第46話 冒険者ギルド

 

 俺たちは孤児院のちびっ子たちと別れて、ぶっ倒れているAランク冒険者たちを引きずりながら、冒険者ギルドに向かっている。

 王都は大きいから五つの支部がある。まず、東西南北の街の入り口の近くに各一つずつ。そして、貴族街の近くに貴族用の大きな支部が一つある。

 貴族もよく冒険者に依頼をするのだ。でも、普通の支部だったら平民とか粗野な冒険者と面倒ごとになるから、貴族用の冒険者ギルドがある。

 俺たち《パンドラ》がいつも使用する西門近くの冒険者ギルドに着いた。

 建物は大きくて、今日も賑わっている。

 大量の人が出入りできるように入り口は大きい。俺たちは気絶した男を引きずりながら建物の中に入った。

 白装束の俺たちに注目が集まる。

 受付嬢の一人がガタッと立ち上がり、ササッと近寄ってきた。

 黒髪のボブカットの女性。頭の上に黒い狼の耳がぴょこぴょこ動き、お尻からは尻尾がユラユラ揺れている。狼系の獣人だ。

 彼女は俺たち《パンドラ》の専属受付嬢のシャル。王都で一番人気のある受付嬢だ。

 シャルと会うためにこの冒険者ギルド西門支部に来る冒険者も多い。

 耳がぴょこぴょこ動きながらシャルがニコッと微笑んでくれる。


「《パンドラ》の皆さんこんにちは!」

「シャルさん、こんにちは」

「それで? 後ろの方々はいかがしましたか? 確かAランク冒険者でしたよね?」


 白目をむいて気絶して、糸でグルグル巻きにされたAランク冒険者たちにシャルが視線を向ける。

 他の冒険者も気絶したAランク冒険者たちに、ざまあみろ、という視線を向けている。

 相当悪かったみたいだ。


「ここに来る途中に孤児院の子供たちに暴力を振るっていました。レナちゃんを始めとする子供たちが怪我をして死ぬところでした」

「レナちゃんがですか!? 怪我は大丈夫ですか!?」


 シャルが般若のような顔でAランク冒険者たちを睨み、ギルド内にいた冒険者たちも殺気だって立ち上がり、気絶した男たちを睨みつけている。武器を抜いた者もいた。


「レナちゃんを怪我させただと!?」

「オレたちの天使を!?」

「殺す! ぶっ殺してやる!」

「ふふっ…私の天使を…ぷにぷにほっぺを…あの小さな手を…輝く笑顔を…ケガさせただとっ!? 死に晒せぇぇええええっ!」


 おぉ…最後の女性の顔が鬼になっている。結構美人なのに…。顔と言葉に気をつけましょうね?

 憤怒の形相で冒険者たちが気絶した男たちに襲い掛かったから、魔力で拘束して動けなくする。

 そしたら怒りの矛先が俺に向かって睨みつけられた。

 何この殺気。何この怒気。怖い。滅茶苦茶怖い。普段はそこまでないよね?


「レナちゃんは冒険者ギルドの中でも天使として人気ですからね。あの可愛さにはいつもいつも癒されていますよ。私も仕事中じゃなかったら、そいつらをギッタンギッタンのボコボコにして抹殺しますよ」


 ニコッと微笑んでいるシャルの目は笑っていない。冷たい光を宿している。

 ゴゴゴッと周囲が膨大な魔力で空間が揺れている。

 目の前でシャドーボクシングを始めるのは止めてくれませんか?

 シュシュッて空気が斬り裂かれているから。

 流石レナちゃん。冒険者や受付嬢まで堕とすとは……罪な女だ。

 気持ちは大変わかるけど、一旦落ち着こう?

 …………レナちゃんにキスされたってバレたら俺が殺されるかも。


「レナちゃんたちの怪我はすべて回復させました。今も元気に走り回っていますよ」


 殺気だっていた全員がホッと安堵の息を吐いた。

 でも、気絶した男たちを睨みつけるのは止めない。

 俺の傍に居た気真面目なスコルがシャルの前に立った。太陽のような黄金の髪が輝き、耳がピンと立っている。


「仕事をしてください」

「わかりました!」


 シャルは耳と尻尾をピンと伸ばし、敬礼した。テキパキと指示を始める。

 受付嬢たちが魔封じを施し、冒険者たちの力を借りて、気絶した男たちを奥へと連れて行く。

 この後尋問を行って処分を下すだろう。


「では、《パンドラ》の皆さん、奥へどうぞ」


 極度に緊張して冷や汗を流しているシャルが、カチコチと硬い動きで俺たちを案内してくれる。

 Sランク冒険者になると個室で相談が普通だ。いろいろと優遇されている。

 案内された部屋は盗聴や盗撮などができないようになっている部屋だ。中は至って普通。

 俺たちは好きにソファに座る。スコルとハティはシャルの両隣に座った。

 シャルがビクビクと身体を震わせている。超緊張してる。


「い、いつもいつも思うのですが、何故私の隣に座るのですか?」

「気分です」

「気にしない気にしなーい!」


 生真面目なスコルと少し眠そうなハティがシャルの質問に答えた。

 シャルは二人のちょっとした仕草にもビクッとして泣きそうだ。

 二人は結構シャルのことを気に入っている。


「あ、あの~私、一応フェンリルの獣人なんですけど……狼、犬系に連なる獣人種では最上位なんですけど、お二人はそれよりも更に高位ってどういうことなんですかっ!? 本能でお腹を見せたくなるんですけどっ!?」


 獣人はそうなるよね。自分の種族の系統の上位種には逆らえないって本能が感じちゃうよね。

 高位の二人に挟まれるってある意味拷問だよね。緊張するよね。

 頑張れ!


「そちらの狐のお姉さんもです!」

わらわがどうかしたか?」


 狐の獣人の姿をとっている神楽が悠然と鉄扇で扇ぎながら首をかしげた。


「狐は犬系に属しますよね? 普通ならフェンリルのほうが上位の存在なのに、なんで私がお腹を見せたくなるんですかぁ~!?」

「こここ。そんなこと明らかじゃろう? わらわのほうが高位で強い。ただそれだけじゃ。わらわぽんぽんを見せたくなかったらつようなることじゃな、犬っころの女子おなごよ」

「犬っころ……フェンリルが犬っころ……うわぁ~ん! 私、フェンリルの獣人なのにぃ~! 族長の娘なのにぃ~! 次期族長なのにぃ~!」


 うんうん。よくわかるぞその気持ち。俺も王子なのにってよく思うよ!

 さっきも孤児院のちびっ子たちに脅されてカツアゲされたから!

 俺、王子なのに……グスン。

 ちなみに、シャルは社会勉強と婿探しで受付嬢の仕事をしているらしい。

 獣人種は一般的に強い人が好みだから、冒険者ギルドで働く獣人の女性は多い。

 時折、獣人種の中でも弱い人が好みなドS…じゃなくて、母性本能満載の人もいるけど。


「シャル。シャキッとしなさい!」

「はいですっ!」


 スコルに一喝されて、泣いていたシャルがピシーンと背筋を尻尾と耳を伸ばす。

 力の差が歴然だと、獣人種は上位種の命令に逆らうことができない。


「今日来た理由を説明してもいいですか?」

「はいっ! いいですぅっ!」

「えーっと、一つはもう用事が終わりましたね。素行が悪い冒険者が王都に来ていると耳にしたのでギルドに来てみたのですが、彼らだったのでしょう?」

「はいですっ! 何度もギルドから警告していたのですが、全く改善されませんでした! 今回で彼らは除名か降格処分になるでしょう。罰金もありますし、警備隊にも突き出します!」

「そこはギルドに任せますね。もう一つはローザの街について聞きたいです。何でも、魔物の被害が出ているとか」

「えっ? それは初耳ですね。ちょっと確認してきます」


 耳をぴょこぴょこさせたシャルが、すぐに部屋を出て確認しに行った。

 チラリと見えた顔には、スコルとハティと神楽の三人から一時的に離れることができてうれしい、と書かれていた。

 すぐにシャルは尻尾をユラユラさせながら戻ってきた。

 部屋に入ってきた瞬間、緊張で顔が強張った。

 スコルとハティがニコッと微笑んで、自分たちの間の空間をポンポンと叩いた。

 シャルが泣きそうになり、耳をぺたんと倒し、尻尾もシュンと垂れながら二人の間に座った。

 スコルとハティがシャルの頭をよしよしと撫でる。


「うぅ…えーっとですね、多少魔物が多いようですが、特に問題はなさそうです。ローザの街は貴族様の別荘街なので、ギルドのほうも積極的に魔物を狩っていますから」

「そうですか。安心しました」

「でも、ローザの街っていいですよね…。私も旅行でいいから行きたいです…」


 シャルの口から漏れた本音。

 スコルとハティと神楽の耳がピクリと動く。


ご主人様リーダー、偶には旅行もいいと思いませんか?」

「みんなで行こー!」

「こここ。わらわも行きたいのぅ。そこのワンコの女子おなごも連れて行くのはどうじゃ?」


 ふむ。それもいいな。八日後に舞踏会があるから、その後に旅行に行くのもいいな。

 よし! そうしよう!

 皆はシャルを連れて行きたいのか。

 ソラやピュアは賛成しているな。インピュアは、女誑し、とボソッと呟いて俺を睨んでいる。その冷たい視線が心に突き刺さる。

 俺もシャルを連れて行くことに反対はしない。

 あとはシャルの気持ちだけなんだけど、どうなんだろう?


「勘弁してください!」


 当の本人であるシャルは、顔を青ざめ、泣きそうになりながら綺麗なジャンピング土下座を決めこむのだった。

 そんなに俺たちと行きたくないの? 地味にショックだ。

 まあ、上位種に囲まれながら揶揄われて玩具おもちゃになるなら行きたくないよね!

 その後はみんなでシャルをイジメ……慰めて冒険者ギルドを後にするのだった。



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