王陛下が計画したものだ。行う内容は至って簡単。ただ立ったまま威圧に耐えればいい!」


 初めて聞いた訓練内容に、騎士たちが困惑の表情を浮かべる。

 近衛騎士団だけは動揺せず、真面目な顔つきだ。普段から行われている訓練なのだろう。

 でも、今回は一味違う。


「後は彼らにお願いしよう」


 レペンス騎士団長が脇に逸れた。それと同時に、ずっと気配を消して隠れていた俺が隠密を解く。

 突然現れたように見えただろう。騎士たちが一目見て恐怖で顔を青ざめる。

 暗部は恐怖の象徴だというのはわかるが、騎士がこれではダメだろ。


「………誇り高きドラゴニア王国の騎士たちは腰抜けか? 臆病者か?」


 魔道具で変えた俺の声が訓練場に響き渡る。

 初めて聞いたであろう暗部の声に驚き、少し遅れて彼らの顔に怒りが浮かぶ。

 恐怖を忘れたか。それでいい。だが、簡単に怒りに呑まれるのもダメだ。


「………騎士たちよ。我らの威圧に耐えてみせよ」


 俺たち暗部は手筈通り、騎士たちをあらゆる方向から威圧する。

 騎士たちは一瞬顔を強張らせるが、それほどなかった様子で楽々と威圧に耐えている。

 まだまだ序盤だ。これくらい耐えてもらわないと困る。

 最初に威圧を全開にすると全員気絶するから徐々に上げていくのだ。


「………少しずつ上げるぞ」


 殺気、怒気、覇気、魔力を徐々に上げていく。

 濃密な威圧が襲い、顔を青ざめて腰が抜ける騎士が続出する。

 そういう騎士たちにはそれ以上圧力をかけるのは止め、気絶しないように調整する。

 やはり近衛騎士団が別格だ。まだ余裕そう。だからもっと上げていく。

 近衛騎士団の中に動揺が走り、顔を青ざめ始める。脱落者が出始めた。

 レペンス騎士団長は余裕そうだ。頼まれて俺たちが訓練を施しているからな。

 俺たち暗部は騎士団の隊列の間を歩き回る。暗部が俺一人じゃないことに驚き、更なる恐怖が襲っているらしい。殺されないかビクビクしている。

 俺は地面にへたり込んだ少女の前に立つ。

 必死で立ち上がろうとするが、脚に力が入っていない。身体が小刻みに震え、歯もガチガチとなっている。でも、綺麗な紫色の瞳は輝きが失っていない。


「………久しぶりだな。ジャスミン・グロリア」

「あ、あああんたは…」


 恐怖で震えながらもキッと俺を睨む。

 以前、俺は暗部の姿でジャスミンと出会っている。ジャスミンも思い出したようだ。


「………この程度か? なら、期待外れだな」

「な、なにがよ!」

「………貴様はあの夜遊び王子を守るのだろう? たった一人の専属護衛なのだろう? ふっ。この程度か。あの無能も長くないな」

「私の前で…シランを…バカにしないで! ぐっ…!」


 俺はわざとジャスミンを煽る。

 紫色の瞳に怒りの炎を燃やし、怒りに任せて立ち上がろうとするが、更なる圧力を受けて崩れ落ちる。でも、瞳は死んでいない。


「………貴様の想いはこれくらいか? 残念だ」

「うっさいわね…ちょっと休憩していただけじゃない…まだまだ余裕よ…」

「………ほう」


 ガリっと奥歯を噛みしめ、ゆっくりとジャスミンが立ちあがった。生まれたての子鹿のようにプルプルしているが、ちゃんと立っている。

 大勢いる騎士たちの中で再び立ちあがったのはジャスミンだけだ。

 でも、俺は更に圧力を高める。ジャスミンは必死でこらえて耐える。


「………震えているがどうかしたか? いざという時にあの夜遊び王子を守れるのか? 身体が動くのか?」

「黙って…」

「………このままだと守る立場なのに、守られる立場になりそうだな」

「黙って…」

「………貴様は何のために近衛騎士団に入ったんだ? 無能の王子の傍に居るためだけか? ふっ。それだけなら入団した意味がないな。辞めてしまえ」

「黙れ…」


 ヤバい。ジャスミンを煽るのが楽しい! こういう機会は滅多にないぞ! 今のうちに沢山煽っておかねば!


「………騎士団に入って傍に居れば寵愛が得られると思ったのか? なら貴様も媚を売って腰を振ればいい。よかったな。夜遊び王子は女性の扱いはお手の物だぞ。数多の女と関係を結んでいるからな」

「だから、黙れって言ってるでしょうが!」


 ジャスミンがキレた。煽り過ぎて恐怖が吹っ飛んだようだ。

 瞳に怒りの炎を燃やし、風の魔法をぶっ放す。

 至近距離で爆風が放たれたが、俺は軽く無効化する。


「………今、何かしたか? まさか、このそよ風が貴様の攻撃か?」

「くっ! 絶対にぶっ飛ばしてやる! 私の前でシランをバカにしないで!」


 ジャスミンが怒りに身を任せ、剣を抜き放ち斬りかかってくる。

 俺はわざとギリギリで避け、ジャスミンを煽る。怒りで技が単調になっている。


「………怒りに支配されるな、ジャスミン・グロリア。怒りを持ちつつ常に冷静に。攻撃の瞬間だけ怒りを爆発させろ」

「うっさいわね!」

「………やれやれ。折角アドバイスをしてやっているというのに。格上からの言うことは素直に聞いたほうがいいぞ、三下」

「黙りなさい!」


 冷静さを取り戻したジャスミンが、濃密な威圧の中、俺に攻撃を仕掛けてくる。

 技のキレは戻ったけど、まだまだだ。俺には当たらない。わざとギリギリで避ける。


「………騎士たちよ。入隊したてのこの小娘は、貴様たち以上の威圧を受けながら、このように動きまわっているぞ。恥ずかしくはないのか?」


 くっと唇を噛みしめた騎士たちが、ゆっくりと立ちあがり始める。

 騎士のプライドと根性で威圧と恐怖を撥ね退ける。

 まあ、更に圧力を増すんだけど。みんな子鹿みたいだ。頑張れー!

 おっと! バレバレですよ、ジャスミン。

 背後に回りこんで斬りつけてきたジャスミンの剣を見ることなく避ける。煽ることも忘れない。


「………んっ? あぁ。貴様の剣だったか。ハエかと思ったぞ」

「ムカつく! いい加減に斬られなさい!」


 嫌でーす! 斬られたら痛いじゃないか! 折角ジャスミンを煽る機会に出会えたんだ。まだまだ煽って揶揄ってあげますよ!

 俺は怒声をあげて斬りかかってくる幼馴染の剣をよけながら、他の暗部とともに騎士たちに殺気や魔力で威圧していくのだった。


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